第弍話 出発
「っはぁはぁ...」
夢、いや悪夢が脳内にフラッシュバックし思わず眠っていた体を無理矢理起こし胸を押さえる。
長時間走った後に感じるような絶え間なく早く心臓が鼓動して痛い。
いつもと変わらない目の前の光景に安心感と少しの震えを覚える。
「夢か...」
小さな気だるさを感じていくと溜息を吐き、ベッドから降りる。
上半身裸で寝たからだろうか春でも寒いと感じ椅子に掛けられている服を乱雑に着る。
「舞?居ないのか?」
今日の朝ごはん担当は彼女なので台所で朝ごはんを作っているだろうと思っていたがどうやら居ないようで辺りを見渡す。
視線を机に移すと置き手紙とラップでかけられてる朝ごはんが置かれてあり、またアイツらにせがまれたのか...と薄赤髪を掻く。
戸を開けると花びらが舞いながら家の内側に静かに入っていく。
この村は四季ごとに合わせ花の種を植えて満開、やがて枯れ舞い落ちるまでを鑑賞するのが昔からの流行で自分の家も例外ではなかった。
只、自分は花を積極的に愛でる趣味は無かったので周りが楽しそうに花の種を植えていても自分は植えることなくひたすら剣の稽古に夢中になるばかりだった。
だが3年前に弟妹のように可愛がっていた子供達に自分の家も花が咲いている景色が見たいとせがまれ、舞も珍しく子供達に加担して同じ意見を言うため、退路を塞がれた自分は渋々3年前から今の今まで種を植えては花が咲き誇る様子を皆で眺めていた。
まぁ、初めて植える3年前は自分の家にも花がようやく咲く姿が見れるのかと子供たちがたいそうはしゃいで種を植えすぎて一時家が見えなくなるほどの花で覆われ、花屋敷とかいう名前だけは可愛らしいもので呼ばれていたのだが。
そんな呑気な事を考えている内にいつの間にか大広場に着いていた。
噴水の近くの座るところに10人程の子供が座りながら上目線で絵本を読んでいる彼女を見つける。
子供達は目を輝かせ次に語られる彼女の言葉を今か今かと待ち侘びているように見えた。
「めでたし、めでたし。はいここまでよ」
どこかあどけなさを残しながらも親しさを感じさせる優しい声が風に沿って聞こえてくる。
「えぇ〜!もう終わりぃ?」
「まだ続きあるでしょ!」
「読んでよ読んでよ!」
「天使さまのおはなしは〜!?」
彼女が笑顔で絵本を閉じればまだ続きがあるであろう話を聞きたかったのか前列に座っていた子供達が立ち上がって彼女にせがみながら必死にお願いをする。
「もう....ダーメ!昨日も同じ本を読んだし天使様のお話は皆にはまだ早いわよ」
華奢で日焼けなんて知らないと思わせるほどの白く透き通った小さな手を口前まで持ち上げて小さくバッテンのポーズをする。我儘を言う時の子供達はとにかく粘着質で最低でも30分、酷ければ1時間以上は駄々をこねる為俺は大抵はその熱に負けて要望に乗るのが多いが彼女はそういう所はちゃんとしており、俺が飴を与えているなら彼女は鞭を与えていると言うくらいにはお母さん気質である。いやあのまだ幼い面影が残っている顔と皆から懐かれている人望だと姉気質かもしれない。
「それに今日から連命と私は聖戸に行かないといけないし...もうあと少しでこの村ともお別れだから」
そう言うと無邪気で微笑みを浮かべていた顔が少し陰が映り寂しそうな顔になる。
「2人は兵隊さんになるんだよね?」
「え、舞お姉ちゃんも兵隊さんになるの!?」
「戦うの!?舞は弱いぞ?」
齢10歳の男の子哉藍がさらっと失礼な事を言ったが彼女は気にするそぶりもなく彼の頭を撫でながら話した。
「私は怪我をした人たちを治すの。戦うのは連命だよ。」
「そうなんだ!じゃあ連命お兄ちゃんが怪我をしても舞お姉ちゃんが治してくれるんだね!」
やが言えず今までれんお兄ちゃんと呼んでいたがようやくやが発言出来るようになり、連命お兄ちゃんと言えたまだ7つにも満たない女子、琉亜が白い歯が見えるほどの満開の笑みでそう言う。
その言葉に舞が驚いたように少し目を見開くがやがて穏やかな目に戻り
「...うん。そうだね、どんな怪我でも舞お姉ちゃんが治しちゃうよ」
優しい口調でそう言えば子供達達も安心したかように先程の我儘を忘れ彼女に群がっていった。
そんな光景に俺、連命も心が温まり口角を上げ眺めていたが彼女を待たせている事を思い出し、彼女に声をかける。
「舞」
「連命!おはよう、起きたのね。寝坊しなくて良かった。」
俺の声に彼女が気付き、座ってた体を起こし、立ちながら手を振る。
「もう俺は17だぞ...そんなヘマしねぇよ。それに今日だけは寝坊する訳には行かないからな」
「ふふっそうだね、寧ろ私の方が遅く起きちゃうくらい」
「俺が早すぎるだけだよ。舞くらいの睡眠時間が丁度いい」
俺は剣の稽古の為に毎朝5時には起床し、夜の稽古を終えて12時過ぎに寝るという5時間睡眠であまり褒められた睡眠時間をしていなかった。
但し今日のように夢見が悪い時は起きるのがかなり遅くなってしまうのだが。
一方舞はというと毎朝6時~7時ぐらいに起床し、日付が変わる前には寝るという模範的な睡眠時間で過ごしていた。だからだろうかニキビも赤みも一切ない艶々な肌であり、透き通るような白さは顔にも現れ出ており、クマも一切なく、汚れという汚れが見つからない美少女の顔立ちをしていた。
だが性格は内向的で、あまり積極的に人と関わるタイプでは無いので舞と同じ村で過ごしていても彼女の魅力に気付く人が多いとは言えない。
だが好奇心旺盛の子供達は積極的に俺や舞と話たがり、兄や姉のように接してくれるので舞も子供達には姉のように見守っているというわけだ。
「連命お兄ちゃんおはよう!」
「にーにおはよ!」
「連命さんおはようございます」
人一倍懐っこい青鈴達も俺に気付きはしゃぎながら挨拶する
「おう青鈴も皆もおはよう!また舞に本読んでもらってたのか?毎日毎日飽きないな」
「だってだって!舞お姉ちゃんが呼んでくれる本が1番楽しいもん!」
「とーっても面白いんだから!」
たくさん!と表現したかったのか手を大きく伸ばして俺に見せつける。
「はいはい分かった分かった、次ここに帰ってくる時は俺が本を読んでやるから」
「お兄ちゃんのはつまんないからやだ」
「お姉ちゃんの方がいい」
「気持ち全然篭ってないもん」
「お前らなぁ...言いたい放題いいやがって...覚悟しろよ!!」
目を大きく釣り上げるが口元は笑っており怒り顔をして子供たちに迫る。そんな子供たちもお巫山戯に気付いたのか俺から逃げ始める。
「きゃー!連命お兄ちゃんが怒ったー!」
「逃げろー!」
「捕まったら食べられちゃうー!!」
「待て待てぇぇぇ!」
10人近くの子供達がぞろぞろ逃げ始めるが子供相手にも容赦せず開始3秒で1人の子供を捕まえ大きくたかいたかいをする。
「きゃはははっ!捕まっちゃった!」
「ふははは!それたかいたかーい!」
「うわあぁぁはははっ!」
たかいたかいする様子を見かねたのか他の子供たちも一斉に集まってくる。
「僕もして!」
「ずるいずるーい!私も!」
「俺だって!」
「はいはい皆してやるからぎゃあぎゃあ騒ぐなよ」
「ふふふっ楽しそう」
座りながら優しい目で俺たちを見つめる舞がそう呟く。
「おう舞もしてやろうか?軽いから出来るぞ」
「えっ私も?いやそれはちょっと恥ずかしい...かな...」
呟いた言葉が聞かれてるとは思わず両手を横に振りながら大丈夫大丈夫と必死に遠慮をする。
「なんだよ?そんな遠慮なんかすんなよ。あ、もしかして体重そんなに重くなって...」
眉を顰めながら舞に近づきあろうことか体重を確認しようと脇腹に両手を近づける。
「ちょっと連命お兄ちゃん...」
「アイツ死んだな」
「骨は埋めてやるよ」
齢13頃のデリカシーもモラルも学んでいる子供達は連命のあまりの常識の無さに信じられないという顔をする。
本人は至ってからかってるつもりも無いし悪口を言ってるつもりも無いしなんなら体重が増えてるなら一緒にダイエットしようと声をかけるかなとか呑気な事を考えていたのだがそんな思考が彼女にに伝わるわけも無く舞は近づかれるにつれ、みるみる白い肌を紅色のように頬を染めていく。
「ちょ、ちょっとやめて連命...」
「遠慮すんなよ舞、確認するだけだから」
「か、確認!?な、ななな...」
2人の距離はもう1mにも満たしてなく、手を伸ばせばすぐ触れれる程にまでなっていった。そうなると紅色に染まっていったものが徐々に林檎並の赤さになり、頬だけでなく顔全体にまで行き渡っていた。
「舞、顔が赤くないか?熱でもあるのか?体調が良くないのか」
そう言うや否や右手をおでこに張り付け温度を確認し始める
「や、ちょ、れ、連命...」
「やっぱ熱いな、今日は行くのやめるか?」
吐息を感じる程まで距離が近づく。もう舞は物理的にも精神的にも限界を越えようとしていた。
「舞?おいまーい?」
「そ、それ以上...近づかないでぇぇぇぇぇ!」
手のひらが風を切り大きな音がした後彼は頬に大きな椛を作りながら倒れていった。
「それで、連命くんはその状態のまま集兵式に行く気?」
30分後、村を発つ前に見送りに来てくれた大人たちが俺の頬を見るやいなや呆れた顔をする。
「ここから1泊2日だから着く頃にはもう治ってるわ!!」
「はいはい、どうせアンタが悪いわよ」
「そんなに俺に近づかれたくなかったのか...もしかして汗臭かったのか?」
青ざめた顔をして至る所の体の匂いを嗅ぐ。
「はぁ...やれやれ...舞ちゃんも苦労するわね...」
まるっきり的外れな連命の考えに大人達は溜息をついた。
「れ、連命ごめんね...集兵式の前なのに思わず叩いちゃって...」
恐る恐る近づいた舞が申し訳なさそうに眉を下げて申し訳なさそうにする。
「はは、いいよ俺が臭かったんだろ?ごめんな、体はしっかり洗ったつもりだったんだけど」
「あ、いや違くて...」
「はいはい、鈍臭い連命は放っておいて舞ちゃん、準備は出来たかしら?」
会話が噛み合わない2人を見兼ねて小太りのおばさんが近づき舞に声をかける。
「おいばあさん誰が鈍臭いだよ」
当然のように貶され嫌な顔をするがさも何も聞こえなかったかのようにおばさんは反応しない。
「あ、は、はい。私も連命もいつでも出発出来ます!」
「ぷっ、出発って舞、遠足じゃねぇんだぞ?」
可愛らしい言葉選びに思わず連命は小さく笑ってしまう。
「も、もう...」
からかわれたと思ったのか頬を膨らませて連命を見る。
「悪い悪い、怒らないでくれ。また叩かれたらたまったもんじゃない。」
「も、もうしないから!」
叩かれた事件を引っ張り出してくると余計に彼女は焦り始める。
流石に可哀想と思い始めたのかおばさんが話を割り込む。
「連命くんもそこまでにしなさい...余裕を持ってるとはいえ何が起こるか分からないからね。気を付けて行ってきな。」
「おう。皆今までありがとうな。俺達頑張ってくるよ」
「皆、怪我には気を付けてね」
この国の兵になることを決めた時俺も舞も事前にこの村の人全員に告げてはいた。反対する者もいたが熱心に説得をして必ず生きて帰ることを条件に折れてくれた。子供達は当分会えないことを知り泣き喚き、宥めるのに1番苦労した記憶がある。その甲斐あってか今はあまり泣く子は居ないのでそこだけは感謝したい。
「お兄ちゃん気をつけてね!」
「寂しいよ...絶対帰ってきてね!」
「お姉ちゃんまた絵本読んでくれる?」
泣く子は居なかったがやはり寂しいようで朝のように群がりながら徐々に目を潤わせる。
「泣くな泣くな、絶対帰ってくるから。じゃないと雀のじいさんに殺される。」
1番反対をしていたのは俺たちがこの村に住んでいた時から面倒を見てくれた村の端っこにいるじいさんであった。餌をやってもいないのに何故か家に雀が次々と住み始めるのでいつしか雀のじいさんと呼ばれるようになっていた。
彼の人生についてあまり聞いたことはないが有名な刀匠の一族らしく、彼もたった一人に最上級の刀を打ったとのこと。
だがその代償に両腕を失ってしまい、両腕がない生活で日々を送っている。
最初兵になると言い出した時は健在な足が俺の腹目がけて蹴りかかってくるので咄嗟に避けたが流石に生きた心地がしなかった。
舞には蹴りかかるような真似はしなかったがそれでも怒鳴り散らかし絶対認めないからなと鬼のような形相で迫ってくるため舞は怯えてしまい逃げはしなかったものの説得は俺1人で頑張ることになってしまった。
それからというものいつの間に従えたんだと言いたいくらいに雀が俺目掛けて攻撃してくるし油断してたら両足でキックされるので痣が中々治らないこともあった。
だが説得して半年ほどようやくじいさんが認めてくれたのか遂に何もしてこなかったがたった一言こう言ってきた。
「好きにやれ。だがワシはお前らの顔をもう見たくない。出ていけ。」
厳しくも、優しかった雀のじいさんから突き放される言葉は例え認めて欲しくとも、欲しかった言葉とは到底言い切れなかった。
だが兵になれば戦争にも赴く。死ぬ可能性なんて桁違いに跳ね上がる。舞はまだ治療士として後方にいるからまだ安全だ。だが俺は前線に出ることを望んでいたので余計にその確率は上がってしまう。勿論俺も舞もその事を覚悟の上で志願したので後悔はないのだが、村の人達に余計な気持ちを背負わせてしまったのは心が辛かった。雀のじいさんはずっと俺たちを見てきたので誰よりも反対をしてくれたのだろう。だからこそ文句を言う事も、労いの言葉をかける事も、安心させるような言葉をかける事も、俺達には許してはくれなかった。
「それなら良かった!いつでも待ってるね」
俺の言葉に安心したのか、吐息を漏らすと笑顔を浮かべながら抱きついてくる
「おう、待っておけ!」
俺も抱き返しながら温もりを感じる。だがその温もりに一瞬寒気がしたのは俺の気の所為なのだろうか?
「誰に殺されるといったボウズ」
「ぎゃぁぁぁぁ!す、雀のじいさん!なんでいるんだよ!?」
抱いていた子供を慌てて離し後ろを振り返れば相変わらず気難しい顔をしていた雀のじいさんが任王立ちで立っていた。両腕は無いのだが。
「ふん、愛子が行けと煩いから仕方なくだ」
「愛子さんが...」
雀のじいさんは両腕が無いためかなり不自由な生活を送っていて周りに義手を付けてはと何度も催促をしていたのたが付けないの一点張りで困り果ててた事態があった。そんな中隣の家に住んでいた愛子という若い女性が雀のじいさんを心配して度々様子を見に行っていたのだが、あの性格なのでいつも追い返していたのだが気を悪くする様子もなくいつも笑顔で訪れるため、じいさんも熱意に負けたようで時々彼女と話をするくらいに親しくなっていた。結婚しておらず、子供も居ないため、愛子を子供として可愛がっていたのもあるのだろう。今では仲のいい親子と皆から噂されるくらいには。
「2人とも、まだ行ってなかったのね。間に合って良かった。はい、これおにぎり。お腹が空いた時の為にね。」
噂をすればなんとやら、愛子さんがバスケットを持ってき、蓋を開けると沢山の種類のおにぎりが置かれていた。
「わざわざこんなに?ありがとう愛子さん」
「ふふ、いいのよ。力になれてよかった。」
「わ、おかかもある!ありがとうございます愛子さん」
いつの間にかバスケットを覗いていたが、おかかのおにぎりを見つけたようで嬉しそうに愛子さんに感謝を述べる。
「舞ちゃんはおかかが大好きだからね。沢山作ったから遠慮なく食べて」
愛子がそう言うと、思い出したようにあっと声を上げて手を招き、連命と舞を近くに呼ぶ。
「あのね2人とも達郎さんあんなこと言ってるけどずっと心配して度々君たちの様子見に行っては私に心配事をずっと言っていたのよ。今日だって自分から見に行ったの。素直じゃないのは困るわほんとに。」
達郎さんというのは雀のじいさんの事でふと彼を見ると俺達の様子を訝しげに思ったのか近寄ってくる。
「愛子、余計な事を言ってないであろうな」
「余計な事?さぁ、なんの話なのか...」
問い詰められても分からないなぁと首を傾げながら舌をぺろりと出す。
その様子に不信感を持ったのか益々顰め面顔になり、何か言おうと口を開いたが連命が先に発言したことでその口が閉ざされた。
「なぁ雀のじいさん」
「なんだ」
「反対してくれてありがとう」
「...は」
酷い態度を取ったのが最後だ。恨み言を言われるかと思ったのに想像していなかった彼は言葉に空いた口が塞がらない。
「それだけ俺達を大切に思ってくれて。そんなじいさんの気持ちを裏切ってしまう俺達を許してくれ」
「...貴様...」
じいさんの眼光が鋭くなっていく。ふと横を見ればいつの間にか手を振り上げていた。
また蹴られるのか、まぁ仕方ない。あんなことを言えば当然だ。
来るであろう痛みに耐える為に目を瞑るがいつまで経ってもその痛みが来ることはなかった。代わりと言えばわざとらしい溜息と今までに聞いた事のない皮肉な響きのしない温かい声だった。
「やはりお前らは馬鹿だ」
隣に居た舞も声を掛けられたと気付けば唖然としていて空いた口が塞がらないような調子だ。
「ワシらの気持ちも知らないでそんなことを言えるお前らは大馬鹿者だ」
相変わらず厳しい言葉だというのに声の調子は変わらず優しいし、思わず泣きそうになってくる。
「まぁそんなお前らだから皆に好かれるのも当然か」
思わず無理矢理頭を上げれば顰め面をしていた顔はいつの間にか見たことの無い優しい顔で俺達を見ていた。
「...俺は雀のじいさんのことも好きだよ」
「やかましい」
「わ、私も雀のじいさんのことが好きです!」
「本当に思っておるのかそれ」
俺の言葉につられるように舞も早口で言うので誠かどうか疑うように雀のじいさんが苦笑する。
「帰ってきた時は土産話を聞かせなさい。城下町はここと違って人が賑わっておる。店も沢山あるしまるっきり環境が違うからな。数回しか行ったことがないがあそこはあそこでいい所はある。」
「わかりました」
「わかった、任せとけ。じゃあいってきます!」
「行っちゃいましたね。行かせて良かったんですか?」
もう見えなくなった彼らの背中をいつまでも見続けながら雀のじいさんに呟く。
「くだらん事を言うな。止めれるならとっくに止めておる。こうなるのも必然としか言えない。あの剣を抜いた時から歯車はもう回っておる」
大きな溜息を吐きながら雀のじいさんは杖を力強く付きながら去っていった。
「よし、今日はここで休もうか。舞、お疲れ様。疲れただろ。」
もう夜も真夜中と言える時刻になり、平地に出た俺達はここが好機と捉え腰を下ろし重たい荷物を置く。
「ううん、大丈夫。それより連命連命の方がしんどくない?私の荷物まで持ってもらっちゃって...修行の為って言われたから預けたけど...」
すっかり赤くなっている手のひらを心配そうに見つめる。
「このくらい大丈夫だよ。俺もまだ全然動ける。だけど無理は禁物だからな。」
「うん、そうだね。この調子だと間に合いそう」
「なんなら城下町見る時間もあると思うぞ?皆からお金有難く貰えたから色々買おうぜ」
バッグから取り出した袋から大量のお札と小銭が入っており、中々の重さになっていた。
「ふふ、楽しみだね」
「おう、ふぁぁ...眠くなってきたな...流石に山と谷連続は中々だったぞ」
「馬車を使えたら良かったんだけど....この辺りは通らないよね..」
馬車とはその名の通り馬が車を引っ張りながら移動してくれるサービスでお金を払えば乗せてくれるのだが如何せん俺たちが住んでいた所は辺鄙も辺鄙な場所で馬車はおろか人でさえ中々通りかからない場所だったので歩きで城まで行くしか無かった。
今日は8時間ぶっ通しで歩いたため、移動距離は思っていたより伸びたのだが流石に肉体的にもキツくすぐ眠れそうな程疲れが溜まっていた。
そもそも本来は3泊4日で移動するはずだったのがこれもまた子供達がまだ居たいとせがんでき、舞の負担にもなるからと流石に断ろうとしたが舞がギリギリまで居ようと言い出した為結局1泊2日で移動することになってしまった。
「待ってて、毛布を持ってくるから。」
大きいカバンから2枚の毛布を取り出し、俺の体に被せてくれた。
「ん、ありがとう舞。」
「ううん。...ねぇそういえば連命、今日起きるの遅かったけど何かあった?」
思い出したかのように首を傾げて目を瞬かせる。
「あぁ...夢見悪いのを見てな。集兵式を前に幸先悪いよ...」
「そう...大丈夫?」
不安そうな瞳が揺らぎながら彼女が俺を見つめる。
10年前の冬の日。連命は血みどろの地獄を見た。
自然豊かに囲まれていた村は灼熱の業火に無情に焼かれた。
そこら中に散乱する死体の山。血の海と言っていいほどに広がった赤黒い地面の色。とても鉄臭い匂いがした。気持ちが悪かった。
目は抉られ、体から内臓臓物腸の数々が洩れている。長い長い髪が乱れながら倒れている母親の姿もあった。
村に住んでいた173人のうち172人がその場で死亡が確認された。
ただ1人を除いて。
人間の国である和導国の精鋭隊はこの調査結果より、1人が行方不明、生き残っている可能性を示唆し、保護の為数千人規模で捜索をしたが見つかることはなかった。
その行方不明の1人というのがまさに連命であった。
彼自身どうやってこの窮地を生き延びたかは記憶に無かったが目が覚めると柔らかな布団で寝かされていて、横を見ると椅子に座りながら寝ている黒髪を靡かせた少女がいた事は覚えていた。
美しい白肌と肩と腰の狭間くらいの長さまであるとても黒い髪のアンバランスが連命の目を惹き付けた。
聞きたい事が沢山ありすぎて体を起こそうとしたが想像以上に精神のショックから体が動かず、声を出そうと思ったが喉も言う事を聞いてくれずただ寝ながら悶えるしか無かった。
体を横に微小ながらも動きまくると音を立て始めると、女の子の睫毛が少し揺れ、やがて目を開ける。
綺麗な二重の目が開かれると俺を見るやいなや飛び跳ねて切羽詰まった顔で俺の肩を力弱く掴みこう言った。
「お、起きたのね!良かった...君1週間も眠っていたんだよ」
それが彼女──────────舞との出会いだった。
こんばんは伯凌です。
やっと物語も物語と言えるくらいに進行しましたね。
ちなみに連命はれんや
舞はまいです。
初見で読めた方はいるのかな?いたら凄いとしか言いようがありません。
ではまた次の話で会いましょう