4 一難去って素敵なクリスマスイブ
修了式の校長先生の話は、遠くで響いているこだまのようで、麻子はほとんど頭に入らなかった。修了式のあとのHRの時間まで、10分間の休み時間があった。
体育館を出ると、麻子は欠伸が出てきたので、空に向かって、猫がするように大きく伸びをした。正面を振り向くと、そこに真司がいた。
「なんだ、今の格好?」
「真司!」
わたしはポカンとした。
「なんだ、そのまぬけ面は?」
「わたしのこと怒ってるんじゃなかったの?」
「何で?」
「だって、昨日の電話……」
「ああ、ちょっと、訳があって……」
「お~い、真司、何やっているんだよ~」
立花君の声がした。
「今行く~」
真司は立花君に手を上げると、
「今は、時間がないから、放課後、体育館の裏に来てくれないか? いいな、絶対来いよ」
と、いい残して、真司は立花君のところへ走って行った。
いつもは図書室なのに、今日はどうして、体育館の裏なんだろう? 図書室は半日の今日でも開いている。まあいいわ。真司が怒っていなくて良かった。
HR開始のチャイムが鳴った。わたしは急いで教室に向かった。
ー☆ー
放課後、真司にいわれたように、体育館裏へ行く途中、A組の教室を覗いてみると、まだ、HRが終わっていなかった。
わたしは、一足先に行って待っていることにした。することがなかったので、桜の木に残っている枯れ葉を数えたり、空に浮いている雲を眺めたりしていた。
しばらくすると、ガサガサという落ち葉を踏みつける音がした。
「真司?」
わたしは、弾んだ声で叫んだ。
「真司ですって、随分なれなれしくしているのね」
よく見ると、綾乃とその女子グループがいた。
「どうして、桜小路さんが……?」
「さっきのあなたたちの話を聞いていたのよ。仁川君をうまくたぶらかしたものね」
「たぶらかしただなんて、わたし、何もしていないわ」
「あら、仁川君のせいにするの?」
「そんな……、どうして、そんなにわたしのことを目の敵にするの?」
「随分前にいったはずよ、目障りだからって」
わたしは、返す言葉もなかった。
「あら、何かしら?」
綾乃が帽子の包みが入っている紙袋に目をつけた。綾乃はわたしから紙袋をひったくって、包みを開けて、帽子を取り出した。
「何、これ? もしかして、仁川君に渡すクリスマスプレゼント?」
「桜小路さんには、関係ないでしょ」
「こんな不格好な帽子をもらっても、仁川君、喜ばないわよ」
わたしはカチンときた。
「返してよ!」
わたしは、綾乃に飛びかかった。綾乃は、取られる前に、帽子をグループの女子にパスして、わたしをねじ伏せた。
「利香、その帽子を全部ほどくのよ!」
「やめてよ、やめてったら!」
「これで切り刻んだ方が早いんじゃない?」
西野利香は、ペンケースから、カッターナイフを取り出すと、おもしろいゲームでもするような口調でいった。
「だめよ、ほどいた方がおもしろいわ」
「やめて!」
わたしは叫んだが、利香は結び目をすばやく見つけ出し、カッターナイフを少し当てると、またたく間にほどいてしまった。
この人たちには、何をいっても伝わないんだ。
綾乃はわたしから手を放していたが、わたしは立ち上がる気力もなく、ほどかれた毛糸の山を見ていた。
「いい気味よ」
そういい残すと、綾乃たちは去って行った。
ー☆ー
綾乃たちの姿が見えなくなって少ししてから、真司が現れた。
「おまえ、何やってんだ?」
「帽子、こんなになっちゃった……」
わたしは、インスタントラーメンのように、もじゃもじゃになった毛糸を見せた。
真司には、笑顔を見せようと、顔面の筋肉をつっぱらせて頑張ったが、涙がしたたり落ちてきた。
「それ、帽子だったのか……。もしかして、俺に作ってくれていたのか?」
真司は、わたしが書いたクリスマスカードを握っていた。
「ええ」
わたしはコクンとうなずいた。
「ごめん、あの時はからかったりして……」
その場がシーンと静まりかえっていた。わたしは何だか照れくさくなって、
「あの、その、今年は、真司がいろいろと励ましてくれたから、そのお礼がしたかっただけなの」
と、慌てていった。その口調は妙にきっぱりしたものになってしまった。
光線の加減か、真司の顔が一瞬、曇ったように見えたが、涙をぬぐうと、そこにはもう真司の笑顔があった。
「そうか、別に礼なんていいのによ……。それより、また、桜小路たちの嫌がらせか?あいつら、こんなに下らないこと、早くやめればいいのにな。
あの、これ、効くかどうか分からないけど……」
今度は真司が照れくさそうにして、右手をグーにして差し出した。そして、開くと、革ひものついた鮮やかなコバルトブルーの石があった。
「青いガーネット、なんちゃって……。この石はトルコ石、またの名をターコイズっていうんだけど、聞くところによると、災厄除けのパワーがあるそうだ。自分で買うより、誰かから贈られた方が、そのパワーが発揮されるらしい。おまえ、持っていろよ」
「きれい! わたしに……」
「この前、変なこといったお詫びだよ」
「ありがとう」
わたしは、早速、ポケットに入っている定期入れの穴にトルコ石の革ひもを結びつけた。
「ほら、見て! アイリーンのサインと一緒にわたしのお守りにするわ」
真司は、腕を組み、満足げにうなずいた。
「ねえ、ひとつ聞いてもいい?」
わたしは、昨日の電話のことを思い出していった。
「何だ?」
「昨日のことなんだけど、真司は電話が嫌いなの? だから、あんなふうにいったの?」
「いや、そうじゃないんだけど……」
真司はわたしから目をそらし、桜の木を見てしばらく考え込んで口を開いた。
「うち、居間にしか電話がなくってさ、女の子から電話がかかってくると、母ちゃんがミーハーみたいに騒ぐんだ。恥ずかしいったらないぜ」
少し、もやもやしてきた。何なのこの気持ち?
真司はわたしの顔色が変わったのに気づいたのか、
「いや、そうじゃなくって……」
と、急に慌てた。
「よくあるだろう、クラスの連絡網って。小学校の頃は、出席番号順の男女交互になっててさ、事務的なことを伝えるだけの電話なのに、母ちゃんったら、受話器に耳を近づけてきたり、大騒ぎしたりして、とにかく大変なんだ」
「何だ、そうだったの。心配して損しちゃった。てっきり、嫌われちゃったのかって早とちりしたわ」
最後の方は小声でいった。
「えっ、今、何ていった?」
「なんでもない、ひとりごとよ」
わたしは空を見上げた。綿雪が舞いだした。
「今日はクリスマスイブだし、ハンバーガーでも食いに行くか」
真司が話題を変えた。
「あら、クリスマスはケーキじゃないの? だから、ケーキセットよ」
わたしがツッコミを入れた。
「俺はケーキのような甘いものは苦手なんだ。今日は俺のおごりだから、ごちゃごちゃいうんじゃない」
「真司のおごりなの~、やった! それならば、どこへなりともお供いたしまする」
わたしがおどけていった。
「チェッ、現金なヤツだな~」
「いいから、いいから……」
わたしは真司を後ろから押し、校門を出て、センター街に向かった。
ー☆ー
帽子は、年明けにもらったお年玉で、改めて新しい毛糸を買い、冬休みが終わってしまう前に、真司にプレゼントした。
今日も胸元で、青いガーネットがキラキラ輝いている。
ー了ー
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
「シャーロック・ホームズ未来からの依頼人ー麻子と真司の時空旅行ー」の続編短編です。
クリスマスの物語ですが、暑い夏の今、少しは涼しくなったでしょうか?
この物語からは、ホームズのパスティーシュというよりも、学園恋愛ものというカラーになります。
「麻子と真司の物語」というショートショート集も関連作品です。「青いガーネット」で、麻子が正月明けに編み直した毛糸の帽子を真司に渡しに行く物語は、「6 両想い未満」に描いています。こちらもよろしくお願いいたします。
麻子と真司、2人は想い合っていますが、まだ、告白はできていません。この物語以降の短編、長編で、告白に向けて描いて行きます。
シャーロック・ホームズのことも少しは取り入れています。
悪魔の足(バレンタインデーの短編)
も投稿しました。
今後とも、よろしくお願いいたします。
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