第6話。君の心を救うには…
自然の力を使えるクリスタルを持つ神崎美輪たちは闇姫と戦う。
心を閉じてしまった鍵ーー美輪。
その美輪の心を開かせることは、記憶を取り戻させることは自分たちでは無理なんだろうか?
直也は体育館の壁にもたれて、はぁーと長いため息をついた。何時もなら勇生がしているくせが移ったかも知れない。
今は体育の授業中で、問題の美輪はコートに入ってバスケをしている。馴染んでなくても、味方になればパスはされる。美輪はなかなか俊敏な動きでシュートを決めている。美輪の活躍で点数はかなりひらいていた。
直也はまた、はぁーと長いため息をついた。
『セレン、騎士団の中で、何でお前一番に死んでしまったんだよ。お前がいてくれたら、美輪の心を開かせることができるかも知れないのに。』
勇生が言ったように、セレンがこの星に転生していることはないだろう。線の細い、儚げな印象があったセレンは美輪のー思い出してないけれど、レイムと昔は言ったー一番の親友だった。
はぁーと直也がまた、三度目の大きなため息をついた時。
ドタン、バタンといかにも痛そうな音がして、みんなの声が上がる。
「どうした?」
直也が立ち上がり近づくと、相手のコートの近くに人だかりができている。直也は、覗きこんで声を上げた。
「美輪?」
美輪が床に倒れこんでいた。その上に相手チームのメンバーの1人が乗っかっていた。
「どうしたんだ?」
「神崎が味方のパスを受けようとしたところに、安田が突っ込んで、2人して、倒れたんだ。」
「いってててててて…」
安田という生徒は起きあがる。が、美輪は目を覚まさない。
「大丈夫か?」
「先生がいないよ。」
直也は美輪の様子を見て。
「脳しんとうを起こしているらしいな。保健室に連れて行くよ、」
「沖田、頼むな。」
みんな場所を開けると直也は美輪を抱きあげた。思ったよりずっと軽くて直也はびっくりする。直也が体育館を出ていくとまた、他の生徒は試合を開始した。
「先生、急患。」
美輪を保健室まで直也は運んだが、保健室の先生まで不在だった。
「仕方ないな。」
空いているベッドに美輪を横たえる。と、美輪の体操着の首もとから、美輪の緋色のクリスタルが滑り落ちて来た。直也はそれを服の中に直してやり、またため息をつく。
「いい加減目覚めてくれよ。」
授業終了のチャイムが鳴る。
直也は1度教室に戻って制服に着替えてから、美輪の鞄や体操着入れ、制服を持って、保健室に向かった。A組の教室を通りかかると、声がかかる。
「直也。」
勇生たちだ。直也は振り返る。
「美輪は?」
「今は保健室。」
「保健室?」
「そ、体育の時間に試合相手とぶつかって目を覚まさないんだ。今から荷物を持って行ってやるところ。」
「じゃあ、一緒に行くよ。」
「覚えてなくても、僕らの話だけでも聞いてもらおうってことになってね。」
詠が重そうにしている直也から、鞄を一つ引き受ける。
「サンキュー、詠。」
「しかし、あいつ、大丈夫かな?」
「俺たちの話聞いてくれるかな?」
「まあ、当たって砕けろ…だね。」
詠が茶化すように言うのに、みんな頷いた。
「レイム、君はこれを持って、姫様を守れ!」
線の細い、儚げな印象の少年が、敵を倒しながら、ペンダントを差し出す。強風に柔らかな髪の毛がなびく。
「セレン…それは…」
「僕はここで敵を食い止めてみせる。」
「馬鹿!お前、その傷で…それに船に乗れないぞ。」
レイムは叫ぶ。儚げな印象に似合わないセレンのガンとした意思の強さに、レイムは叫ぶしかできなかった。
「だからだよ。良いからレイムは行くんだ。レイム、行け!」
「セレン!!」
必死に伸ばす手に渡される紫のクリスタルのペンダント。傷を負いながらも微笑んでハッチの向こうに消えて行く。
「セレン!!セレンーー!!」
でも、届かない。もう、届かない。
誰かの名前を呼んだ気がした。けれど夢から覚めたら覚えていない。
「あ…」
視界が歪む理由の涙が、目じりを伝ってこぼれ落ちる。美輪は涙を拭って、天井があるのに気がついて、あわてて起きあがった。とたんに。
「いったたたたたた。」
後頭部が殴られたように痛かった。ゆっくり触ってみると、頭にたんこぶができている。
「あ、そうか。」
バスケの試合中にぶつかって倒れたのだ。ここは保健室らしい。誰かが運んでくれたのだろうか。ベッドから降りて辺りを見るとテーブルの時計が授業終了の時間に針を示していた。
「あっと、早く服を着替えなきゃ。」
美輪がドアのノブに手をかけるのと、それが開くのは同時だった。
「わっ。」
ドアを開けた直也が、声を上げる。美輪が目の前で起き上がっているのを見ると笑った。
「大丈夫か?ほら、お前の鞄と制服。」
「……ありがとう。」
美輪は直也の後ろに勇生たちがいるのに、ややあってから礼を言った。とりあえずわざわざ持って来てくれたのだから着替えようとした。美輪はベッドから分けているカーテンの間に入って、制服に着替えてから、体育でぼさぼさになった髪の毛を1度ほどいて、手ぐしですく。両脇の髪の毛を一房垂らして、残りは首元で一つに結う。髪の毛を切ってからしている髪型だ。
直也たちは井戸端会議でもするように、保健室の椅子に座った。
「今日は保健室の先生いないのか?」
「そうなんだよ。」
「札かけておいて欲しいよな。」
美輪は体操着を袋に詰め、鞄を持ってカーテンを出た。勇生たちは美輪に振り返る。が、美輪はそんなみんなの視線を避けるようにに、ドアに向かった。
「待ってくれ。」
その前に勇生が立ちふさがった。
「帰る。」
美輪は強く言ってその橫を通り抜けようとした。が、鞄を持つ手を引かれて、美輪は振り返る。美輪の手を敬がつかんでいた。
「話を聞いて欲しいんだ。」
「僕は聞きたくない。」
「聞いてくれ。聞くだけで良いから。」
意外に強い手に込められた力。自分が座らない限り離す気はないのだろ う。美輪はそれ以上の抵抗を諦めて椅子に座った。敬がやっと手を離す。
美輪はみんなをぐるりと見渡した。
優等生タイプで冷静なリーダーらしい前川勇生。
きつい顔立ちで一見無愛想にも見えるがしっかりしているような菊地敬。
天然パーマかウェーブのついた髪の毛に明るい笑顔が印象的な沖田直也。
勇生と同じ綺麗な黒髪で、育ちが良さそうな優しい顔立ちの早見詠。
自分を仲間だと言ったあのメンバーだ。
「それで、話って?」
「改めて正面きって言われると、何から話して良いか判らないんだけど…」
勇生が適切な言葉を探そうと、ちょっと戸惑う。
「あの時、自己紹介した通り、俺たちも君と同じように特別な力の持ち主なんだ。信じられないなら、ほら。」
勇生がパチンと指を鳴らすと、誰も触ってないのに、いきなり近くの洗面台の水道から水が流れ出した。また勇生が指を鳴らすと、それは止まった。
「美輪、ほらっ。」
詠が机から枯れかかった花を活けてある花瓶を取った。詠がそれに手をかざすと、緑色のオーラのようなものが放たれて、たちまち花は元気になった。
美輪は大きな瞳を更に大きくして、それらを見つめる。
詠は花瓶を机に戻して。
「ねっ、君が炎を自由にあやつれるように、僕らもそれぞれの力を自由にあやつれるんだ。それはこのクリスタルのおかげなんだ。」
「その鍵をどうして僕は…お前たちは持っているんだ?」
美輪が問いを口にする。その問いに勇生たちは困ったように、顔を見合せた。全く記憶がないというのは難しい。同時に、こんな風に美輪を転生させてしまった自分たちが情けない。でも、今は正直に話すだけ。
「それは俺たちがこの星の人間じゃないからだ。」
「この星の人間じゃない?宇宙人だとでも言うのか?」
「そうだった。前世はね。俺たちはその生まれ変わりだよ。」
美輪の驚いた問いに、勇生が静かに答えた。
「この星の時間で約20年前、俺たちの故居の星は他の星に攻撃された。その時、王の1人娘のディアーナ姫の騎士団ークリスタルガーディナルーだった俺たちは姫様を守って星を船で脱出した。敵に追われて、ようやくたどり着いたのがこの星ー地球だった。」
「僕たちはこの星にたどり着いたものの受けた攻撃によって、次々と死んでしまった。結局最後まで、姫様を守って生き残ったのは、美輪、君のはずなんだ。」
「その時、お前は俺たちのクリスタルを使って、船と姫様をどこかに隠したはずなんだ。その場所を思い出して欲しい。叶うなら紫のクリスタルの在りかも。」
「紫のクリスタル?そんなものがあるのか?」
美輪が初めて聞くことに声を上げる。
「騎士団のクリスタルは全部で6つ。緋、蒼、黄、橙、緑、紫。紫は風を司るクリスタルだ。そして、白もあるがこれは騎士団でありながら、その力を私利私欲のために使うやつらがいた時に、その者の力を無にする力を持ったクリスタルだ。これは姫様しか持てないから姫様が持っているはずだ。後、行方のわからない紫のクリスタルの行方さえ、判れば大丈夫なんだが。」
それを聞いて、美輪は声を上げた。
「待ってくれ、僕たちはその…宇宙人の生まれ変わった姿だと言ったな?なら、紫のクリスタルを持っている人も生まれ変わっているんじゃ…」
「それはないだろう…」
つらいが美輪には話しておかないといけない事実だ。勇生が言う。
「こね星にたどり着いた俺たちでさえ、やっとの転生だ。母星で死んだ紫のクリスタルマスターのセレンが、ここに生まれ変わっていることはないだろう。セレンは母星で、美輪、君にクリスタルを渡して逝ったはずだから。」
「僕に?」
「そう。このクリスタルは僕らじゃなきゃ持てないものだから、他の地球人がクリスタルを持っているはずがない。だから、最後にクリスタルを触れた君しか、行方を知らないはずなんだ。」
「でも……」
美輪は頭を抱える。嘘だと偽りだと言いたいのに、心が全体で、その語られることが、すべて真実だと訴える。心の深い部分から訴えて来る。
でも…でも…
思い出せない。少しも。まるで頭に霞がかかったように、何1つとして、思い出せない。
美輪の困った様子に、みんな顔を見合せる。美輪には転生前から無理じいさせた。転生したからとして、すぐに思い出せなくても不思議はない。
「思い出して欲しい。今すぐでなくて良い。少しずつで良いから。ただ…」
「ただ?」
「闇姫には気をつけろ。」
「闇姫?」
自分の知らないことがあるのか?美輪は不思議そうに問い返す。勇生が真剣な顔で言う。
「お前がこの間倒していた異形の怪物がいたろう。あの上に立つ者だ。星の攻めて来た敵の王の娘だ。執拗にこのクリスタルを狙っている。俺たちは幸いにもこの星の環境に適応できて、こうして人として、人の姿で転生できたけど、ここまで追いかけて来た敵の星のやつらは無理だったらしく、あんな異形の姿になってしまった。けど、闇姫は桁違いな力を持っているらしく、人間に転生しているだろう。そして、今もクリスタルを狙っている。あいつにこのクリスタルの力を渡したら、故郷の星のように、地球もなってしまうかも知れない。俺たちのせいでそんなことにするわけには行かない。」
今まで静かな口調て話していた勇生が強い決心と共に言う。黙ったまま美輪は、自分の首からクリスタルを取り出した。シャランと鎖の音がして、八角の緋色のクリスタルが窓からの光を受けて輝く。幼い頃にいつの間にか持っていたクリスタルのペンダント。自分の御守り。これが炎を呼ぶのだとしても、離すことはなかった。それが前世からの因縁だったからだなんて。
「美輪?」
あんまり静かに美輪が自分のクリスタルを見ているのに、直也が声をかけた。他の3人も美輪を見詰め。驚くべき事実を告げてもどこか無表情にも見える美輪の様子に、みんな心配になる。美輪はいきなり立ち上がると、鞄をつかんだ。
「帰る。」
美輪は強い口調で言うと、みんなの脇を通り抜けた。ドアに向かう美輪に勇生はハッと我に返って叫んだ。
「いいか、美輪!闇姫には気をつけろ!闇姫にそのクリスタルを渡すな。そして、姫様の居場所を…」
そこまで言った時に、美輪はドアを開けて、バタンと出ていったので美輪の足音が遠ざかって行く。
「フウーーー。」
みんな一斉にため息をついた。
「この話をきっかけに美輪が何か思い出してくれると良いんだけど…」
敬が呟き、みんな頷いた。
第5話お届けします。次話投稿予定できてます。