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アリスティア・リリーウェル ~コッツウォルズ編~  作者: Riaellena Syaukas
1,魔法界入り
3/5

三, ルークス家

ウィリアム・ルークス

2009年コッツウォルズ生まれ。

黒髪に赤い瞳の細身の男性。身長181cm。

魔法使いの両親から生まれた魔力を持たない人間。魔力を持たないので魔術師として活動している。

気怠そうな雰囲気だが、まじめで誠実な性格。

ナイア・ルークスとは12歳の頃に出逢い、使い魔の契約を交わしている。

過去に色々やらかしたらしく、魔導協会による監視対象になっている。

-2034年8月4日PM9:13-

 車を走らせて7時間。

 私たちはコッツウォルズ国立公園に入った。

 目の前に広がる丘や牧草地が、月明りに照らされぼんやりと揺れる。街灯が遠くの方でちらちらと輝いている。

 なんでもセレーナさんの話によるとこのコッツウォルズ国立公園にはヨーロッパで三番目に大きい魔法界があるらしい。

 コッツウォルズにヌーリアが訪れればただの国立公園に入る。だが魔法使いが園内に入ると、人間界から隔離された世界である魔法界に入るらしい。公園の周囲をぐるっと結界が囲んでいるらしく、それで魔法使いとヌーリアを選別しているらしい。詳しい原理とかは聞いてもよくわからなかった。結界とかそういうのも魔法使いになるなら学んでおく必要があるそうだ。正直その単語すら初めて聞いたのでさっぱり理解できなかった。

「そろそろ着くよ」

 車は舗装されたコンクリートの道からわき道に逸れ、砂と砂利の混ざった道に入る。

 2分ほど進むと一軒の家が見えてきた。どうやらここが目的地のようだ。そして私がこれからお世話になるという人が住んでる家……。

 家の横にある広めのスペースに車を停めた。

「さて到着だ」

「長時間運転ありがとうございましたセレーナさん」

「……アリスティア」

 車を降りるとセレーナさんが私に声をかける。

「はい」

「これからあなたは一つの試練を与えられるかもしれない」

「……?」

「魔法使いってのは厄介な存在でね。古くから名誉や礼節、忠誠心、そして何より勇気を重んじる種族よ。魔法使いは常に死の危険が付きまとってる。だから死を恐れない強い意志が必要なの。()()()はそれを一番解ってる。アリスティア、自分が何をしたいか、何故生きるのか、これを強く意識しなさい。いいね?」

「は、はい……わかりました」

 セレーナさんの言葉の真意は正直まだわかっていない。ただとても重要な事だとなんとなく理解した。

 私たちは門の前まで歩いた。

 家は1m程の高さの石塀で囲われていた。塀はヘデラ種のつる植物が這っていて、門の周りにはまた別種の白い花がきれいなつる植物が這っていた。

 そしてセレーナさんは門を開けて普通に中に入っていく。

「え?!勝手に入っていいんですか?」

「大丈夫だよ。どうせ私たちが来たのはわかってるんだし。多分そろそろしたら()()が出てくるんじゃないかな?」

「彼女?」

「そう。まぁとりあえず入りな」

 私も門をくぐり敷地にお邪魔する。

 敷地内には立派な庭が広がっていた。まるでガーデンハウスのようにしっかり手入れされているのが、月明りだけでもぼんやりわかる。

 二階建てのレンガ造りの建物。外壁もそうだったがそれなりに年月が経っていそうだ。

 正面玄関から女性が一人出てきた。

「おっ、やっぱり出迎えてくれるのはナイアなんだよねぇ。じゃあ挨拶に行こうかアリスティア」

「あっ、はい」

 女性が待つ玄関へ向かう。

 私はその女性に近づくに連れ、あることに気が付いた。

 (動物の耳……?)

 彼女の頭部には狼のような動物の耳が生えていた。そして背面から見える大きくてふさふさのしっぽ。

 私たちとの距離が近づくとその女性は深々とお辞儀をした。

「お待ちしておりました。長旅ご苦労様でしたセレーナ様」

「久しぶりだね~ナイア。半年ぶりぐらい?元気そうで何より」

 彼女が顔をあげる。

 目の前まで来てようやく彼女の全貌がはっきり確認できた。

 艶々の長い黒髪。捕食者のように鋭い眼光。血のように赤い瞳。そして背も高い。170cmを越えるセレーナさんよりも10cmは高い。

 その姿はまるで人狼。いや吸血鬼……。何にせよ人ならざる姿に私は畏怖の念を抱いた。

 セレーナさんはそんな彼女に物怖じせず淡々と話している。

「とりあえず外で話すのも何だし、上がらせてもらおうか」

「はい、大丈夫です。では私はお連れ様のお荷物をお持ちします」

「えぁ?あ、はい。ありがとうございます」

 私は荷物を彼女に渡す。

 彼女は重いキャリーケースを片手でヒョイと持ち上げる。

 そしてもう片方の手で玄関のドアが閉まらないように支えてくれた。

「さ、どうぞ中へ」

「あ、ありがとうございます。お邪魔します」

 その恐ろしい容姿とは逆に、優しく温かみのある声。そしてとても謙虚で低姿勢で礼儀正しい素振りを見せる彼女。

 私は少し怖気づきながらも家の中に入った。

 中は少し古めのコテージ内装そのものだった。私の想像していた禍々しく重々しい魔法使いの家というのは幻想らしい。格式ある中流階級のお宅にお邪魔している感じだった。

 ただ、ふと壁を見ると飾ってある絵画の一部が動いているのが見えたり、部屋の隅に青白く光る大きな宝石があったりと、見慣れないものもいくつか確認できた。

 私はセレーナさんについて行く。

 黒い木の扉を開けるとリビングルームにつながっていた。

 大きめのソファが三つ、台を囲むように置かれ、夏なので火はついていないが正面の壁には暖炉があった。窓がある壁とは逆の壁にテレビが取り付けられていた。

 セレーナさんはまるで自分の家かのように遠慮なくソファに座った。

「ほらアリスティアも隣、座って」

 セレーナさんは隣の席をぽんぽんと叩く。

 私はリュックを脇に置いてセレーナさんの隣にゆっくりと座った。

「緊張してる?」

「はい……そりゃ」

「まぁそうだよね。ここで良いとこ見せないとこの家の人らに面倒見てもらえなくなるかもしれないもんね?」

 実際セレーナさんの言う通りではある。

 私はこの家に居候させてもらうという立場だ。この家の人に良い印象を与えられなければ、出ていけと言われる可能性も十分にある。私は言動には一層注意を払う必要があるのだ。

 だがセレーナさんはそんなこと気にするなと言わんばかりに砕けた態度をしている。

 それを許してくれるような方達なのか、それとも単純にこの人がいつもこういう態度なのかはわからない。

 ただ今のこの私の緊張をほぐすという一点においては、この砕けた態度も正解ではある。

 暫くして先ほどの女性がクッキーと紅茶を持ってやって来た。

「お待たせいたしました。こちら、今朝焼いたクッキーです。お口に合うと良いのですが。それとこちらはカモミールでございます。はちみつもご自由にどうぞ」

「おぉ!ありがとうナイア。それじゃ一つ頂戴するね」

 セレーナさんはクッキーを一つ口に運んだ。

「んんっ!美味しい!また腕が上がったんじゃない?お店出せるよこれ」

「お褒めに預かり光栄です」

 彼女は謙虚な姿勢を崩すことなくセレーナさんと会話していた。ソファに座った彼女の姿勢もお淑やかでとても綺麗だった。

 対してセレーナさんはクッキーを頬張りながら話を始めた。

「この様子だと手紙はちゃんと届いてたみたいでよかったよ」

「はい、今日の夕方届きました。それで件の女の子というのはそちらの……?」

 彼女と目が合った。

 鋭い眼光に少し身震いをしてしまう。怖がられていると思われては相手に失礼になってしまう。私は出来るだけ平静を装って話した。

「はい!初めましてアリスティア・リリーウェルです」

「へぇ……」

 彼女は少し笑みを浮かべたと思うと、私の事をジーっと見つめ始めた。

「……良い子じゃないですか。ちゃんと挨拶もできて、お礼もできますし。初め見た時もっと大人しい子かと思っていましたが、大丈夫そうですね」

 彼女は手に持っていた紅茶のカップを机に置き、話し始めた。

「ではこちらも自己紹介をさせていただきます。私の名はナイア・ルークス。この家の当主ウィリアム・ルークスの使い魔であり、ルークス家に仕える使用人でございます。ブラックウルフと吸血鬼、そして人間の混血でございます。ほとんどの初対面の皆様は私の容姿を恐れておりますが、極めて人間に近い存在ですので取って喰ったり致しません。ご安心を」

 ブラックウルフと吸血鬼と人間の混血……。

 都市伝説系の本を読んだときに載っていたの知識はあるが、本当に存在していたとは。ブラックウルフは確か黒い大きな犬の姿をした妖精で、死者の魂を護る番犬の役割をしている……って書籍には記してあった。吸血鬼は言うまでもない。人の血を吸い何百年も生きる怪物。そんな空想上の生き物が目の前に……。しかも混血ってどういう……?

「……」

 ナイアさんは私をじっと見つめる。

「少しいいですかアリスティアさん」

「えぁ??はい……なんでしょう?」

 ナイアさんがスッと立ち上がり私に近寄る。

「では失礼します」

 目の前に来た彼女は私の額に人差し指を当てた。

 その瞬間……私は自分の心臓の脈がはっきり聞こえるようになったと同時に、息ができなくなった。

 頭の中が真っ白になり何も考えられなくなる。目の前の景色が何重にもぼやけて見える。

 そして脳内にある言葉だけが流れた。

 ――死にたい

 これはセレーナさんと出会う前に私が散々抱いていたあの感情だ。あの辛く苦しい感情が今になって脳裏に鮮明に呼び起こされる。

 そして今まで私が経験した数々の悲劇が、走馬灯のように脳裏を何度も何度もよぎる。父の死、友の死、強大な権力、大人の裏切り、勝てない暴力、仲間たちの死、恩人の死……その度に死にたいという感情が芽生える。

 このまま楽に死ねるだろうか……。

 徐々に意識が薄れていく……。

 ……。


 ――違う


 私は額からナイアさんの手を振りほどいた。

 ナイアさんの指が額から離れた途端、視界が鮮明になり意識がはっきりと戻った。

 ナイアさんから笑みがこぼれる。

「……生きる気、あるじゃないですか」

 全身の力が抜けてソファに倒れる私にナイアさんが手を差し伸べる。

「貴方は私の手を振りほどきました。それは過去の恐怖を克服し、死を拒絶し、生きる意志を示すことに他なりません」

 私はその手を掴み立ち上がった。

 柔らかく女性らしくありながら、大きくて頼りがいのある手だった。

 立ち上がりナイアさんの顔を見上げる。

 不思議なことに、ナイアさんの顔を見ても恐怖心が沸かなくなっていた。寧ろとても美しく綺麗な顔立ちだと感じた。

「ウィルもいいですね?」

 ナイアさんの視線の先へ振り向く。そこには一人の男性の姿があった。

 ギリギリ片眼が見えるほどの長さの黒髪。日焼けのしていない肌に、スラリとした細長い体系。

 若干の猫背で立つ男性は、少し気怠そうに見える。だがその瞳は野心が感じ取られるような赤い色をしていた。

 ナイアさんに声を掛けられた男性は一言「あぁ」と応えてソファに座った。

 数秒間の沈黙が続く。

 四人の中で最初に口を開いたのは彼だった。

「あー……ナイア、風呂の準備をしておいてくれないか?」

「……承知いたしました」

 ナイアさんが部屋を出たのを確認した男性は、「ふぅ」と息を切らしながら天井を見上げ脱力姿勢になった。

 また数秒の沈黙の後、男性が姿勢を正し話し始めた。 

「まずは君を試すようなことをしてしまってすまなかったな……。紹介が遅れた。初めまして、俺はウィリアム・ルークス。しがない魔術師だ。君のことはそこのセレーナからの手紙でなんとなく把握してるつもりだ。アリスティア、君は行く宛てが無いんだって?」

「は、はい」

「そうか。ちなみに君は犬アレルギーとか持ってないよな?」

「えぁ?!た、多分大丈夫だと思いますけど……」

 まさかとは思うが犬アレルギーってナイアさんのことじゃないよな?と思いつつ答えたが、多分ナイアさんのことだろう……。ジェフさんの図書館にはよく犬連れのお客様が来てたし、アレルギーは無いはず。人狼のアレルギーは正直わからないが……。

「よしOKだ。君は俺たちルークス家が責任をもって引き取ろう。これから宜しくアリスティア」

「は、はい!よろしくお願いします」

私はウィリアムさんと固い握手を交わした。

「さて、アリスティア。今日からこの家で暮らすうえでいくつかルールを決めようと思う」

「はい」

「よし。まず一つ、一人で外を出歩かない。ここは魔法界だ。元居た世界とは安全面では全く異なることを覚えておけ。特に森には絶対一人で入るな。あと知らない魔法生物には近づくな。必ず俺かナイアと一緒に出歩くこと」

「はい、わかりました」

「次に二つ目。姉さんの部屋には入らない事。この家にはアーメリアっていう姉が居てな。あいつの部屋が一階奥の廊下の突き当りにある。ここには入るな。入ったら死ぬと思え。俺は昔興味本位で入って死にかけた」

 めちゃくちゃ物騒な家である。

アーメリアという姉がいるという話はセレーナさんから少し聞いていた。薬師でこのコッツウォルズ内の村々を転々としてる人だ。セレーナさん曰くルークス家の3人の中で一番優しいが一番狂ってると言っていた。今ここに来てないということは今は家に居ないのだろうか?

「最後に三つ目。これが一番大切なルールだ」

 私は息を呑んだ。

「"人らしい生活を送ること"だ。夜はちゃんと寝て、朝は早く起きる。朝昼晩ちゃんとご飯を食べて、運動もして勉強もする。これができなかったらセレーナに送り返すからな」

「……はい!」

 一瞬そんな簡単なことかと思ったが、これが一番難しくて大切なことだと思った。

 実際私もこれができていない時期があった。その時は心身ともに疲弊しきっていたし、もしジェフさんに救われていなければ今頃私は人ではいられなかったのかもしれない。

「じゃあ以上だ。何か今訊きたいこととかあるか?」

 訊きたいこと……か。正直魔法界についてのルールとかその他諸々わからないことだらけだが、いまそれを訊くと夜明けまで話が続いてしまう。この家での細かいルールもそうだ。一旦今は何も訊かず、流れに身を任せよう。

「……いえ、大丈夫です」

「そうか。じゃあ早速部屋へ案内しよう。付いてきなさい」

「あ、はい」

「……じゃあ私はそろそろ帰るとするよ」

 セレーナさんが口を開く。

「え?もう帰るんですか?」

 正直もう少しこちらに居ると思っていた。急いでいるようにも見えるがなにか用事でもあるのだろうか?

 セレーナさんにはほんとうにお世話になった。見ず知らずの私の話を聞いて助けてくれた上に、ここまで送り届けてもくれた。感謝してもしきれないぐらいだ。

「セレーナ。もう帰るのか。今日はゆっくりしていってもいいんだぞ」

「いや、私はアリスティアを送り届けるのが目的だったし。ちゃんと顔合わせもできたみたいだからそろそろ帰るよ」

 なんだか少し寂しい気はする。一日だったとはいえとても気が合う人だったから、離れ離れになるのは正直寂しい。

 セレーナさんが私の頭を撫でる。

「じゃあ私はこれでさよならだけど、2人に心配かけないようにするんだよ?」

「はい、勿論です。セレーナさん、本当にありがとうございました」

「うん。ちゃんと寝て、食べて、勉強して、次会った時に成長した私に姿を見せてね。それじゃ」

 そう言いセレーナさんは家を後にした。

「……」

 ウィリアムさんはセレーナさんの後ろ姿を眺めていた。私はなんだかその眼が哀しそうな気がした。


 ……今日から私はこのルークス家で新たな生活をスタートさせる。不安もあるが何よりワクワクが止まらない。

死にたいと思ってるやつを、ナイア……お前は助けたいと思うか?俺は思わねぇな。そんな面倒ごと、こっちから願い下げだ。仮に善意で手助けしたところでそいつが死んじまったら、その行為に何が残る?そいつの為に費やした時間は?労力は?資金は?そいつがふと死にたいという感情を抱き、自己中にも実行に移されるだけで全てパーになっちまう。

 だったら俺はな……死にたいと常に考えてるやつより、生きたいと願ってるやつのほうが助けたいと思うんだよ。

-ウィリアム・ルークス-

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