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歌劇は婚約者の色んな表情を引き出す強敵だった

 

 入場口で係の者にチケットを見せると、危険物を持っていないかを簡単にチェックされる。


「観客はもちろん、俳優の方々にも危険があってはいけませんからね」


 そう言われてみれば。

 ヴァレリアの服装は暗い赤を基調とした簡素なワンピース。俺は一応白いシャツに茶色いベストとトラウザース。

 気合入ったものではないのはそういう事か。

 一応護衛は着いているから武器は持っていない。

 だが出入り口で入念にチェックするのは良いな。安全面でもおすすめできそうだ。


 案内された席からは舞台がよく見渡せた。どうやらVIP席のようだ。

 全体を見ていると、主舞台から延びる道が設けてあり、そこの左右にも客席があるようだ。

 道の先には小さな舞台。


「ヴァレリア、いつもの歌劇とは違うようだね」


「ええ、異国で流行りの新スタイルらしいですわ。あちらの小さな舞台と主舞台を行き来したりするんですよ」


 なるほど。

 俺は会場全体をぐるりと見渡した。

 そして後ろの護衛に目配せをする。


「非常用通路の確認と、いざという時の為に警戒を怠らないように」


「かしこまりました」


 楽しむ最中にヴァレリアが狙われでもしたら大変だ。なんせ可愛いからな。


 そうこうしているうちに席は埋まり、歌劇が始まる。

 周りの照明が薄暗くなりごくりと喉を鳴らした。


 すぐに主舞台のみが明るくなり、そこを見ると顔が良い三人の男が立っていた。


「マスター、今日は来てくれてありがとうな!」


「まぁ、勝手に楽しむがいい」


「カラリオさん、今日は沢山のマスターさんたちが来て下さってるんですから、はい、笑顔!」


 むっ、あれが噂のカラリオ様!

 ちらりとヴァレリアをみやると瞳をキラキラさせてうっとりしている。

 くっ、なんか負けた気がする!


 するときゃああああという歓声が上がる。

 舞台に目を戻すと、噂のカラリオ様がニヤリと笑っていた。


「……これでいいんだろう」


「カラリオ~~、やればできるじゃねぇか!」


「マスターさんたちも、喜んでますよ!でも~」


「俺達のことも、忘れんなよ、マスター」


「キャネサンと、僕の事も、そして、他のソードマンたちのことも、応援してくださいね!!」


 更に歓声があがる。

 ぬぐぐ、なぜそんなに気軽に応援してくれなんて言えるんだ。羨ましい!

 俺の事も誰か、応援してくれてるんだろうか……。


 ヴァレリアを見ると口に手を当て、左手は俺の肩をばんばん叩いている。

 漏れ出る悲鳴を必死に抑える様がいじらしい。

 淑女としてはしたなくないように感情を抑制するが、どうやら先程のカラリオ様が微笑んだ事がよほど嬉しいらしい。


 ……俺にはこの笑顔にさせてやれないかと思うと、一瞬胸が痛んだ。


 俺が好きで再婚約してもらえたけれど、ヴァレリアからしたらどうなんだろう。

 あの時の俺はきっとみっともない格好で、無様で。

 彼女が了承してくれた時も間違えて公爵に求婚してしまった事は葬り去りたい過去のうちの一つになった。

 その時彼女は笑っていたっけ。


 ……いや、湿っぽくなるのはやめよう。

 今日はヴァレリアから誘ってくれたデートだ。

 めいっぱい楽しもうではないか。


 例え彼女を蕩ける笑顔にするのが俺じゃなくても。



 気持ちを切り替える事にした俺は舞台をちゃんと見る事に集中した。

 歌劇パートは剣聖と呼ばれるマスターが様々な武器を駆使して戦う意外にもファンタジー要素の強い話だった。

 マスターが危機に陥ると剣が覚醒し先程の男たち──つまりカラリオ様のようにソードマンとなる。その正体は武器ってわけか。

 話の内容も様々に押し寄せる強敵と戦う、どちらかと言えば男性向けのような作品だが、ストーリーは時代ものだった。

 なるほど、時代劇とファンタジーを併せた新しい要素だ。


 カラリオ様たちの出番は少ない。なんせ前半はマスターが頑張るから。

 だが倒れてからが本番だ。

 眠っている間のみソードマンたちを覚醒させられる為、マスターはソードマンの存在を知らない。

 武器であるが故一緒に戦場には行くが、マスターと話せぬ葛藤、すれ違い。

 ああ、分かる。分かるよ、すれ違いは辛い。


「マスターには早く目覚めてほしい。でも、目覚めたら僕たちは武器に戻るんだ……」


 悲しい顔をした、確かホリー君が切なそうに笑う。

 客席の所々ですすり泣く声も聞こえる。


「仕方ねぇ。マスターは眠っている間にしか俺達を覚醒させらんねぇんだ。

 でもよ、俺ァ、マスターに操られてる間も嫌いじゃねぇよ」


 そう言いながらキャネサンも鼻すすってる。


 隣からもすんすん聞こえたので俺はそっとハンカチを差し出した。

 ヴァレリアはそれを受け取り、目元にあてる。


 今日は歌劇に来て良かった。

 彼女の色んな表情を見れた。

 ソードマンに完敗だ。

 俺にはこんな顔はさせられない。



 そうしていると歌劇はエンディングに向かう。


 マスターである男が、剣を前に呟く。


「本当は知っているんだ。寝てる間にお前たちが頑張っている事。


 ……いつもありがとうな」


 そう言ったマスターの顔は慈愛に満ちていて。

 ああ、ソードマンたち、マスターは分かっているぞ、なんて俺も思わず涙ぐんでしまった。


 そして静かに幕が降りる。

 それと同時に盛大な拍手が鳴り響いた。


 なんだよ、来て良かったよ。いい話じゃないか。


 隣のヴァレリアも号泣し、その隣の侍女、はては後ろの護衛たちさえもぐすぐすしている。


「はあ、いいお話でしたわ。最後、マスター様はちゃんと分かってらっしゃいますのにはもう、不意打ちでやられてしまいました……」


 少し落ち着いたヴァレリアが劇後の余韻に浸っている。


「ああ、あれは良かったな。俺も、感動した」


「あら、殿下も瞳が赤くなってますわ」


「そうか?……いや、うん、良い話だった。

 誘ってくれてありがとう」


「ま、まぁ、お暇でしたようですし。

 ……そう言われたらお誘いした甲斐がありましたわね」


 ふふん、と胸を張るヴァレリアに、俺も来て良かった、と思った。


「でも殿下、この歌劇は休憩後も、とても重要なんですわ」


 にやりとヴァレリアが笑う。

 素晴らしい歌劇の後にも重要なものがあるのか?


「お嬢様、こちらを」


 ヴァレリア付きの侍女がスッと扇子を差し出した。

 ばさっと開くと


『カラリオ様笑って』と書かれていた。


「これは……?」


「このあとに役に立つ必須アイテムですわ!」


 そう言って、ヴァレリアは先程までの涙を引っ込めて笑った。



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