3 麻子と真司、それぞれの想い
結局、翌日は、とうとう、麻子と顔をあわさなかった。桜ヶ丘町から通っている生徒はバス通学をしているので、顔をあわせそうなものだが、真司は、遅刻寸前のバスに乗っていたので、ほとんど、会うことはなかった。
真司は久しぶりに、JR高架下のノトコー市場に出掛けようと思った。
ノトコー市場は、センター街から西に歩いて15分くらいのところにある。古本屋、古着屋、古い電化製品を売っている店に紛れて、ジーンズの専門店やアンティークの雑貨屋や自然食品の店や日代わり店に占いの館まであり、珍しいものを数多くおいている一風変わった市場だ。真司は一流店ばかり並んでいるセンター街よりも、雰囲気はこの市場の方が好きだった。
日代わり店の前で、真司は足を止めた。日代わり店といっても、長いときで、1ヶ月くらい同じ店が入っているときもある。
この前まで、ここで初版本展をしていたのにな……。
真司は、もう一度、ホームズの初版本を見てみようとやってきたが、店はもう入れ代わっていた。
ショーケースの中央に、直径10㎝くらいの大きな水晶玉をおき、オレンジ色、ピンク色、紫色、紺色と、いろいろな色の石が並べられている。パワーストーンを売る店になっていた。
《愛情の石》、《金運の石》などと、石の傍らに説明書きがあった。
パワーストーンの効力なんて、真司はあんまり信じていなかったが、ひときわ目を引くコバルトブルーの石があった。革ひもがついていて、手に取ってみるとスーとした。
説明書きはこの石にはついていなかったので、店員に聞いてみると、これは、麻子にピッタリの石だと思い、財布からお金を出した。中学生でも充分に買える値段だった。
もうすぐ、クリスマスだし、仲直りの印にこれを渡そう。
真司は小さな紙袋を手にして、ノトコー市場をあとにした。
ー☆ー
少しやりすぎたかな……。わたしは真司のことを思いながら、編み上がった練習用の帽子を眺めた。
あのときは、気が立っていたし、やっぱり真司があんなことをいうから悪いのよ。でも……。
わたしは、制服のポケットから定期入れを取り出して、アイリーン・アドラーのサインを見た。胸が温かくなった。やっぱり仲直りしよう。早くプレゼント用のを編み上げてしまわなきゃ。
わたしは紙袋から、純毛の毛糸玉を取り出すと、ベッドに座り編み始めた。
ー☆ー
翌日から、2日間、真司の姿が見当たらなかった。偶然、廊下で耳にしたA組の男子たちの話によると、どうやら、真司は、39度の熱が出て、休んでいるらしい。
家に帰ると、わたしは、完成した真司に渡す帽子を見ながら、電話しようかしまいか、思案にくれた。
あんなことしたんだもん、怒ってるかな?
でも、明日は終了式で、クリスマスイブだ。わたしは、学生名簿を片手に階下に降りて、受話器を握りしめた。
トゥルルルル……、トゥルルルル……
「はい、仁川です」
真司のお母さんかな?
「どちら様ですか?」
いつもは、すぐに真司が出てきたが、今日は、40歳くらいの明るい女の人の声がする。
「あの、わたし、真司君と同じ学校の二宮といいますが、いらっしゃいますか?」
「あら、真ちゃんの学校のお友だち?」
「はい、まあそうです」
「ちょっと待っててね」
受話器を台におく音がする。
ー真ちゃ~ん、ガールフレンドから電話よ~!ー
受話器から、キャピキャピした声がする。聞きようによっては、20代にも聞こえる。
「もしもし」
真司の声がする。
「わたし、麻子だけど、ずっと、学校休んでいるようだったから……」
「悪いけど、うちには電話してこないでくれ」
というと、ガチャンと切れてしまった。
何なのよ、やっぱり怒っているのかな……?
もしかすると、嫌われちゃったのかな……?
急に不安になってきた。
でも、いったじゃない、
「俺はちがうぜ……シャーロキアン同志だからな」って。
あれは、何だったの?
でも、真司がやさしいからって、やっぱり、わたしが調子に乗りすぎたのかな……。
とにかく、明日は帽子を持っていっておいて、話をしてみよう。わたしは机の抽斗から、クリスマスカードを出して、何て書こうといろいろ考えたが、結局、
メリークリスマス 真司
としか、書けなかった。
その夜はよく眠れなかった。