二, 学びの時間
アーメリア・アークド・ルークス
2005年コッツウォルズ生まれ。
ルークス家の長女。深いワインのような赤毛の女性。身長は167cm
子供好きで面倒見がよくふわふわした様子が特徴。穏やかな見た目に反してしばしば思考が狂気じみていることがある。家族愛が深い。
薬師でもあり、魔法医療学の"アークド"を取得している。普段は家にいるのだが今は南の村の診療所に駐在している。アーメリアの部屋は入ったら死ぬと言われている。
「殺された……?」
「あぁ、どこから説明しようか……そうだな、まず俺たちが分かれてからの話をしようか」
ウィリアムさんは私たちと別れた後、錬金術師のフェルドさんの家に入ったところから、どうしてこんな話を知ったのか……事の経緯を説明してくれた。
「まず爺さんの家に入ったら客間に通された。俺はのこのこ客間に行ったらそこには知ってる顔の奴等が既に座ってた」
「フェルド様の家にですか?錬金術しかない……こう言っちゃなんですが何もない家ですよ?そんな家に態々来客って」
ナイアが豪く辛辣だ。
「あぁ、それがあいつらにとって都合が良かったんだ。そこにいたのは魔導警察北方管理局の局員と教会の神父、それと村長の三人が座ってた。ナイア、お前ならわかるだろう……その三人が座ってる卓を見たら……」
「えぇ……絶対ろくでもないことを頼まれる匂いがプンプンしますね」
ナイアは苦い顔をしながら答えた。
「俺も同じ意見だ。あいつら俺に直接連絡したら無視するのをわかってるから、ああやって罠を張ったんだ。爺さんの家なら俺が警戒しないと踏んでな。俺はすぐ逃げ出そうとしたんだが……まぁ家に入ってしまってるからな……袋の鼠だ。俺はそのままその三人と同じ卓を囲むしかなかった」
警察……神父……村長……そんなに悪い面子じゃないような気がしたが、ウィリアムさんたちの様子から察するに相当嫌な相手だったのだろう。
「それで……どのような内容の話だったのですか?」
「依頼内容としては単純明快なものだった。息子を殺した犯人を捜してほしいっていうな……」
ウィリアムさんはとても嫌そうな顔をしている。仕事の依頼……ではないのだろうか?どうやら二人の会話的に仕事ではなく、頼まれ事という認識なのだろう。
「それで?その依頼を受けたのですか?」
「いや……保留にしてもらった。警察に言ってやったよ。まずお前らが調査しろってな。それで難航してどうしようもなくなったら助け舟を出してやるってな」
「そうですね。最近の彼等は私たちを頼りすぎている節がありましたから……良い機会なので自分たちの捜査方法を見直して改善してほしいものです」
「同意見だ。先月の件も俺は許しちゃいない。あの件を闇に葬ろうとして、どの面下げて俺に依頼を申し込めると思ったんだ……」
やたらとウィリアムさんとナイアが厳しい態度を取っているのが気になる。私と同じで過去に警察から何かされたのか?
それよりも警察から仕事の依頼を受けるって一体どういう……?
思い切って聞いてみることにした。
「あの……ウィリアムさんって何を生業にしてる人なんですか?警察から依頼されるって、どういう立ち場の人なのかなって思って……」
「あぁそういえば言ってなかったな。まぁ……何でも屋ってところだな。結界を張ったり、魔法薬を届けたり、魔法道具の制作とか修理、庭の手入れとかなっ!……ほんとに色々やってるのさ……今回のその依頼もその延長みたいなもんだよ。探偵ごっこさ……もうほんと、勘弁してほしいもんだよこっちは」
ウィリアムさんは頭を抱える。
というかこの人……めちゃくちゃ優秀なのでは?確かナイアが「結界を作るのはトップレベルで難しい」と言っていたし、結界だけじゃなく他にも色々できるというのは、並の人じゃ到底無理なのでは?
確かにそんな優秀な人がいればすぐ頼りたくなってしまう気持ちはわかる。けど、ならば何のための警察なんだってなるよなぁ……。きっと事あるごとに駆り出されて嫌になってるんだろう。優秀すぎるってのも大変だな。
というかそれが嫌ならなんで何でも屋なんてやってるんだろう?この世界じゃ職に就くのはそんなに大変なことなのかな?でもまぁウィリアムさんがそれに気づかないなんてこと無いだろうし、何か事情があるんだろう。
「ところで今日はナイアとあんな村の端っこで何してたんだ?」
ウィリアムさんは唐突に話題を変えた。
多分この件についてこれ以上考えたくないんだろう。
「結界についてナイアから教わっていました。とても興味深い魔法だなという感想です」
「そうか……」
ウィリアムさんはナイアにちらっと視線を向ける。
ナイアはその視線の意図を瞬時にに汲み取り答える。
「……アリスティアはかなり自頭が良いと見受けられました。ジェフ様のところでかなり本を読みこんでいたのでは?」
ナイアは正解がわかっている答え合わせをするような表情で、私に目を向ける。
「う、うん。ジェフさんの家は図書館だったから……。ジェフさんの自宅にもたくさんの本があって、1年以上ずっと本に囲まれた生活をしてました。私も特にすることも無かったのでほぼ毎日本を読んでました。多分そのお陰で一般的な知識はついてるかなと」
「ほ~……ジェフ先生の図書館で働いたりもしてたのか?」
「はい、バイトみたいな感じでお手伝いはしてました。接客とか本棚の整理とか」
ウィリアムさんは何か納得した様子で顔の筋肉が緩む。
「なるほどな。君が年齢の割に大人顔負けの知識を持っていて、きちんと社会性を身に付けられてるのはそういうことか」
「……セレーナさんにもそう言われましたけど、身についてますかね?」
「少なくとも俺はそう思うぞ。確か今13だよな?」
「はい」
「なら自信を持っていい。君はそこらの30代の大人と同等の知識レベルだと考えていい。いや……それ以上かもしれないな」
最後は冗談交じりにウィリアムさんは言っていたが、私の知識レベルが高いというのは本当らしい。
指摘されるまで自分ではどのくらい知識があるのかとかわからなかった。なんせ学校に行っていないし同年代の友人もいない。周りと比べる機会が無かったのだ。
久しぶりに人に褒められてちょっと嬉しくて口元が緩む。
「ただ……嬉しさにかまけるなよ?確かに君の一般知識は年齢の割に高い。だがあくまでも一般知識だ。魔導に関しての知識はほぼゼロ。赤子同然の知識しかない」
……そりゃ魔法界に来て二日しか経ってないですし。
「なので……」
ウィリアムさんが指をパチンと鳴らす。すると奥から本が何冊かふよふよと宙を浮かびながらやって来て、目の前の机の上にドサドサッと積み上げられた。
「……え~っと、これは?」
高さ30cmほどに積み上げられた本を眺めながらウィリアムさんに尋ねる。
「10歳以下の子供に読ませる魔導書だ。魔導とは何か、魔法界とは?、ヌーリアと魔法使いの関係等、主に概念的なものが書かれてる。それをまず読んで魔法使いの一般常識を学べ。魔法を実際に使うのはそれからだ」
いくつか本の表紙を見てみた。絵本や簡単な図説のようなものが多いみたいだ。子供に基礎知識を教えるための教材なのだろう。
……聞き覚えのある著者の名前がある。
「あの……この人」
「ん?あぁ"セレーナ"か。あの人な本業は研究者だがあらゆる分野に手を出してるんだ。本の出版もその一つさ。読みたくなかったら他のに変えるか?」
「いいえ大丈夫です!ありがたく読まさせていただきます!」
第一印象はまじめで厳格な人なんだろうなと思っていたが、この人割と冗談を言う人なのか……。掴み難い人なのかなと思っていたが、ぎこちないその言動からはどことなく愛情を感じる。少し距離を感じていたが多分ウィリアムさんは人とのコミュニケーションが少し苦手なだけだ。
(ナイアが言っていた通りだな)
「さてと、ナイア」
「はい何でしょう?」
「教会に手紙を出しておいてくれ。魔導診断の予約だ。そうだな……口が利く様に宛先はアルバフにしておいてくれ」
「承知しました」
ナイアが部屋を去る。
手紙と言っていたがこの家にも伝書鳩ならぬ伝書ハヤブサとか居るのだろうか?それとも郵便配達員を使うんだろうか?
それよりも……
「ウィリアムさん……魔導診断って何ですか?」
「簡単に言えば健康診断みたいなもんだな。身長体重を計るとかと同じだ。君の中のAの量と性質を計ってもらおうと思ってな」
聞き馴染みのない言葉について質問すると、さらに聞き馴染みのない言葉が出てくるのが、新しい世界に来たのだと実感すると同時に一々聞き返さないといけないのが申し訳ない。
「その……アルケインってのは?」
「アルケインってのは魔法使いの中に流れる"魔"の量を数値化したものだ。人間には魔……Aが少なくとも1~30mA流れているとされてる。多くても100mA。そして魔法使いの身体には平均して10Aが流れている。この魔量が魔法使いにとって重要なんだ」
ウィリアムさんの表情が少し曇る。
「アルケイン値の高さは優秀な魔法使いとほぼ同義だ。魔量が多ければその分使える魔法の幅も広がる。しかも厄介なことにこの魔量は……遺伝による影響が大きいのさ。この意味がお前にわかるか?」
アルケイン……魔の量を数値化した物。ヌーリア界で言う所の"才能"を数値化したようなものだろう。
才能は遺伝する……。つまり才能のある遺伝子が欲しいと皆考えるだろう。恐らく魔量の多い優秀な血を引く者たちは引く手数多だ。対してアルケイン値が低い物は……。
「格差社会……ということですか?」
「……3割正解といったところだな」
3割?ということはまだ他にも何か……。
「……問題の根底はもっと闇深い」
ウィリアムさんの表情からは「お前にはまだ早い」というような気心も感じ取れた。
ウィリアムさんの言葉の節々から感じ取れるこの不快な気持ちは……この世界でも生きるのは簡単ではなさそうだ。
「さ、この話は辞めだ」
ウィリアムさんはソファから立ち上がる。
「まずは勉強だ。この世界の基礎を知ってから続きを話してやる。あ、もしその本だけじゃ足りなかったら俺に言ってくれ。書庫から新しいのを探してきてやるから」
「わかりました。ありがとうございます」
「っと、忘れてた。君の部屋を作らないとな」
そういえば昨日の夜言っていたな。
「私は何をすれば?」
「うーんそうだな、とにかく物の移動がメインになるから、運ぶのを手伝ってもらおうか?」
「はい」
「よしじゃあ早速やろう」
私たちはナイアが用意してくれた昼食を食べた後、部屋をどこにするか考えた。
話し合いの結果、私の部屋は二階の奥、ナイアの部屋の隣にしてもらった。使われてない角部屋で、もはや物置状態となっていた。
部屋の片づけは二日にわたって行われた。
魔法を駆使してもここまでかかった。翌日には筋肉痛が私を襲った。普段運動をしてなかったのが祟ったな。
部屋はダークブラウンを基調とした暗く落ち着いた雰囲気に仕上がった。棚には書庫から移動させた本をたくさん入れてもらった。そしてマホガニーのタンスには私服を入れた。まだ一列分しか埋まってないが、いつか全部埋まるぐらい服が欲しいと思ってしまう。ウィルも「服ぐらい買ってやるぞ?」と言ってくれていたが、さすがにまだ気が引ける。
あと壁には動く絵画を3つ掛けてもらった。全部風景画だ。耳を近づけると微かに自然の音がする。家には人物画も飾ってあったが、どうやら人物画はその絵の人物と良い関係を築かないといけないらしく、初心者には扱いが難しいらしい。良い関係を築かないとうるさくて寝られない上に、最悪の場合近くの絵画に干渉するらしい。昔あった事件で絵画の持ち主と絵画の人物が喧嘩して、絵画の人物が絵を移動して家中の絵に野糞したとか……。
そして私が一番気に入ったのは、ウィルが小さい頃使っていたという北欧モデルのアンティークデスク。学習机に使っていいと譲ってもらったが、この滑らかな手触りと木の香り。50年物とは思えないほど真新しい。真鍮の金具も装飾が丁寧で、この机で勉強できるのが嬉しすぎる。ただ一箇所だけ鍵がかかっていて開けない引き出しがあるが、まぁ古いから仕方ない。
-2034年8月17日-
この家に来て2週間が経とうとしている。
あれから私はウィルから受け取った本を読み、魔法界の基本的な概念を理解した。
そもそも魔法界というのは魔法使いがいる地域の事を総称して魔法界と呼ぶらしい。今私の居るこのコッツウォルズ魔法区域も、セレーナがいたあの家も、ロンドンの至る所にある魔法使い専門の店も、総称して魔法界と呼ぶ。そして魔法界は全て結界によってヌーリアに見つからないように隔離されている。
世界最大にして最古の魔法界が"レイティア"だ。ここはヌーリア界でいうところのアイルランド島に位置している半径100km四方の超巨大魔法界だ。レイティアは約1000年以上前に創られたとされている。800年代後期に起こった魔法使いとヌーリアの戦争から逃れた魔法使いが創った魔法使いだけの世界。それが最初の魔法界レイティアだ。そこから派生して世界各国に魔法界が創られていくようになり、魔法使いはヌーリアから見えない世界で暮らすようになっていった。
魔法使いは5歳になると村や街にある学校で初等教育を受ける。6年間の初等教育では魔法についての基礎と、一般教育がなされる。ここまでは義務教育だ。ちなみに私はこの魔法界の初等教育を受けていない。
そしてレイティアにはヨーロッパ最大の魔導学校が建てられている。ここでは中等~高等教育が11歳から学べる。ここでは一般知識もそうだが、魔法の専門的な知識を学ぶことができる。イングランド中の学生がここに集まるのだ。ここで魔法使い見習いは勉強をし、7年後に卒業して称号を得られる。
魔法使いには称号が存在する。下から見習い(Novis)、修練者(Adept)、魔法使い(Wizard)、大魔法使い(Arched)、魔法の頂点(Master of Arcana)だ。見習いは初等教育を修了した場合に得られる称号だ。魔法界の人々の大半がこの見習いに位置している。そして修練者は高等教育を修了した場合に得られ、稀に優秀な生徒が魔法使いの称号を得る。いわゆる学士と修士のようなものだ。そしてさらに魔法を極めると大魔法使いとなり、最終地点として魔法の頂点が設定されている。まぁウィルは「あくまでも指標。その称号を持っているからと言って本当に優秀かは別」と言っていた。
魔法……とは別に魔術というのがある。魔法とは杖や魔法道具、あるいは素手で駆使する奇跡だ。無から有を生み出し、生み出したモノの形が残らないのが魔法。対して魔術は有を変化させる。形有る物を変化させるので、魔術で生み出したものは形が残る。まぁこれは追々詳しく学んでいく。
そしてなによりこの魔法界には人間以外にも魔法生物が生息している。よく小説で目にするユニコーンや精霊……ドラゴンもこの世界には存在している。私がこの2週間で実際に見たことがあるのは、背中から翼の生えたペガサスと風船のように宙を漂うもふもふのワッフルだけだ。あ、ナイアも一応魔法生物の枠だった。これら魔法生物には魔量が魔法使いの数倍から数万倍という桁外れの種が多く存在している。魔量の少ない種を魔法使いは家畜として飼育したりペットとして飼ったりしている。が、その多くはやはり危険な種が多い。特にナイアのような精霊種は知性を持つものも少なくない。ある程度危険な魔法生物は知っておくほうが便利そうだ。絵本にもドラゴンやドライアドなどその存在を恐ろしく描いたものが多い。
「……精霊か。知性がある彼等が魔法使いを襲うってことは……もしかして自然破壊への怒り?それとも魔法使いによる……迫害のような何か?それとも単に魔法使いを餌として見てるとか?」
そんなことを考えながらいつものように一階へ降りてキッチンへ。
時刻は昼過ぎ。この時間に庭にあるシッティングエリアで紅茶を飲みながら読書をするのが好きになった。都会では感じられなかった自然を感じられて、凄くリラックスできるのだ。
「さっ、今日は何の紅茶にしようかな~」
角を曲がってキッチンへ行くと、そこには一匹……いや一人?の妖精が居た。
「「え?!」」
お互い目が合い驚く。なんせ私も妖精を見たのは初めてだ。
「な、なんだお前!」
手のひらの二倍ほどの身長のその妖精は、調理台の上から私を見上げている。
背中には見たことも無いぐらい綺麗な蝶の羽が生えている。短めのブロンド髪に黄金色の瞳。中性的な顔立ち。薄黄色の、まるでユリのような服。
こんな綺麗で可愛い生物がこの世に居るのか、と私は興奮を抑えられなくなっていた。
だがウィルの言葉を思い出した。「魔法生物、特に言葉を話す精霊種には気を付けろ」……目の前のコレも魔法生物なのだ。しかも今人間の言葉を話した。ここは慎重にならなくてはならない。
「おい人間。この家じゃ見ない顔だな。客か?それともあの杖無しの知り合いか?」
……声が小さくて聞き取りずらい。まさか……体が小さいから声も小さいのか?2,3mのこの距離ならかろうじて聞き取れるが……これ以上距離を開けると声が聞こえなくなる。そうして反応せずにいて、もし刺激したら余計不味い。ここはこの距離を保ちつつ、できるだけ刺激しないように応えるしかない。
「私はアリスティア。この家に居候させてもらっている者よ」
「ふ~ん……居候。てことはこの家の家族ってことか?」
……どう答えるのが正解だ?妖精には家族の一員を襲う者と、独り身を襲う者も居る。この目の前の妖精が一体どちらの種なのか。そもそも悪い種なのか?……くそっ、こんなことになるなら早めに危険魔法生物の図鑑を見ておくべきだった。
「ねぇ、もしも~し。聞こえてるよね?君はどっち?家族?それとも……」
私が答えあぐねていると、誰かが私の肩をポンと叩いた。
「ひゃぁ!!」
私は驚きすぎて手に持っていた本を床に落としてしまった。
「あ、すまん。大丈夫か?」
私の肩を叩いたのはウィルだった。
「これが大丈夫に見えますか!めちゃくちゃビックリしましたよ!」
今ものすごい緊張してたから……そんな状態で肩を後ろから叩くのは辞めていただきたい。本当に後ろから攻撃されたのかと思った……。心臓に悪い。
「すまなかったな。てかどうしたんだ?いつもならそんな驚くようなことでもないだろう?」
そうだ!
私は妖精の存在を思い出し、素早く調理台を振り返った。
「あれ……?」
そこに妖精の姿はもうなかった。
何の音も出さずに、しかもウィルに見つからずにこの場から消え去るって……。
「どうした?何かあったのか?」
「今、そこの調理台の上に妖精が居たんです……」
「妖精?特徴は?」
「えっと、大きさはこのくらい(30cmを手で表現)で、綺麗な羽があって、ケルト系スコティッシュの特徴がありました。あと対話が可能でした」
「対話したのか?」
「い、いえ。そこまで長く話はしなかったです。妖精との対話は危険と聞いていたので」
そう。妖精は大半が人間と同じで知性があるが、言葉を話す者はそう多くない。対話できる妖精は9割危険だ。言葉巧みに人間を騙して不幸に陥れるからだ。だから私は先ほどの妖精を刺激しない程度に質問に答えるだけに留めようとしたのだ。
「なるほどな。ちゃんと妖精に注意していたのは偉い。で、何を聞かれた?」
「えっと、この家の住人か?みたいなこと聞かれました。家族なのか?みたいなことも聞かれました」
「答えたのか?」
「いえ、答えあぐねてるときに驚かされたので」
「いや驚かすつもりは……ンンッ(咳払い)。……相手はおそらく"ディアンシー"だろう。この周辺に住んでる大妖精だ。そこまで危険な思想を抱いてるやつじゃないが……家族なのかどうかを気にしてたってのは少し引っかかるな。もしまたディアンシーに出逢った時には、ナイアと家族だと答えたらいい」
「ナイアですか?」
「あぁ。ナイアは妖精たちの上位の存在である精霊だ。奴らもわざわざ上位種に喧嘩を売るようなバカじゃない。恐らくアリスティアが家族じゃないと答えたら襲われてたかもしれないな。……ディアンシーがそんなことするやつだとは考えにくいが、まぁ念のために気を付けておいた方がいいだろう」
「わかりました」
初めての妖精はディアンシーという名の大妖精だった。どうやらウィルとナイアの知り合いで、そこまで危険な存在ではないそうだ。だが一点気になる点があるっぽいので、彼女には少し注意しておくように言われた。
私はその後紅茶を淹れた。庭に出るのは少し怖くなったので今日は部屋で読書をすることにした。
部屋に戻って今日読む本を選ぶ。
「……魔法生物について勉強するか」
私は著:アンソリック・テルネイチャーの《ヨーロッパ魔法生物図録》を読むことにした。
「……大妖精、これか」
大妖精とは精霊科妖精属に属するフェアリーの亜種。ドライアドの生える森に住み、多くのフェアリーを従える。容姿はフェアリーと同じだが、大妖精は大きさがフェアリーに比べるとはるかに大きい。更に人の言葉を発することが可能。大妖精はフェアリーが数百年魔を溜め続けたものが変化した亜種であり、その魔量は平均して100A。
「なるほど……魔を溜めて亜種になることもあるんだ。というか100Aって、魔法使いの10倍じゃない。そりゃ魔法使いが魔法生物に気を付ける訳だ」
更に読み込むととんでもないことが書かれていた。
「何々?大妖精は従えたフェアリーと共に、攫った子供から生気を吸い取る?森で子供を一人にするのはフェアリーたちに餌を与えるようなものだって?なにこれ……フェアリーってもっとキラキラした可愛い存在だと思ってたけど、魔法界じゃ危険極まりない存在じゃない」
私はヌーリア界と魔法界での魔法生物の認識の違いを楽しみながら勉強していった。
あれから2日経った。その後ディアンシーが現れることは無かった。
この家に来て15日目。読んだ本数は簡単な物含め20を超えた。
知識が増えると実践してみたくなるのが人間という存在なのだ。
「あの~ウィル?」
「なんだ、もうはちみつクッキー無くなったのか?ナイアが昨日沢山焼いてくれたじゃないか」
「違いますよ。その~私も魔法とか使いたいなぁって。私ももう13歳ですし……杖が欲しいなぁって」
「……」
くそっダメか。
ウィルは「冗談で言ってるのか?」というように目を細めた。
「……確かに11歳になれば魔法を実践使用することができる。ただ、それは魔導学校で教師の指導あってこそ成り立つものだ」
「じゃあ魔導学校に入ってない人は魔法を使えないの?」
「いや、魔法は称号があれば使えるぞ」
「あ~……なるほど」
5歳から入れる学校を卒業すれば"見習い"の称号が得られる。それを持っていれば魔法は使えるということだ。
11歳で入学できる魔導学校は魔法を使えるようになるとかは関係ない。あっちは更に魔導を学びたいものが集う所ということだ。
つまり、今見習いの称号すら持っていない私が魔法を使えば、法律違反。罰金が科せられるということだ。
がっくり肩を落としていると、ナイアから質問された。
「……アリスティアはただ魔法を使いたいのですか?それとも何か夢や目標があるのですか?」
「ん~今はただ魔法を使ってみたいって感じかなぁ。けど、こうなりたいあれがしたいっていう夢みたいなのはあるよ。それがしたくて魔法使いになる選択肢を選んだんだし」
「なるほど……」
このナイアの反応を見てウィルは何かを察したみたいな顔をした。
そしてナイアは一つの提案を出した。
「ではこういうのはどうでしょう?アーメリア様から魔法を教わり、ウィルからは魔術と座学を教わる。一旦勉強した後、魔導学校に入学するかを決めるのです」
「え?でも私見習いですらないよ?魔法を使ってもいいの?」
ウィルが頭を掻きながら答えた。
「アーメリアは大魔法使い"アークド"の称号を持ってる上に、教員免許も持ってる。個別塾っていう体でアリスティアに魔法を教えることは可能だ。俺は教員免許は持ってないが、座学と魔術は別に資格が無くても教えられるからな。どうする?やるか?」
魔法が使える上に学べる。魔術や座学もウィルから教われる。もしもっと色々学びたくなったら魔導学校へ入学することもできる。やらない選択肢があるか?いや無い!
「はい!やりたいです」
「オーケーだ。じゃあアーメリアが帰ってくるまでは俺が魔術と魔法座学を教えよう」
「はい、お願いします」
本格的に魔法の勉強が始まる匂いがする。
翌日の夕方。
今日はウィルは出かけていて家に居ない。特にすることもないので家の中を少し見て回った。
「色々部屋があるけど、ほとんど物置みたい。……この扉は?」
覗き窓の付いた鉄製の扉を恐る恐る開けてみる。
裏庭に続く扉だ。
「へぇ、裏庭もあるんだ。ほんとに広い家」
好奇心で少し裏庭も覗いてみることにした。
フラワーガーデンのように綺麗な庭を見かけたら、散策してみたくなるのは女の性よ。
まぁ見慣れない植物には近づかなければ大丈夫。というか危険なものはアーメリアさんの部屋に集約されてるっぽいし、この裏庭は比較的安全だろう。
小さな家なら一軒まるごと入るんじゃないかというほどの広さだ。隅々まで手入れも行き届いている。この家に住む妖精達を大事にしている証拠だろう。
しばらく裏庭をぶらぶらしているとあることに気が付いた。
「マグノリアにミモザ……バラに藤……シュウメイギクにネリネ。季節の花が全部咲いてる……。一体なんで……?」
屈んで花にそっと触れようとした、その時。ロープのような長いものが身体や手足に巻き付いてきて、一瞬のうちに拘束された。
「わッ何?!!ナイa」
大声で助けを呼ぼうとした瞬間に口を押えられた。その時になってようやく気づいた。
私の口を押えたのは分厚い葉っぱで、私の身体を縛ったものはロープではなく木の蔦だということに。
少し藻掻いてみるが全く解ける気がしない。
身動きが取れないまま持ち上げられ、そのまま林の奥へと引きずり込まれていく。
(まずいまずい何これ?!てか何処に連れてこうとしてるの?)
振り返ると目を疑う光景が広がっていた。林に生える木がぐにゃりと曲がって、まるで私を避けるように道を作っていたのだ。
(は?!……ダメだっ。冷静になれ……もし万が一にでも逃げ出せて、自由の身になった時の為に帰り路を把握しておかないと)
私は落ち着いて家の方向を見て、帰り道を記憶しようとした。
(!?……木が)
先程までぐにゃりと歪な形状をしていた木が、元の形状にゆっくりと戻っていくのが見える。これで帰り道を覚えるという無茶に近い打開策が消え去った。
(まずいな……一体どこまで連れ込まれるんだ?)
身体を縛られ拉致されてから1分ほど経った。
林の中で木の生えていない小さな広場、いわゆるギャップという所に連れてこられた。
身体を縛っていた蔦が解ける。
「……!!?」
私は思わず息を呑んだ。
振り向いたそこには人の言葉では表せない程……美しい景色が広がっていた。
無数に飛び交う光る蝶、キラキラと輝く草花。そして一際大きく荘厳なオークの大木。
そのオークの木に腰掛ける女性。
私はその女性の見た目に覚えがある。小説や映画、絵本にも登場していた木の精霊。神話上の女神だと思っていたが魔法生物図鑑にその名が載っていた。
(ドライアド……)
一度でも目にできたら感激するだろうなとか思っていたが、目の前の"本物"を見てそんな気一切起こらなかった。荘厳なその姿に、ただただ委縮するだけだった……。
私は家族と認めた者を助けるためならば、この忌々しい力を使うことも辞さない覚悟でございます。例え私の身が危険に陥ろうとも。
-ナイア・ルークス-