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アリスティア・リリーウェル ~コッツウォルズ編~  作者: Riaellena Syaukas
2,北の村の殺人事件
4/5

一, 結界とは

ナイア・ルークス

年齢出身地不明。見た目だけなら20代後半に見える。

黒い髪に狼のしっぽと耳がある人間の見た目をしている。血のように真っ赤な瞳が特徴。180を超える身長を持つスタイル抜群のルークス家の使い魔。

ブラックドックと吸血鬼、人間の混血という極めて異例の種。本人曰く精霊に属する極めて人間に近い存在だとか。

性格は非常に温和でとても礼儀正しく、頼りがいがある。ただ目つきが鋭く、狼の見た目に悪魔を連想させる黒い髪も相まって、初見の人には怖がられるらしい。本人はそれがとても悲しいらしい。

 セレーナさんを見送った後、私は部屋に案内された。

「ここが今日アリスティアの寝る部屋だ。来客に貸し出す用の部屋なんだが今日はここで寝てくれ。明日にでも君の部屋を作らないとな」

 セレーナさんが手紙を出したのは今日の10時ぐらいの話だ。そして手紙がルークス家に届いたのは夕方ごろだっただろう。時間もないのに部屋を用意してくれて本当にありがたい。ただ……貸間にしてはとても豪華な作りになっている。まるで老舗高級ホテルのスイートルームだ。

「ほんとにここを借りてもいいのでしょうか?」

「あぁ、ほとんど使われることもない部屋なんだが無駄にきれいなんだよ。こういう時ぐらい使わなきゃもったいないだろ?」

 よく見るとベッドのそばに私のキャリーケースが置かれていた。恐らくナイアさんがここに運んでくれていたのだろう。

「ありがとうございます」

「あぁ、一つ注意事項があるんだ」

「はい、なんでしょう?」

「……アリスティアは精霊をどの程度知っている?」

 精霊……人間には見えない存在で、常に人間の近くに居てその人を助けたり悪事を働いたりする存在だという認識だ。人型から動物、無機物に至るまで多種多様な見た目の精霊が存在する。古い伝承などで見聞きするが、実際には存在しないと現代科学では考えられているはずだ。

「えっと……ヌーリアが知ってる精霊の知識ぐらい、ですかね?」

「まぁ、そうだよな」

 ウィリアムさんは少し考える素振りを魅せた。

「実はな、この家にはブラウニーっていう妖精が住んでるんだ。20cmぐらいの小人の見た目をしているんだが、知ってるか?」

「いえ、あまりそういう細かい種類までは……」

「……ブラウニーは家の掃除をしてくれる妖精だ。人間には害をなさない妖精の中じゃ好意的な種だ。ただ、部屋に物を散らかすとそれを片付けられる、もしくはブラウニーへの礼品とみなされて持って行かれる。特に衣類はブラウニーにとってはお宝だ。衣類を受け取ったブラウニーは家を離れてしまう。だから物は片付けておくこと、特に衣類。ブラウニーが居なくなると家の掃除という仕事が一つ増えてしまうからな……。以上だ、何か質問はあるか?」

「……もしもそのブラウニーに出会ったらどうすれば?」

「あぁ、それは心配するな。ブラウニーは通常人前には姿を現さない。家主が家に居ない間に掃除や家事をする妖精だ。それにもしブラウニーと出会っても大丈夫だ。彼らは人間に危害は加えない温厚な妖精だ」

「なるほど……夜寝てる間に襲ってくるとかは……」

「……そういう類の妖精はこの家には近づけないようにしてる。安心しろ」

 ……ということはそういう妖精も存在するということか。魔法界は私が思っていたよりも危険なのかもしれない。早めに知識を得て自分の身は自分で守れるようにならないと……。

「ま、そんなところか。寝間着は持ってるか?」

「はい、あります」

「そろそろ風呂も沸いた頃だろう。着替えを持って一階に来な」

「わかりました」

 ……お風呂、か。ジェフさんの家にはシャワーしか無くて浴槽が無かったんだよな。修道院で暮らしてた時は院内に浴室があってみんなで洗いっこしてたっけ。懐かしいな。施設じゃない風呂に入るのは初めてだ。少し楽しみだ。

 ――カチャ(左腕に触れる音)

「……この義手のことは早めに言っておかないとな」

 私は荷物の整理をして、着替えを持って一階で待つウィリアムさんとナイアさんの元へ向かった。


「お待たせしました」

「おう。風呂の使い方はナイアから教わってくれ」

「はい。ではアリスティア、こちらへ」

「あ、はい」

 ナイアについて廊下を進む。

「こちらが浴室になります」

 思っていた通り立派な浴室だ。少し古めの雰囲気が修道院のと似た雰囲気でとても落ち着く。

 そういえばトイレが見当たらない。トイレが浴室と別になっているのは珍しいな。大抵は一緒の部屋にあるのに。

 部屋には浴槽とシャワーヘッド、洗面台と防水性の棚。そしていくつかの観葉植物が窓際に置いてある。

「着替えはこの籠の中へ入れておいてください。脱いだ服はこのネットに入れて籠の中へ。後で洗濯機の中に入れておいてくれると助かります」

「わかりました」

「……」

 少し不機嫌そうなナイアさん。なにか不味い事でもしただろうか。

「アリスティア」

「は、はい!」

「……丁寧なのはとてもいいことです。ただ私たちはもう家族なのです。私には敬語ではなく、素で話してもらっても大丈夫ですよ」

 ……それをナイアさんが言うのか。まぁこの丁寧な口調は昔っからだからこれが素に近いのだが。

「まずは呼び名からですかね……。試しに私のことはナイアとお呼びください」

「えっと……じゃあナイア、で」

 ナイアの顔が笑顔に戻る。

「では一緒に入りましょうか」

「……え"??」

 驚きのあまり変な声が出た。

 一緒に風呂に入るのは普通なのか?いや普通に恥ずかしいが?もしかしてナイアは狼寄りの入浴思考を持ってるんじゃ?……いやそれは違うか。

「あら、恥ずかしいですか?せっかくこれから暮らすのですから、親睦を深めないとと思いまして。知っていますか?東方の国にはこのような言葉があるのです。『裸の付き合い』と」

 なんだその変態文化の国は!

 恥ずかしい……というのは間違いない。修道院の皆とは一緒に入ってはいたがあの時は大勢いたし、あまり気にならなかった。けど今は二人きりだ。女同士とはいえ少し恥ずかしい気もする。

 そうこう言ってる間にナイアは服を脱ぎ始めた。

「さ、アリスティアも準備してください。お背中お流ししますから」

 ……服を着ていた時から思っていたが、ナイアはほんとにスタイルがいい。豊満な胸に加えて顔もいいときた。女子の私でも憧れるスタイルなのは間違いない。

 ……ダメだこれじゃまるで変態親父みたいじゃないか。

 ……私も脱ぐか。

 シャツを脱ぎスカートを脱ぎ、最後にアームカバーを外した。

「……アリスティア。その腕……」

 ナイアが私の左腕の義手に気が付いて息を呑んだ。

「義手です」

「へぇ……存在は知っていましたが実物を見るのは初めてです。動かせるのですか?」

 ナイアの反応は、私が思っていた"同情"というよりも、初めて見たおもちゃに興味津々の子供のようだった。

 私はナイアの前で肘を曲げたり手を広げたり色々動かして見せた。

 ナイアはとても興味深そうに感心した目で見ていた。

「人間の技術とは本当に凄いですね」

「ほんと……しかも防水機能付き」

 私はシャワーで身体を流して見せた。

「壊れたりしないのですか?」

「はい、全然大丈夫です。まぁ濡れた後はちゃんと拭かないとダメなので、そこだけ面倒かなって」

「そうですね……じゃあそれ用のタオルも準備しておきましょうか」

「ありがとうございます」

 私たちは浴槽に浸かりながら色々話をした。本音に近い話まですることができた。お互いをさらけ出すことができて仲良くなれた気がした。多分これがナイアの言っていた『裸の付き合い』というやつなのだろう……。

 

 私たちは30分ほど入浴に時間を使った。

 寝支度をして部屋に戻る。

 ベッドに横になり天を仰ぐ。

「……」

 目立った汚れが無い天井。きっと妖精が手入れしているのだろう。だから築年数の経過している家なのに小綺麗なのだ。

「……私、上手くやっていけるかな」

 ウィリアムさんとナイアに引き取ってもらえて嬉しい反面、こんなに簡単に引き取れるのかと疑問に思うところもある。

 金銭面は?仕事との兼ね合いは?他の家族は?そもそもなんで引き取りに応じた?

「……考えても仕方ないか」

 そうだ。考えてもその先の答えが正しいとも限らない。なんで引き取ってくれたかという理由はどうでもいい。引き取ってくれたという事実が大事なんだ。

 ……月明かりが窓越しに薄暗い部屋の中をやんわりと照らしてくれる。

「ちょっと夜風にでもあたるか」

 窓を開け外を眺める。

 目の前には平野が広がっていて、遠くに家の灯がちらほら見える。

 暗い林からは何かがこちらを見ているような気もした。

「……涼しい風」

 暫く外を眺めていると、ガチャっと玄関の戸を開ける音が聞こえた。

 玄関からウィリアムさんが出て行くのが見えた。

 手には大きな木の杖。杖には貴金属や布や紙の装飾がされてる。見た目からして何か儀式用の祭具だろうか。

 ウィリアムさんは入り口門の前で立ち止まり、杖を振り上げた。

 杖から白く淡い光が漏れる。杖から淡い光が独立し、玉となり空中へと浮かんでいく。ある程度の高さまで光が到達したと同時に、パッと花火のように散乱して消えた。その瞬間はただの白色の光がより一層輝いて見えた。

 光は四方に飛んでいきスーッと消えた。それを確認したウィリアムさんは家に入っていった。

「……何だったんだろう」

 初めて見る現象だ。光の玉が独りでに動いていた。おそらく魔法なのだろうが、一体何の魔法なのかは全く分からない。

 ただ……今の魔法はとても綺麗だった。


 ルークス家に来て初めての朝を迎えた。

 この日は何事もなく夜を過ごせた。

「おはようございます」

「おはよう。昨日は眠れたか?」

「はい、お陰様で」

 一階のリビングにはウィリアムさんが居た。昨日の晩の出来事については何も話さなかった。

 机の上には封を切られた手紙が一通。

「その手紙は?」

「ん?これか……仕事の依頼だ。北にある村に住む錬金術師の爺さんからだ。タサール・フォリーメンを100g欲しいんだとさ」

「タサ……なんですか?それ」

Tussiser(タサール) Foliumen(フォリーメン)。魔法薬草の一種で咳止めの効果があるんだよ。あの爺さんもう歳だからな。最近よくこれを注文してるんだよ」

 確かウィリアムさんの姉アーメリアさんが魔法薬草学を専門にしてたはずだ。彼女はその知識を活かして薬師をしている。彼女が栽培してる薬草が大量にこの家にはある。それを度々村の魔法使い達に売っているとナイアから聞いた。

 それと錬金術……確か古代の人たちが使ってた魔法に似た技術だ。石を金に変えるという話はヌーリアの間でも有名だった。これも例に洩れず御伽話だと思っていたけど本当に実在するんだ。

「今日は外に出ようか。アリスティアも顔を洗ってきな。朝食を食べたら北の村へ行こう」

「あ、はい。わかりました」

 顔を洗い、寝間着から着替えてダイニングへ。勿論脱いだ服はネットに入れて洗濯籠へ。後でナイアさんが選択して干してくれる。

 ナイアが作ってくれた朝食を三人で食べた後、外出の準備をした。

 私とウィリアムさん、ナイアは車に乗って北の村に向かった。


「着いたぞ」

 車で10分ほど。北の村にある錬金術師さんの家に着いた。

「二人は外で待っていてくれ。なんなら散歩してていいぞ」

「承知しました」

 ウィリアムさんだけが中に入っていった。私とナイアは外で待機することになった。

「……ではその辺ぶらぶらしますか」

「うん」

 ナイアと一緒に村を散策することに。

 村はコッツウォルズ同様、黄色味を帯びた石灰岩でできた古いイングランドの建物が並んでいる。コッツウォルズと違うのは此処に住んでいる人が皆、魔法使いか魔術師だということ。

 昨日ナイアに教えてもらったが、魔法使いと魔術師は明確に違う存在らしい。詳しい区別は勉強が必要だと言われた。つまり後で教えるということだ。とりあえず魔法界には魔法使いと魔術師の二種類の人間が生活しているということだ。

 このコッツウォルズ魔法区域はコッツウォルズに存在する魔法界の名だ。コッツウォルズには結界?っていうのが貼られており、そこを魔法使いもしくは魔術師が通ると、このコッツウォルズ魔法区域にたどり着く。正直今もなんとなくでしか理解できてない。

 コッツウォルズ魔法区域には村がいくつも点在している。ルークス家があるのはコッツウォルズ魔法区域の中央から若干北西の村はずれ。今いる村はコッツウォルズ魔法区域の中でも最北端に位置している。人もそこまで多くなくて長閑な雰囲気の村だ。

「……」

 村の人たちの顔に黒いベールが掛けられていることに気づいた。

「ねぇナイア」

「はい、なんでしょう?」

「皆なんで顔を隠してるんです?」

「あー……おそらくこの村で誰か亡くなられたのでしょう」

 そう言われて色々察した……。

「この村の人口はそう多くありません。村の住民が皆顔馴染みで、皆家族のように接しているのです。だから村の誰かが亡くなられた時、村人総出で見送るのです」

 やはりか……

 村の人たちからは哀しそうな雰囲気を感じ取れる。身近な誰かが亡くなるって……言葉に表せない辛さと哀しみがあるんだよな……。

 最近はそんな人を見るのさえ辛く感じてきてしまうようになった。


 ナイアに頼んで村の外れに出させてもらった。

 崩れた石壁に腰を下ろし、目の前に広がる景色をただ眺めた。

 草原を風が走り、肌に当たる。少し気分が落ち着いてきた。

「……人が死ぬって……悲しいね」

「……」

 ナイアは静かだった。頷きもせず応えもしなかった。

「ナイアは人が死ぬのを目の前で見たことある?」

 なんでナイアにこんなことを聞いたのかわからない。ナイアが悲しいと感じていないような気がしたから……共感が欲しかった……のか。

 ナイアは少し深呼吸をして答えた。

「えぇ……ありますよ……何度も」

 その声からは哀愁が感じ取れた。だが表情からはマイナスな感情というよりむしろプラスの……過去に想い馳せるような、そんな感じがする。

 ナイアが人の死に関心を持っていないと思っていたが、そうではないことに少し安心した。

 ナイアは精霊だ。彼女は何百年も生きている。そんなに生きていれば、きっと"死"に慣れてしまうだろう。けど死が悲しいことだという感情は持っているようでホッとした。

「さ、アリスティア。気分はよくなりましたか?」

「うん……少し」

 気分転換にナイアに昨日の夜見た()()について訊いてみることにした。

「ナイア、一個質問いい?」

「はい、なんでしょう?」

「昨日の夜、夜風に当たろうと思って窓を開けて外を見たらウィリアムさんがいたんだけど。なにか魔法?を使ってたんだけど、あれは何?」

「昨日夜……あぁ、結界の張り直しですね」

「結界……?」

「そうです。結界です。あ、この際ですし結界について少し教えましょうか?」

「え?!いいんですか?!」

 ナイアが前に出て話始める。

 この魔法界で最初の授業を受けた。

「アリスティアは結界とはどういうものかわかりますか?」

「さぁ?その言葉も昨日初めて聞いたのでさっぱり」

「結界は元は仏教用語です。ある場所を悪いモノから守るために敷くバリアのようなものです」

「仏教……てことは宗教的な何かなんですか?」

「いえ、結界という言葉は仏教由来ですが、魔法における結界は宗教とは関係ありません。魔法界での結界とは"護る"というよりも"隠す"という意味で使います」

 ナイアが空を挿す。

「例えばこのコッツウォルズ魔法区域も、結界で囲まれた中に存在していますよね」

「うん、セレーナさんから聞きました。コッツウォルズ国立公園に魔法使いが入れば、このコッツウォルズ魔法区域に着くって。どういう理屈なのかなぁって」

「そうですね……簡単に言うと結界内に入れる者を選別しているのですが……実際に見た方が早いかもですね」

 ナイアは胸ポケットから小瓶を取り出した。

「それは?」

「簡易結界です。危ないので少し離れていてください」

 そう言うとナイアはその小瓶を地面に叩きつけた。

 小瓶は割れると少量の煙が放出した。

「はい。これで簡易的な結界が完成しました。後は少し手を加えて準備完了です」

 ナイアが(くう)に手をかざし、指で何か模様を描いた。

「……何も見えないよ?」

「結界は普通目に見えないのです。私は精霊なので特別」

 そういうとナイアは手を横に伸ばした。

「さてアリスティア、あなたは魔法使いです。対して私がヌーリアだとしましょう。そして結界内はこのコッツウォルズ魔法区域です。そしてその外はヌーリア界です。ではそこに立ってください」

 ナイアがもう片方の手で地面を指さす。すると地面にバツ印が描かれた。

 私はそのバツ印の上に立つ。

「ここでいいですか?」

「そうだね、ちょっと屈んで……あ~もう少し左に」

 ナイアの指示通りに動く。

「……今私の腕は繋がって見えますよね?」

「はい」

「ではゆっくりと顔を左にずらしてください」

 言われた通りゆっくりと顔を動かす。

 するとある場所まで行くと、ナイアの腕の肘から先が消えたのだ。

「うぇ?!」

 驚いて顔をあげてナイアを見ると、腕は正常につながっていた。

「……今のは?」

 息を切らしながらナイアに尋ねる。

「消えたように見えましたか?これが結界の効力です。結界に入れる者を容認者、ここではアリスティアですね。そして結界に入れない者を否認者と呼びます。容認者が結界内に居ると両者共に双方の存在を視認できなくなります。先程アリスティアが、私の腕が消えたように見えたのはそういう理由です」

 ナイアが説明している最中、私は結界に入ったり出たり、半分だけ入ったりして色々試した。

 私が結界外に居る間はナイアを視認できる。だが私が結界内に入るとナイアを視認できなくなる。外の音や匂いは確認できた。そして片目を外に、片目を中にした状態でナイアを見ると、結界内に入っているナイアの腕が消えたように見えた。これは私の半身が結界の効力を受け、もう半身が結界の効力を受けないから起こる現象だそうだ。

「結界って面白いですね……双方ってことは、私が結界内に居るときってナイアは私が見えないってことですか?」

「そうです。アリスティアが結界に触れた所から徐々に見えなくなっていきます」

「すご……」

 結界を出たり入ったりして遊んでみる。

「結界は空間圧縮の技術を応用したものだと考えられています」

「空間圧縮……?」

「否認者はその技術の恩恵を受けられません。容認者であるアリスティアが結界内に居て、否認者である私がこのようにアリスティアにぶつかるように結界を通り過ぎても……どうでしょう?ぶつかりません。これは容認者が否認者の干渉できない空間に居ると考えることができます。結界はその空間の境界です。何人も否認者は結界内に干渉できません」

 なるほど……結界内にいれば否認者から身を隠せる上に干渉できないということは、結界内はセーフティーエリアということだ。

 私が結界内に居て、そこに重なるようにナイアが通っても双方に影響を及ぼさない。

 ここで一つ疑問が浮かんだ。

「……これ、容認者が結界内に入ると別空間に行くじゃないですか。否認者が結界内に入るとそのままじゃないですか?容認者は否認者の居る空間に入ることってできるんですか?例えば私が魔法界じゃないコッツウォルズに入ることってできないんじゃ?」

「いい所に気が付きましたね。そうです。容認者は境界を越えると別空間に行ってしまうので、否認者のいる空間には行くことができません。ヌーリアがアリスティアの財布を拾ってコッツウォルズに入ってしまえば、アリスティアはどんな手段を使ってもそれを拾いに行くことはできません。それは結界術のデメリットともいえるでしょう」

 そうか……結界の外から中に向けて物を放り込むと、容認者は拾いに行くことができないということか。……ならば結界が無くなればいいのでは?

 結界の中の石を眺める。

 ……待てよ?結界ができたところは、同じ座標に二つの世界が同時に存在するということだ。仮にあの石が建物だとして、私が中に入ってあの石を別の石に置き換えたらどうなる?

 私は結界内に入り、石の位置を変え、石の在った場所に違う大きさの石を置いた。

 そして結界外に出て石の場所を確認すると、石は位置を変える前の状態になっていた。

「ねぇナイア?」

「はい」

「私今、結界内の石の位置を変えたんだけど……この状態で結界が無くなると石はどうなるの?」

「へぇ……やはり切り口が鋭いですね」

 ナイアはとても嬉しそうだ。

「まず結界は作成者が術を解かない限り勝手には壊れません。あ……例外はいくつかあります。一つがこのコッツウォルズ魔法区域。ここの結界は壊れない……というより厳密には作成方法が異なるのです。大抵の結界は作成者が術を解く、もしくはその人が亡くなると結界は消えます。ですがここの結界は作成者は既に亡くなっております。ですがここは協会によって管理されているので消失することはありません。二つに先ほどの小瓶の簡易結界。あれは時間経過で勝手に消滅します。それほど難しい術式を使っておりませんので」

「そもそも結界って作るの難しいの?」

「えぇ。結界術は魔術の部類では最高レベルに会得が難しい術です。私も作るのは出来ませんから。そういう人のための簡易結界なのです」

「さっきの小瓶ですよね?あれって売ってるんですか?」

「えぇ……ロンドンの店で買えます。1000(ポンド)で」

「せn……?!」

 思わず驚いた。さっきの小瓶ひとつで1か月暮らせるだけの値段がしたのだから。

「え……よかったの?そんな高いの……」

「えぇ、授業料です。いざという時にしか使わないものですし、それにさっきのは古い物なのでそんなに心配しなくて大丈夫ですよ」

 ナイアは笑顔でそう言うが……流石に1000£は高いなぁ。折角使ってくれたんだしここでしっかり学んでおこう。

「それで……結界が壊れたら?」

「あぁそうでしたね。仮にこの結界が壊れた場合、中にあるモノは『消滅します』」

「消……滅?」

「はい。結界は空間のコピーペーストのようなものです。ある空間をコピーして同じ座標にペーストします。1の世界と2の世界ができるわけです。それぞれの世界は違う中身になるのは当たり前です。その二つの世界を同時に成り立たせているのが結界という別世界への入り口なのです。その結界が無くなれば、入り口が閉ざされるので二度と世界の行き来は出来なくなります。つまり消えます」

「じゃあ中に人が居たら?その人は……」

「跡形もなく消えます。所謂神隠しというやつです。まぁそんな物好きはなかなか居ないと思いますが……結界が壊れ始めたら外に出る。常識です。結界が壊れるときは予兆があります。内部の空間に亀裂が生じ始めます。それが結界が崩壊する合図です。予兆の出現時間は結界の大きさに比例するので……この結界ですと半径1m程なので20秒とか?もう少し長いくらいでしょうか?」

「でも結界は見えないんじゃ?」

「大丈夫です。結界内に居れば空間の亀裂ははっきり見えます。その影響で結界の境界線が目視できるのでそこを目指せばいいのです。あ、もしも腕だけ結界内に入れたまま結界が崩壊すると、腕の生命機能が停止します。実体はそこにあるけど使い物にならない状態になります。なので結界内で空間の亀裂を見たらすぐに結界外に出る事です。じゃないとこの世界から消滅してしまうので」

「わかったわ」 

 結界について色々学んだ。原理についても基礎は理解できた。どうりでヌーリアが魔法使いを見つけられないわけだ。彼等は否認者で、容認者である魔法使いを観測することができないんだ。ましてやこの魔法界も……。

 私は今までロンドンでしか暮らしてこなかった。外出する範囲も決まっていたし、魔法界に入ることがなかったんだと思う。

 詳しい技術や作り方などは「結界術」について書かれた本を読むのをおススメされた。結界も面白そうだが高難易度と聞いて少し怖気づいた。まだ使えるだけの技量は私には無いだろうし。


 一時間ほどして簡易結界が崩れた。先程結界内で置き換えた石も、置き換える前の元の状態に戻っていた。

 ちょうどそのタイミングで村の方から私たちを呼ぶ声が聞こえた。

「やっと見つけた……まぁまぁ歩いたぞ」

 ウィリアムさんだ。どうやら用事が済んで私たちを探していたみたい。

「あら、早かったのですね。フェルド様なら長話をすると踏んで暇をつぶしておりましたが」

「あぁ珍しくな」

 フェルドというのはウィリアムさんに依頼した錬金術師のお爺さんの名前だ。どうやら話が好きらしいが今日はそうでもなかったみたい。多分フェルドさんもそういう気分じゃなかったんだろう。

 ウィリアムさんは頭を掻きながら少し苛立ちを見せていた。

「どうしたのですかウィル?」

「いや……面倒ごとを頼まれた。一旦家に帰ってから話す」

 面倒ごととは何だろう?

 ……そういえばウィリアムさんの仕事って何だろう?平日なのに自由に出歩いてる辺り、定職には就いてなさそうだけど……というかそもそも魔法使いでも仕事はある……よね?私はこの人のことを知らなさすぎる。ナイアの性格とかはこの二日でなんとなく理解し始めてはいるけど、ウィリアムさんの素性がわからない。

 一体この人は何者なんだろう……。


 私たちは車に乗って家に帰った。

 リビングに集まりソファに腰掛ける。

 私はナイアの用意してくれた紅茶とクッキーを食べながら話を聞いた。

「それで……面倒ごとというのは?」

 ナイアが切り出した。

「……二人とも、村人たちが喪に帰してたのは見たな?」

「はい。皆様そのような格好をされておりました」

「亡くなったのは村長の息子だ」

「息子様が……それは気の毒でしたね」

「あぁ殺されたらしい」」

「「!?」」

「……ナイアってバストサイズいくつあるんですか?」

「Fですね(イギリスサイズ)」

(デカ……)

-アリスティア・リリーウェル-

-ナイア・ルークス-

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