待ち人
とある夜。とあるファミレスにて。
「店長……あのお客さん……」
「まさか、まだか? まだ注文を?」
「はい……」
「……よーし、いいだろう。こちらが折れよう」
「でも、『ああ、まだ考えてるから』とか言われたら、あたし、怖いです……」
「俺が行く。ははは、ま、注文するにしてもどうせドリンクバーだけさ、ははははは……」
「お気をつけて……」
店長は女店員に軽く頷き、そして件の席、客のもとへ歩み寄った。
喉を鳴らし、軽く息を吐く。そして恐る恐る言った。
「あの、お客様……そろそろご注文のほうをしてくださらないと……」
「しましたよ」
「え?」
「席に案内されて割と早い段階に」
「あの、それは」
「グラタン」
「いや、え?」
「グラタンって時間かかるだろうから大人しく待ってたんすよ。なのに案の定、忘れられてたんすねー、俺!」
「あ、その、それは」
「いやもう、マジ腹減り過ぎて帰ろうかと思いましたもん! 待ってる間、スマホいじってさぁ、モバイルバッテリーももう空!」
「あの、お客様、あの……」
「ん、なんすか。はぁーまぁ、謝罪は一応聞きますけどね」
「あの……なんでお帰りになられなかったんですか?」
「……はい? どういう意味っすか?」
「あの、先程席に案内されて早い段階にご注文されたと仰っていましたよね?」
「はい、そうっすけど」
「となると……お客様。お席で五時間は待っていた計算になるのですが……」
そう五時間。ゆえに店長と女店員は怯えていたのだ。男の異常性に。
もっとも、そこまで放置するほうもほうである。だが、この日は人手が足りず、また子供連れに高校生の団体など手のかかる客が多く、気を回す余裕がなかった。まだ迷っているのだろうと、そう思う程度。しかし気づけば二時間、三時間と時が過ぎ、こちらから声をかけにくい状態に。加え、男は時々頭を掻きむしったり、項垂れ、貧乏ゆすりに冷や汗をかき「あああぅぅぅ」と唸るなど危うげな雰囲気を醸し出していた。
それゆえか、現実逃避めいているが、こちらから声をかけてなるものかと、どこか意地のようなものも芽生えていたのだ。
「五時間……あー、そうっすね」
「え、何で言わないんですか?」
「はい?」
「なんで注文が通ってる確認しなかったんですか?」
「は? なんすか? じゃあこっちが悪いんすか!?」
「……はい」
「でしょ、悪いのはそっち……はい!? え、こっち!?」
「はい、もはやお客様が悪いです」
「いやいやいやいやははは、はぁ? どう考えても店が悪いでしょ! 客を五時間待たせてるんですよ五時間!」
「五時間も待つほうがおかしいでしょう! ひしひしと感じていた恐怖が今はメキメキと感じていますよ。おぉ、怖い怖い……」
「メキメキと……」
「ええ、無言の圧力。あれはもはや脅迫ですよ。警察を呼びたいくらいです」
「それはみんながただただ困るでしょ。客と店と警察が……」
「でも……これでスッキリとなります。お帰りください。そして、出禁です」
「帰れ!? しかも出禁!? まだグラタン食べてないのに!?」
「そんなに食べたかったのなら注文が通っているか確認するでしょうに。やっぱり怖いな……これはもう、謝ってもらいたい店員全員に」
「いや、それはおかしいでしょう。こっちが怖いよ」
「怖いのはこっちなのは譲れないですよ! 五時間もジッと席で動かない客! 店員たちが怯えてましたよ!」
「いや、そもそも確認しましたって……」
「……え? それは……本当に?」
「はい、嘘じゃなく、マジで」
「あ、それはその、大変申し訳ございま、うーん……」
「いや、そこまで言ったのなら謝っていいでしょ……」
「それが嘘ではないと証明できますかねぇ」
「いやいや本当だって!」
「仮にそれが本当だとしても、結局あなた、五時間待ってたわけですよね? 伝達ミスと思わずに一回確認しただけで。いやー、恐ろしいな。その店に対する信頼が重すぎて怖い」
「店側が言っていいことじゃないでしょそれは……大体、俺、一回じゃないですよ。何回か確認しましたってば」
「えぇ? それはさすがにねぇ……」
「いや、だから本当ですって……。ええと名前は、名札には確か、ああそうだ。保田って女の店員に」
「え……保田は今日、車の事故で病院から連絡が……」
「え!? 車!? あ、あ、へ、へぇー! じゃあ、あれは幽霊……。い、いやぁ、早く犯人捕まるといいっすね」
「ええ、轢き逃げのようなんですが……でも、どうして犯人がいると? 私はただ車の事故としか……」
「え? は? ははは、いやー、じゃ、じゃあ俺はこれで」
「え……あなた……まさか犯人?」
「……」
「怖い……」「怖い……」