死んだらデスメタル
深夜1時。
街頭の灯る夜道を家へと急ぐ。
体は残業でヘトヘトだ。
「早く帰ってクラシックを聴きながら眠りたい……」
僕の唯一の楽しみと言えば、家でクラシック音楽を聴くこと。
今日は何を聴こうか。
「モーツァルトか、ショパンか……」
曲を思い浮かべながら、空中でピアノを演奏するように指を動かす。
ああ、僕の家にピアノがあれば、ピアニストになれていたかもしれないのに。
——キキーッ! ドンッ!
突然の不協和音と共に、平衡感覚がなくなる。
なんだ?
「痛っ!?」
僕は……どうなった?
衝撃の後から、全身に痛みが広がっていく。
今の音、車のブレーキ音のようだったけど?
視界の隅に電柱に激突しているトラックが見える。
僕はもしかして、あれに……?
◆ ◆ ◆
一瞬意識が途切れ、気がつくと、真っ白な空間にいた。
「どこだ……?」
僕の独り言に答えるように、一人の女性が現れる。
長い金髪に真っ白なローブを着ている姿は、まるで女神のようだ。
「ここは、世界の狭間です。
あなたは、トラックに撥ねられて死亡しました」
死亡? この僕が!?
信じられないが、この異様な白い世界を見ているとあながち嘘とも思えない。
しがないサラリーマンとして日夜働き続け、残業の末に事故死か。
寂しい人生だったな。
「私はメガミです。
あなたには、別の世界に転生してもらいます。
その世界を『破壊神デストロカイザー』から救ってください」
「な、何を言っているんですか!
どうして僕が!?」
「転生者には魔物に対抗する特別な力があります。
それは——」
子供の頃、友達がプレイしていたゲームで似たような設定を見た気がする。
「ギャハハハ! 何だここは?
何もねえじゃん!」
女神の言葉を遮り、下品な笑い声が響く。
「あら? あなたは……」
何もない空間に突如姿を現したのは、ガタイのいいモヒカン男。
悪趣味なメイクに、棘のついた肩パッドとベルトをしている。
「この人が、まさか異世界の住人!?」
「いえ、彼はあなたと同じ日本から来ました。
あなたを撥ねたトラックに乗っていましたが、同じく死亡してしまったようですね」
「おい、オメーら! ここはどこだ?」
「私はメガミです。ここは、世界の狭間です。
あなたたちには、今から別世界で破壊神を倒してもらいたいのです」
「ギャハハ!
危ねえ、天国に来ちまったのかと思ったぜ!
行くならやっぱ地獄だよなあ!?」
な、なんだこの下品な男は!?
「で、オメーは何だ?
おっと、名乗るなら俺からだな!?
俺はデスメタルバンドをやっている、モヒートだ!」
なるほど、その顔はデスメタルの悪魔メイクだったのか。
「僕はサラリーマンの倉敷 希望です。
あの、希望って書いてノゾムって読みます」
「ノゾムか!
で、メガミさんよぉ!
ハカイシを倒せとは何だ? R.I.P?」
「『破壊神デストロカイザー』を倒し、世界を救ってください。
成功したら、あなたたちを生き返らせて元の世界に戻しましょう」
「元の世界だと!?
よっしゃ、そいつをブチ殺せばいいんだな!
じゃ、とっとと次の世界に送ってくれ!」
「は、はあ。それでは……そぉい!」
女神の掛け声と共に、意識が遠のく。
ちょっと待て、『あなたたち』?
この男も一緒に転生!?
全然説明不足なんですけどぉ……!!
◆ ◆ ◆
再び意識を取り戻すと、神殿のような場所にいた。
周囲には、中世ヨーロッパ風の衣装を着た白人が複数いる。
「ギャハハ! ここが次の世界か!」
いや何がおかしいんだ?
「おお、勇者の召喚に成功したぞ!
しかも同時に、二人もだ!」
周囲の中世の人たちがざわつく。
本当に異世界なのか!?
「勇者よ、召喚に応じていただき感謝する。
私はこの国の王、キングだ。
そなたらには、『破壊神デストロカイザー』を倒して欲しい」
「やってやるぜ!」
ノータイムで返答するモヒカン。
ちょっとは考えて!
「おお、なんと頼もしい!」
これには王様もニッコリ。
——ポロロ〜ン♪
「勇者の門出〜♪ その出発に〜♪ 立ち会える光栄〜♪」
金髪の美青年が、弦楽器——古楽器のリュートを奏でながら歌う。
青年の耳が尖っている!
あれってファンタジーで定番の、エルフの吟遊詩人じゃないか!?
す、すごい。
ここは本当に異世界だったんだ!
「そいつを寄越しな」
えええ!!
モヒカンがエルフからリュートを取り上げているーっ!?
「これはな、こうするんだよ!」
——ギャギャギャギャガ♪ ギュイーン♪
リュートを縦に構えてピックを弾く——って、何でリュートからそんな音が出るんだよ!!
その楽器はもっと繊細に、丁寧に扱えよ!
『ヴォ”エ”エ”エ”エ”エ”エ”!!
勇者が出発、地獄への旅立ち!
最期を立ち合え、恐れよ!
怖え”ェ”ェ”ェ”ェ”ェ”ェ”ェ”ェ”ェ”!!』
突然のデスボイス絶叫!?
「な、なんて音だ!? こんな音と歌は聴いたことがない!」
ほら、王様もエルフも驚いている!
「なんて斬新なんだ! もっと聴いていたい!
うおおおおおお!」
周りの兵士たちが熱狂し始める。
え?
「勇者殿! わたしにもその奏法を伝授してください!」
えええええ!?
いやエルフさん、それはやめた方が!
「いいぜ。じゃあ俺と一緒に来い!」
「師匠! わたしの名前はヴェイスといいます!」
あ、これゲームで言う最初の仲間イベントだ。
いわゆる『エルフのヴェイスが仲間になった』だな?
「で、キングよ。破壊神はどこだ?」
「この街を出て北の山の城におる」
「よし、行くか」
「ちょちょ、引っ張らないで!」