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第9夜 共に奏でる唄

女官長たちによる激しい叱責を覚悟していたが、予想に反してフェリザは驚きの表情を浮かべつつも、淡々と状況を把握し、「明朝、具体的な方策を練りましょう」と告げた。


部屋まで続く廊下を歩くが、足に感覚がない。すぐに処罰を受けなかった安堵と逆に償えなかった虚しさとが心を覆った。自分が壊してしまったもの、エステルの優しさ、そのすべてに押しつぶされそうだった。


そして何よりも――。タラの目を見ることができなかった。


気遣いとも、責めとも取れない視線。その曖昧さがかえってミナの胸に鋭く突き刺さる。自分がエステルに罪を押し付けるような形になったこと。その至らなさが、譴責されているようだった。


翌朝――。朝日がまだ昇りきらぬ静けさの中、唄の確認が始まり、リュートが奏でる音色に合わせて、レイラが歌詞を調整する。その唄は、まるでエステル自身の覚悟を映し出すかのような詩であった。


詩を何度か確かめたエステルは、少し緊張した面持ちではあったが、タラに演奏を促した。


タラは二重奏の時とは奏法を変え、音に厚みを持たせるように弾き始める。その響きに導かれるように、ミナが手を上げ、滑らかに踊り出した。


一拍置いて、エステルは唄い出した。


決して力強くはない。それでいて、少し掠れた切なさを帯びた透明な歌声は、美しかった。


闇の縁に足を止め、揺れる羅針が道を問う

胸に燃ゆる微かな灯、守るべき者の名を抱きしめる

苦き杯を受け、愛ゆえに進むその一歩

信念の岸を越えた先、差し伸べる手が明日を変える

影の谷に声が響き、光の約束遠く見ゆ

茨に裂かれたこの身すら、愛に捧げる覚悟を宿す


涙が、ほろりと零れそうになる――。


苦き杯を受け、愛ゆえに進むその一歩。その言葉が、胸の奥で静かに響いた。


自分は、この一歩を進むことができるのだろうか……。


そんなことを思いながら、歌い終えたエステルが視線を動かすと、フェリザとロザナが小声で何かを話していた。短い会話の後、フェリザが静かに頷く。


彼女は背筋を伸ばし、こちらを見据えた。その目には、揺るぎない意思が宿っていた。


「今回の失態――。その原因が何であれ、不問とします」


確かな声が静寂を破った。凛としたその言葉には、決断の重みと優しさが込められていた。


「これでいきましょう。自信を持ってください。わたしたちはあなた様と共におりますよ」


その一言に、胸の奥がじんわりと温かくなる。フェリザの言葉は厳しさではなく、どこか母親のような包容の色があった。


――共にいる。


その言葉は、今までひとりで重荷を背負ってきたと思っていたエステルの心に、そっと沁み込んでいく。だが、その温かさの奥には、まだわずかに迷いが残っていた。


支えを受け止める覚悟――。その意味を、完全には理解できていない。自分は本当にこの道を歩むべきなのか。


それでも――。


もう、ひとりだけの重荷ではないのだと、エステルは静かに自分に言い聞かせた。背負うものの重さは変わらないかもしれない。けれど、支えてくれる手があるのなら、


理解しきれなくても、この足で、前へ進むことはできるかもしれない……。


その夜の晩餐での演奏は、後宮の空気を万雷の喝采で震わせた。その調べは過ぎゆく夜に新たな光を灯し、静かに未来への道を示していったのである。


_________________________


「あの……」


3人だけになると、ミナは真っ先に口を開いた。


「申し訳……」


言葉はそこで詰まった。次の瞬間、エステルが抱きついてきたのだ。


「大丈夫。うまくいったじゃない」


耳元で優しく響くエステルの声。温かなぬくもりが背中に伝わる。首を回すと、タラが目に涙を湛えてこちらを見ていた。


限界だった……。


ミナの目から堰を切ったように涙が溢れ出す。そんなミナをエステルとタラは、何も言わず、背中をさすり続けてくれた。


しばらくして、エステルがポツリと口を開く。


「本当はね。この宴で失敗して、後宮を追い出されるのもいいかなって少し考えていたの」

「えっ……」

戸惑うミナの顔を見ながら、エステルは続ける。

「わたしは自分で望んでここにきたわけじゃないもの。皇妃の椅子より、質素でも家族のいる食卓にある椅子がいいし」

「じゃあ、なんで……」


ミナの問いに、エステルの顔がほんの少し柔らかくなった。


「わたしだけの問題じゃないから。命をかけてくれているロザナ、ナヴァズや他の人たち、それに――。ミナ、あなたに関わる問題だから。わたしを守ってくれようとしている人たちが苦しむところに、わたしがいないのは嫌……」


エステルは視線をミナから外して、言った。


「だから――。人前で唄うの、少し苦手だけど、やることにしたの」


エステルは、またミナの方を向くと、今度は綺麗な――それでいて何かを決めたようなそんな笑顔を見せてくれた。


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