蒼穹の黙示録
イーセは鍛冶の神ウルカストスに会うべく神々の国に戻る。
神々の国には金属を叩く鍛冶の音が響き渡る。しかしその音は耳を打つような不快な音ではなく。鼓膜の手前で落ち着くが透き通るような高音。
イーセはそこで仕事をしていた大柄な男に話しかける。
「あなたは鍛冶の神ウルカストスであるか?」
ウルカストスは「少し待ってくれ。」と言って数回金槌で剣を叩く。その動作に無駄はなく一回一回の振り下ろしは完璧であると素人ながら感じる。彼はそれを水に入れ冷ましてから丁寧に使い古された布の上に乗せる。
「失礼した。探求神よ、用についてはその魂の形を見れば分かる。」
なら早速というようにイーセは自身の魂の片割れを彼に渡す。
「汚れている。不純物が多く。歪んでいる。」
彼がイーセの魂を軽くつねるとイーセの全身には激しい痛みが走る。
「この通りだが本当に魂の形を変えるのか?魂の形を大きく変えれば、魂の形は元には戻らぬぞ。」
「道はハゼスを倒すかどちらかなのでしょう?ならば私はこれを受け入れます。私が私でなくなろうと不完全な命を持とうと私は出来るだけ長く探求の未知を歩みたいのです。」
その後ウルカストスはイーセの魂を武器にするべく作業を始める。魂はフェニックスの炎で熱され、炎竜が自身の炎を冷却するというその涎で冷やす。炎竜の涎はハゼスの呪いと混ざり蒸発することでその魂を浄化する。
ウルカストス、彼自身の魂の削りカスを幾千億万年間集めて出来上がった金槌はもう一人の彼とも言える。
ウルカストスは立派なそれをイーセに何度も打ち込む。激しく燃え上がる熱は薔薇のように力強い。彼らの魂のぶつかり合いは三日三晩続いた。
道具は人と共に歩んだ。人の基である神も道具と共に歩んだ。戦いは武器と共にあった。戦いは生きとし生けるもの全てと共にある。道具、戦い両者と共に生きた武器というのは魂のもう一つの姿であるといえよう。
イーセの口に噛まされた布は痛み止めを含んでおり彼の体の感覚を鈍らせる。しかし痛みは気持ち和らぐ程度。その布が千切れた頃、その魂は蒼穹へと形を変えた。
その蒼穹は天を彷彿とさせる美しい蒼色。イーセは完成した蒼穹を手に取る。
「ハゼスを討つのか?」
ウルカストスは揺らぎない戦士への視線を向ける。
「いや再生の神スレクラヘを討ちます。」
ウルカストスは広角を上げ何も言わずに作業を始めた。その後イーセは黄金の宮殿へ戻る。
イーセは知恵の神シティナに用があった。それはスレクラヘについてだった。
「スレクラヘはなぜ私にハゼスやレオパルドに会わせたくないのですか?それにケース、フィレーナも何か意味があるのでしょう?」
シティナは満足そうな顔をして言う。
「やっと分かったのか?では何故会わせたくないのかを言ってみろ。」
イーセは言葉を紡ぐ。
「スレクラヘは自分の優位を保つために私を神にしました。そして彼はハゼス、フィレーナ、レオパルド、ケースそして人間いや私に、何かに疚しい事情を持っていることは確かです。」
「そうだな。ここからは説明してやろう。ハゼスがスレクラヘを呪った理由を、汝はまだ知らぬ。黄泉の神ハゼスは、スレクラヘの伴侶だった。彼女は子を成せぬ神であったが、スレクラヘを愛し、彼の睾丸に無数の魂を注ぎ込んだ。それが人間たちの起源だ。しかしスレクラヘは彼女を裏切った。」
イーセは息を呑んだ。
「裏切り? スレクラヘが何をした?」
シティナの瞳が冷たく光る。
「スレクラヘは終焉の神フィレーナと密かに契りを交わした。ハゼスの魂から生まれた人間たちを、フィレーナの愛で育んだのだ。ハゼスはそれを知り、激怒した。彼女の呪いは、単なる復讐ではない。スレクラヘに与えた力を奪い返し、人間たちを黄泉の闇に引き込むことで、裏切りを永遠に刻もうとしたのだ。」
イーセは蒼穹を握りしめ、怒りと混乱が胸に渦巻くのを感じた。スレクラヘを討つ決意は固まっていたが、その背後にある神々の愛憎劇が、彼の目的をさらに複雑なものにしていた。ハゼスの呪いは、単なる敵対行為ではなく、愛と裏切りの果ての悲劇だったのだ。
「レオパルドやケースは?彼女達はこの裏切りにどう関わっている?」
シティナは天井の星図に手を置き、答えた。
「昔神々は人間だった。というより人間という概念が存在していなかった。いつの日か神々は自らの細胞となる生き物を産み出しその信仰心や活動によって生きることが一般化していた、つまり細胞「ひと」の活動によって神性を得ていたというわけだ。
しかし子供を育てるのは簡単ではないというだろう?夫婦喧嘩、育児方針、そして不倫。フィレーナの父、混沌の神カースは娘が遊び相手であったことを知ると彼の子である人間達に氷河期、地震、嵐を与えた。それに怒った太古の人間の単一神教徒が産出の神パルパナ現レオパルドを目の敵にし彼女の子である繁殖の神アリリリスを奪った。ここまでくれば分かるだろう?」
「そして私を神にしたのは自身の傘下を増やし自らの力を高め彼女らに対抗するためでしょう。」
「大正解だ。」
この事実確認のおかげでイーセはスレクラヘの元にあるという事実があっても神々と気後れなく話すことが出来るようになった。これから彼は黄金の宮殿を後にし、イーセは再び神々の国の広大な地を踏みしめた。
彼は蒼穹を手に、新たな決意で燃えていた。スレクラヘを討つことは、単なる復讐や正義の執行ではない。それは神々の複雑な関係性と、彼自身の探求の道を切り開くための試練だった。シティナの言葉は彼に新たな視点を与え、ハゼス、フィレーナ、レオパルド、ケースといった神々の背後に隠された真実を暴く必要性を痛感させていた。
イーセの次の目的地は、黄泉の神ハゼスの領域だった。スレクラヘの裏切りの核心に迫るためには、彼女と直接対峙しなければならない。