歌劇は戒めと少しの幸せをくれた
一時間程の休憩を挟んだあと、再び照明が落とされ音楽が鳴り響いた。
明るく照らされた舞台を見れば、先程のソードマンたちが衣装を替え歌いながら踊っている……?
戸惑いながら見ていると、ヴァレリアは赤い棒を振っていた。
俺も真似してヴァレリア付きの侍女から受け取った赤い棒を振る。
ふむ、暗い中でこれが光ってたりしたらさぞかしきらびやかだろうな。いつかそんな物が開発されたらもっと楽しくなりそうだ。
『今は~~辛くても~~』
『僕たち~すれ違っても~~』
『いつかは~愛し合えるはずさ~~』
『だからこっち向いてご令嬢~~』
こ、この歌……!!
まさしく俺の気持ちを表しているようだ。
だが聞きようによっては大変危険な歌だな?
全く相手にしてもらえてないならただの頭の中お花畑だぞ?
『好きだ~~婚約者~~より~~』
はっ?
『婚約~~破棄~~するから~~~』
えっ
『君以外なにも~~いらない~~~~』
ただの浮気者の歌だった!!
しかもやはり頭の中お花畑だこれは!!
つまりこの歌詞の男は婚約者がいる身でありながら他に懸想しているが片想いなんだろう。
だが想いを口にはしない。道ならぬ恋をするかわいそうな俺アピールが伝わってくる。
……いやただの浮気だぞそれ。
だがな、先人は語る。
この手の類は婚約破棄したあと婚約者への本当の気持ちに気付くパターンだ。
『君が見ていたのは僕の顔と地位~』
だろうな。
『婚約破棄して想いを伝えて大後悔時代~~』
そりゃそうだ。
『元婚約者の大切さに今更気付いた~~』
遅いわ。
『もうその隣には他に男が~~幸せそうに笑う~~』
ヴッ、辛いが自業自得だ。
『全てが遅かった~~過ち~(過ち~~)
廃嫡~(廃嫡~~)もう~~遅いのだ~~』
なんという歌だ。貴族に対する風刺の歌なんだろうが、ある意味戒めの歌に聞こえるな。
しかし廃嫡……
実際、婚約者の実家という貴重な後ろ盾を捨ててまで浮気相手に入れこんでもいいのか、とかの考えには至らないんだろうか。
皆が皆、そんなお花畑脳でも無いだろうに。
思えばどんな書物も浮気に溺れ恋に溺れた結果無惨な最後を迎えていたな。
俺はそんな事をしないようにしないと。
本来なら婚約解消された時点で俺も危なかったんだ。ヴァレリアには勿論、アイザックにも見捨てられないようにしないとな。
うん。
酷い内容の歌だが俺には戒めの為にも役に立つ歌だった。
「マスター、楽しんでるかー!今からマスターの席にお邪魔しに行くぞ!」
そして始まった軽快な音楽。
ヴァレリアは持っていた扇子をばさりと開いた。先程の『カラリオ様笑って』の文字のやつと、俺にも手渡される。
そこには『カラリオ様一礼して』
……俺なら何度でも笑いかけてやるのにな。
カラリオ様になりたいな…。
俺たち観客席の目の前は通路になっていて、入れ替わり立ち替わりソードマンたちが訪れては手を振っていく。
中には扇子に書かれた文字通りの事をされた令嬢やご婦人方は黄色い悲鳴をあげて一瞬失神する者もいて、すかさず従者や護衛に支えられていた。
な、なるほど、つまりヴァレリアはカラリオ様にしてほしくてこの扇子を用意したのだな。
『笑って~ほしいんだ~~』
『君が好きだ~から~~』
『俺の~人生~~』
『望むまま生きる~~』
歌いながらカラリオ様がこちらへ向かって来る。
緊張からか、ヴァレリアは俺の服の裾をきゅっと握った。
その仕草にどきりとしてヴァレリアの手をそっと握った。細い指は少し冷たくて、包み込むように握る。
そうしてる間にカラリオ様は目の前に来て。
口角を微かに上げた。
だがそれは一瞬のこと。だがすぐに表情を正し、恭しく一礼して足早にその場をあとにした。
これはヴァレリアの扇子を見てそうしてくれたのでは、と振り向くと、ヴァレリアは固まったまま息をするのを忘れていたようで。
慌てて肩を叩くと、「……ハッ!」と息を吹き返す。
「あ、ありがとうございます殿下。今、私、ちょっと亡くなった御先祖様らしき方が川の向こうから手招きする白昼夢を見ていたようですわ」
「それは戻って来れて良かったよ」
「それとは別に、カラリオ様が笑ってた夢も見たようです」
「それは夢ではないと思うよ」
「……それでは」
「この扇子に書かれた事をしてたよ」
ヴァレリアの瞳がキラキラ光る。何度も扇子と舞台の間で視線を泳がせ、極上の笑顔で笑った。
それは俺には今まで見せた事も無いもので。
そんな笑顔にできるカラリオ様が羨ましくて憎らしくなった。
もしかしたら俺の気持ちは一方通行で、先程の歌のお花畑男と大差ないのかもしれない。
気持ちの発露先が婚約者だから咎められはしないが、こうして一緒にデートできて浮かれているのは俺だけかもしれないと思うと少し悲しくなった。
劇場を出た時にはもう陽も傾き辺りは薄暗くなっていた。
「殿下、今日はお付き合い頂きありがとうございます」
「いや、中々に楽しかった。たまにはこういった歌劇も良いものだな」
いつもの堅苦しい歌劇は若向きではないかもしれない。
初心者にはこういった軽いものから入るのも芸術への興味の足掛かりになったりするかもしれないな。
新しいものは積極的に取り入れていこう。
「私も楽しかったです。カラリオ様がいらっしゃったのは勿論、その……」
ヴァレリアが俯き加減に目を伏せた。
「殿下と一緒に見れた事が、嬉しかったのです」
そう言って照れくさそうに微笑んだ。
先程カラリオ様によってもたらされたそれともまた違う、はにかむようなそれに俺の鼓動は高鳴った。
「で、では、あ、明日、また、アカデミーで」
「あっ……三日後から隣国に視察に行くんだ。先立って執務をやらねばならぬから、暫く会えない……」
「えっ……」
照れた顔から一気に悲しげな顔になる。
こ、これは、もしや……。
「そ、そうですか……。そう言えば仰ってましたね……」
「ああ……」
「…………」
ち、沈黙が痛い!何か、何か、言わねば!!
「お気を付けて、行ってらっしゃいませ。
……きれいなお姉様とかに見惚れないで下さいね」
うわあああああああああ!!
@&♪#♬♭♣♠※▼◇▼▲◆❂✦✭♭♯♪!!
「ああ、アイザックもいるから安心してくれ」
「あ、それならば安心ですわ」
アイザックナイス。あいつの信頼度プライスレス。
……アイザックがいないと信用されてないとかではないよな、というのは胸の奥底に沈めた。
「では、失礼致します殿下。またお会いできる時までごきげんよう」
「あ、ああ、気を付けて……」
公爵家の馬車がゆっくりと発進する。
俺はそれを、小さくなるまで見送った。
今日は沢山の気付きがあった。
嬉しい事も、複雑な事も。
──俺の独りよがりかもしれない事も。
だが俺は彼女を手放せない。
どうしようもなく好きなのだ。
ヴァレリアもそうだといいのにな。
少しの憂慮を抱き、俺も帰途に着いた。
そして隣国に視察に行って。
あの男の様子が変わった。