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第24夜 花は摘まれ、笑うは誰か

 繕いきれない苛立ちが、アメストリスの双眸に滲む。鋭く研がれた刃のような眼光が、真正面からハマンを射抜いた。だが、ハマンはその圧を涼しげに受け流し、口元に薄笑いを浮かべる。


 「陸軍次帥ハマン――。いや、大宰相ハマン殿とお呼びしたほうが良いかのう」


 女帝アメストリスは皮肉まじりの声色で、不遜に呼びかける。


 「アメストリス皇后殿下、軍総帥の任も、このたび正式に拝命いたしました」


 悠然と返すハマン。その余裕ある物腰により、アメストリスの苛立ちは臨界点に達し、もはや隠すことがない語気で、アメストリスは刃のような言葉をぶつけてくる。


 「卑しい敗者の王族の末裔が抜け抜けと――!」


 怒声と同時に、彼女の側に控えていたアルタパノスが剣の柄に手をかけ、一歩踏み出す。

 

 ハマンはその人物に視線を送りながら、微笑を湛えたまま、アメストリスの目の奥をじっと見つめた。だが、どうにも思考がまとまらない。


 息を吐き、ハマンは自らの頭に空気を送ることを意識し、集中を取り戻そうとした。次の一手が見えているのに、どうにも面倒なことをしなければならないというのは億劫なものである。


 「アメストリス皇后殿下――。我々は愛国者です。このペルシア帝国を未曾有の国難から救うため、手を汚すことを決めたではありませんか」

 

 朗々とハマンは演説するかのように、話し始める。その声音は堂々とし、抑揚の中に自信と冷笑が滲んだ。


 「時期早々にマスティスの暴発があったものの、結果として、状況は好転しておりますぞ」


 「それはお前にとってであろう、ハマン」


 噛み付くようにアメストリスは言葉を投げ返してくる。彼女は眼光をさらに鋭くして、ハマンの心の奥まで貫いて、その中のものを引きずり出そうと見てくる。


 「マスティスの暴発……。よもや、お前は関わってはおらぬよのう――」


 冷たい、それでいて粘つくような熱気を帯びたその声色で、アメストリスは舐め回すように語りかけてくる。ハマンはその中に混じっている、殺気を敏感に感じながら、なおも微笑を返して、物分かりの悪い子どもを諭すように言葉を出した。


 「殿下、一連の事件の火種は色恋沙汰。軍事しか知らぬ、わたくしのような男は疎くて、どうにも理解できませぬ」


 心の内で、きっかけを作ったのは貴女だろうと、毒にも似た独白を吐き捨てながら、ハマンは、その本心を微塵も覗かせぬまま、静かにアメストリスを見返した。


 「いずれにしても、殿下。我々は運命共同体です。それをお忘れなく――」


 そう言い放つと、ハマンは身をひるがえして、出ていった。


_________________________


 皇帝暗殺未遂という激震が、まだ帝都の空気に燻ぶりを残す中、大宰相ハマンは、寸分の迷いもなく次の一手を打ち始めた。


 皇帝を傀儡とし、実権を掌握するつもりではないか。誰もが口を噤んでいたが、その動きは明らかで、そんな噂が、宮廷の陰に、街の片隅に、まことしやかに囁かれていく。


 しかし、軍事の要としての手腕が確かなハマンに表立って敵対できる者はいなかった。


 事実――。ハマンはギリシアの摂政パウサニアスと共謀し、先の大戦で虜囚となっていた皇帝クセルクセスの親族を奪還。それと同時に、ハマンはパウサニアスとクセルクセスの娘の政略結婚を目論み、ギリシアが帝国の属国となる旨を綴った書状をパウサニアスに書かせたのである。


 唯一、ハマンに対抗できうる可能性があったであろう七貴族も、メムカンの粛清と共に牙を抜かれ、ハマンの独裁体制が築かれつつあった。


 その一方で、皇帝クセルクセスはというと―。ハマンの功績に目を細め、ギリシア情勢の鎮静を確認するやいなや、自らは政から離れ、後宮に入り浸るようになる。

特に寵愛を集めたのは、毒気を孕むアメストリスの影から、皇帝が自ら「守り抜いた」と語る少女――アルタインテだった。 


 帝は彼女との時を惜しむように共に過ごし、極めつけに、二度目の皇妃選定の儀、その開催すら、皇帝の一声で中止されたのである。


 さらには、その蜜月の時間を妨げられることを嫌ったクセルクセスは、王の召命なく謁見するために内庭に入る者は死罪としたのである。


 それほどまでに、アルタインテは彼にとって代えがたい存在となっていた。


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