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真実の愛って、なあに【side 婚約者令嬢】

 

『ぼ、僕は真実の愛を見つけたんだ!』


 皆様ごきげんよう。私の名前はヴァレリアと申します。

 とある王国の公爵家に産まれ、仲睦まじい両親や優しい兄、姉思いの弟に挟まれすくすくと育ちました。

 銀糸の髪と紫の瞳はまるで月の女神のようだと誰が言ったかしら……。あ、思い出したわ、王太子殿下でした。すん。


 ま、まあ、当時の婚約者だった王太子殿下に冒頭文を告げられて私はショックを受けてフラフラになりながら王宮を辞し、帰ってすぐに事の顛末を父に伝えた。

 すると父は怒り狂ってその足で王宮に抗議しに行き、陛下に散々文句を言って婚約解消をもぎ取って来たらしい。


 帰宅した父は右手を挙げて凱旋し、その左手には婚約解消の書類を引っ提げていた。

 その事を聞いた私は、殿下に言われた事よりショックを受けて寝込んでしまった。



 そして婚約解消の翌日から毎日来る殿下の謝罪。


「ごめんなさい!僕が愚かでした。どうか許してください!」


 来る日も来る日も頭を下げに来る。

 でも何だかもう、どうでもいいと思ってしまった。


 なぜなら、侍女から貸してもらった市井で流行りの小説。

『真実の愛を見つけた王太子』という題名。

 そこに書いてあったのだ。


 小さな頃から仲睦まじい王太子とその婚約者である公爵令嬢。二人の仲はある日引き裂かれてしまうのだ。

 天真爛漫な男爵家令嬢に惹かれた王太子は、屈託無く笑う彼女の手を取り、婚約者である公爵令嬢を冷遇し始めた。

 公爵令嬢が王太子を諌めてもなしのつぶて。

 とうとうとある夜会の最中に、王太子は公爵令嬢に婚約破棄を言い渡すのだ。

『俺は真実の愛を見つけたんだ。それは貴様の事ではない!』と。


 ショックで引き篭もった公爵令嬢は、周囲の慰めもあって立ち直り開き直り、王太子に復讐した。

 その頃には男爵令嬢の品性の無さに目が覚めた思いの王太子は公爵令嬢によりを戻そう、私の真実の愛は君だったのだとまた安っぽい真実の愛を囁いた。


 普通ならふざけるな、バチコーンと吹っ飛ばして差し上げるところだけど、なんと、公爵令嬢は王太子の手を取り、二人で仲良く国を治めましたという、大どんでん返しなお話だったのだ。


 そんなコロコロ変わるのが『真実の愛』なのだ。

 最後美談ぽくまとめられても何も響かなかった。むしろモヤモヤが残ったわ。

 そんな浮気者でいいの?都合悪くなったらまた別に行っちゃうよ?って思ったわ。


 でも侍女からは『お話の中だからいいんですよ~』って言われて、私の感覚の方が変なのかしらと、思ったくらいだわ?


 私は絶対に嫌。

 一度でも他の女性を心に入れた男性なんてお断りだわ。

 ……だから『真実の愛を見つけた』と言った殿下と婚約を解消できて良かったのよ。


 でも、1つだけ違ったのは。


『ヴァレリアは僕の事を好きかどうか自信が無くなったんだ。だから試すような真似をしてしまった。

 本当に申し訳ございません。

 もう二度としません。

 だからお願いします。

 僕ともう一度、婚約してください。

 公爵様、お願いします』


 あまりにも何度も来るからとりあえず応接間に通したら。

 私と両親が入室するなり走ってきてスライディング土下座をなさったの。

 額を床に擦り付けて、その姿はまるでドザエもんのよう……。


 あ、ドザエもんていうのは、真実の愛を得た男性が女性にするいわゆる土下座を表した言葉なの。

 ……それを言うなら土下座えもんでは、という突っ込みは聞かなかった事にするわ。



 それからもずっと、殿下は毎日ドザエもんになりにうちに訪れたわ。

 ピンクの花が咲く頃も、黄色い花が咲く頃も、赤い花が咲く頃も、白い花が咲く頃も。

 飽きもせず毎日、毎日。

 ……暇なのかしら?

 でも私は簡単に許すことはしなかった。

 ちょっと傷付いたんだもの。


 やがて白い季節が終わって暖かな季節になる頃、真っ赤な顔をした殿下がフラフラしながらやって来た。


「おでがいじばず……、もういぢど、ごんにゃぐを……」


 息も荒く、鼻から水を垂らし、今日は割と暖かな日なのにもこもこに着膨れした殿下はまるで雪だるまのようで。

 あれだけショックだったのに、こんなになってまで謝罪をする彼に絆されてお父様にお願いする事にしたわ。

 でもその前に。


「殿下……、すごい熱ですわ!早くお帰り下さい!!」


「これはっ、君への想いに身を焦がしているから熱いんだ!僕の気持ちは太陽のように燃えているッ!」


「ちょっと失礼、──っ、だっ、誰か!医者!使用人の中にお医者様はいませんか!?」


 殿下の額に触れたらとても熱すぎて私はパニックになって叫んだ。

 それからフラフラと殿下は倒れた。でも着膨れ服のおかげで怪我は無かったわ。


 それから使用人が医師を呼んでくれて、殿下に薬を飲ませて馬車で王城へ返送した。



 後日改めて殿下は挨拶に来た。

 右手と右足、左手と左足が一緒に出て歩きにくそうだったけど、お父様の前に立ち、万歳してからそのまま床に両手と膝を付いて頭を下げた。


 一国の王太子がする事にぎょっとしたけれど、固唾を飲んで見守る。



「さ、再度コンニャク……」


 頑張れ殿下!


「再び、こん、こんや、こん、ここん、こんこんけこ」


 キツネになってますよ!


「おっ、お嬢様とっ、けっ、結婚をっ」


 もうひと踏ん張り!


「こっ、公爵!結婚してください!!」


 なんでじゃー!!?



 遠くで鳥がカァと鳴いた。

 そしてお父様はこほんと一つ咳払いして。


「……まぁ、なんだ。そこの、ソファにでも、ブフッ、掛けなさい」


 お父様が笑いを堪えているのがよく分かるわ。

 私も笑いたい。笑うわ。よし、笑おう。


「ふっふはっ、ふ、ふふ、ふふふふ」


 ちょっと歪な笑いになったけれど。

 そんな私を見て殿下は頬を掻いた。


「殿下の熱意は分かりました。ヴァレリアはどうだ?」


「……こんなに熱心に求婚して下さる方もいらっしゃいませんわ。

 再婚約、お受けします」


 殿下はまんまるに目を見開いた。

 その深い碧の瞳がこぼれんばかりに。

 ……あまりにも見開きすぎて血走ってるのはちょっと、いやだいぶ怖いけれど。


「あ、でも、真実の愛は良いのですか?」


「僕の真実の愛の相手は君なんだ。君こそが真実の愛なんだ」


 ん、それは私の方が浮気相手と言うことかしら?


 なんだかモヤモヤしたまま、再婚約していいのかと一瞬悩んでしまった。


 だ、大丈夫よね…………?





 たぶん……。


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