双丘の黙示録
ハゼスに奪われたもう半分の魂を取り返すべくスレクラヘによって神々の国へと連れられたイーセは、遂にその地面を踏み締める
「ここが神の国か………」
その光景にイーセは、息を飲む。見たことのない奇妙な生き物や人知を超越した技術。その動揺が顔に出ていたのか心を読まれたのか定かではないが。
「驚いている場合ではないこれから知恵の神シティナに会うのだぞ。」
シティナは他の神を含めた万物に知恵を授けている神でスレクラヘの師に当たる存在。人間も彼女によって七つの言語を教えられている。それによって七つの人種が産まれ戦争が始まったのはまた別の話。
彼らが着いた先は、大きく派手な装飾が目を引く黄金の宮殿であった。その内装も光り輝いておりまさに夢のような場所。
イーセは少し歩いたあとスレクラヘが重い扉を開けたその先は図書室のような場所だった。厚い本がいくつも並べられておりその中に何かを執筆する女性がいた。スレクラヘが彼女に話しかけると彼女は立ち上がりイーセの方へ足を運ぶ。
イーセは目の前に立つ女性――知恵の神シティナの姿に圧倒された。彼女の瞳は星のような輝きを放ち、その声は穏やかでありながら、まるで心の奥底まで響くような力を持っていた。彼女の周囲には、まるで知識そのものが空気中に漂っているかのような不思議な気配が満ちていた。
彼女、知恵の神のシティナは言った。
「あの英明な人間ではないか。神の呪いを癒すとは驚いた。…だが、神の呪いを癒しただけでは終わりではない。そなたの真の調和はこの先にある。」
イーセは答える
「 私はただ知を求めただけです。」
シティナは一瞬、遠くを見るような表情を浮かべ、静かに答えた。
「スレクラヘも酷なことをするものだ。こんなにも話を複雑にして………」
彼女はため息をつく
「そなたの行動………つまり神の治癒、神の呪いを解いたというのは、そなたが思うより単純な話ではない。新しい神が産まれそれがハゼスの呪いを解いた。今ではハゼスの方もそなたを狙っているだろう。」
シティナは先程までの雰囲気とは代わり見えない未知を歩くような恐怖を振りかけながらイーセに説いた。
貴様は何をしたい?
貴様は私に何を望む?
貴様は魂をハゼスから取り返したいのか?
貴様はなぜ魂を取り返したい?
イーセは彼女に圧倒されながらもハッキリと答えた。
「私は神を知りたい。神になった以上、私にとって未知である神を知り、神を信じ、神になりたい。」
その答えに納得したシティナは彼の額に触れた。そのときだった。彼の脳内には知らない景色と知らない道程が頭の中に流れ込む。そこにあるのは海面に浮かぶ肌色の絶景。その肌色の双丘は彼こ目に焼き付いた。
「それは双丘の谷間、かつて人間が神に反逆した残骸だ。人は産出の神レオパルドから産まれたばかりの子である繁殖の神アリリリスの力を奪い、世界で最も多い生物となった。こうして力を得た人は数の暴力によってレオパルドの体の一部を切り落とし産出の神レオパルドから力を逃げ奪って見せた。それからというもの彼は人間界における地獄の神を名乗るようになった。これがそなたへの知恵だ。」
スレクラヘが気まずそうに口を開く
「なぜレオパルドの話を?」
「半神とはいえ元人間がレオパルドを癒し、レオパルドが人が人を殺すところを見れば調和は生まれるだろう。」
「師よ、それは調和といえるのですか?」
シティナは答える
「知は力だ。彼なら分かるだろう。知恵の神の元にある探求神イーセ」
こうして知恵の神シティナの傘下となった探求神イーセはシティナに地求蛇の髪の毛、金の裁縫針を与えられた。そして彼はそれらを片手に双丘の谷間へと向かった。
双丘の谷間にはレオパルドが鎮座しており、彼の上半身には痛々しい傷が残されいる。イーセが彼に話しかけると彼は怒りを露にして返事をする。
「半人が何のようだ?」
その迫力に萎縮しながらもイーセは彼にある提案をする。
「昔、人に犯された傷を癒したくはないか?」
彼は馬鹿馬鹿しいとばかりに答える。
「出来るものならやってみろ。」
「私があなたを癒せたのなら私のもう半分の魂をハゼスから取り返して欲しい。私があなたを癒せぬならば、あなたに傷を着けた者の子孫をここに連れてきましょう。必要ならば私を殺しても構わない。」
レオパルドはその条件を飲み、地面に横たわる。
イーセは金の裁縫針に地求蛇の髪の毛を通し、双丘の谷間と彼の胸に縫い付ける。するとたちまち彼女の胸は元通りになった。
彼女は自身の胸が元通りになったことをとても喜び。イーセへの目を変える。
「良くやった半神よ。では約束通りもう半分の魂を汝に返そう。」
しかしイーセの魂は元には戻らない。
「ハゼスに呪いがかけられているな。」
イーセの魂はハゼスの呪いに犯されていた。この呪いによって彼の魂の形は大きく変わっていた。
彼は不安そうに質問する
「どうすれば良いのですか?」
「汝は魂と一心同体となるのが目的か?それとも神になるのが目的か?」
「それらに違いはあるのですか?」
「汝は形の違う魂二つを持っている。肉体が型とすれば、魂は型に合わせられた粘土だ。その分けられた粘土の片方は呪いという濁流によって汚され形も変わっている。呪いを解いて形を元通りにし型に填めるのは些か遠い道程になるだろう。だが一心同体つまり形が違えど心は繋がり、魂も汝の物とするならば方法はある。」
「その方法とは?」
「汝は神になりたいのではなかったのだな………。魂はどんな形にでも成れるそれが無機物であってもだ。」
「無機物には魂はありません。」
「いいやある。鍛冶の神ウルカストスに魂を持っていき武器にしてもらいなさい。熱し叩けば魂の不純物もマシになるでしょう。」
イーセはウルカストスに会うべく神々の国へと戻った。