2 俺は本当に心配したんだ
1週間が過ぎた12月X□日の昼休み、家庭科教室で、わたしは1人黙々と帽子を編んでいる。毎日続けた甲斐あって、ようやくきれいな円形になってきた。
クリスマスシーズンなので、考えることは同じなのか、編み物をしている女子は結構大勢いた。さすがに、3年生の女子はいなかったが……。
みんな、手袋やら、模様編みのセーターやら、器用なものを彼氏の話をしながら楽しそうに編んでいる。耳に入ってくるのは、みんな、クリスマスイブのデートの時に、今編んでいるものをプレゼントするというような話ばかりだ。
真司はわたしにとって、どういう存在なんだろう。やっぱり、友だちかな?
共通点といったら、シャーロキアンということぐらいだもんね。
でも、あのとき感じたキュンとしたのは何だったんだろう?
それに、真司はわたしのことをどう思っているのだろう?
考えれば考えるほど分からない。
今はただ、これまでの感謝の気持ちを形にするんだから……。
「あ~っ、見つけた!」
大きな真司の声だ。わたしは慌てて紙袋に編み物を隠す。周囲の目はいっせいに、わたしたちに向けられる。
「いきなり、何よ。真司ったら、声が大きいわよ。ここ出ましょ」
わたしは、紙袋を持つと真司を引っ張って、家庭科教室を出た。
「だって、俺、心配したんだぞ。1週間もおまえの姿見なかったから……」
心配なら電話してくれればいいのに。
真司とはあれ以来、昼休みか、放課後に図書室で会うだけで、電話してくれたのはあの1回きりだった。電話は嫌いなのかなと思い、わたしも2、3度しかしていない。
「何編んでいたんだよ? おまえのクラス、次、家庭科じゃないし、あそこにいたということは、編み物をしていたんだろう?」
ふつう、今のシーズン、女子中学生が編み物するっていったら、誰にあげるか相場は決まっているじゃない。
そんなこと、今聞かないでよ。真司って、推理力はあるのに、どうしてこう、デリカシーに欠けているんだろう?
「いやよ、見せないもん」
「いいから、見せろよ!」
真司は、素早く、わたしが後ろに隠している紙袋を取り上げた。
「見ないでよ~」
「いいじゃんか」
真司は中から、まだ黒丸状態の編みかけの帽子を取り出して、不思議そうに見た。
「何だ、これ?」
「何でもいいでしょ」
「そうか、分かったぞ。これは、ナベつかみなるんだろう?」
「そっ、そうよ」
わたしは、真司が帽子だと分かっていないことにホッとして、とりあえず、そう返事した。
真司がプッとふきだして、いきなり大笑いした。
「ワッハッハッハッ、何でこそこそ、そんなもの編んでいるのか分かったぞ~。学校で編んで、おまえの母ちゃんびっくりさせるんだろう?
麻子は不器用だから、編み物で何か作ったとなると、おまえの母ちゃん泣いて喜ぶんじゃないかな。アッハッハッハッ……」
「何よ、そこまでいうことないでしょ」
真司はやさしいけど、よくこんなふうにからかったりもする。どっちも本物の真司なんだろうけど、極端すぎる。わたしは、今までの編み物での苦労を思い出し、急に腹が立ってきた。
「そんなに笑うことないでしょ。ここまでの形にするのにとっても苦労したんだから……」
と、きつい口調でいうと、真司の手から、黒丸をおもいっきりひったくった。
その拍子に数目ほどけた。わたしの目は完全につり上がっていた。わたしが腹を立てているのにようやく気づいたのか、真司は、
「ごめん、悪かった、悪かったよ」
と、D組の教室に戻るまで何度もいってきたが、わたしは無視して歩き続け、教室の戸を真司の鼻先でピシャンと閉めた。次の時間は体育だったので、教室には誰もいなかった。
ー☆ー
チェッ、麻子のヤツ、何もあんな態度をとることないじゃんか。何度もあやまったのに……俺は本当に心配したんだ。登校拒否になったんじゃないかって……。
俺がもし、麻子のようにみんなに無視されていたら、学校なんて来られるだろうか?
そんな目に遭ったことないから分からないけど、想像しただけで寒気がする。
俺だったら、やっぱり行きたくないぜ。だから、麻子を見つけたときホッとした。
安心したのにどうして俺はあんな憎まれ口をたたいたんだろう?
あの態度はやっぱり俺が悪いよな~。
真司は5時間目の社会科の授業をろくに聞かないで、窓の外の冬空の重たい雲ばかり眺めていた。
「おい、仁川、何をぼんやりしているんだ?!」
気がつくと、上田先生のチョークが飛んできている。真司は、思わず、ふでばこでそれを打ち返した。
チョークは、上田先生のハゲ頭に直撃した。
「よっ、仁川、ホームラン!」
クラスの男子からの歓声が上がったが、上田先生はカンカンになって怒鳴った。
「仁川~、後ろに立っておれ!」
「は~い」
後ろに行く途中、公平や男子たちが、Vサインを送ってくれる。女子もニコニコしている。
俺って、幸せなんだな~
真司はつくづくそう思った。そして、麻子を見下すのではなく、彼女の周囲のモヤモヤを取り除いてあげたいと心の底から思ったが、今の自分には、何もできないような気がした。
まずは、どうやってあやまるか考えよう。