無敵の男が勝てない相手
王太子である俺は、3つ上の男に勝てない。
だが、その男にも勝てない相手はいるらしい。
「奥方は元気か?」
いつもより不機嫌な男アイザックの妻は隣国の侯爵家令嬢だった。
跡継ぎとして教育されてきた彼女はほぼ一人で公爵家領地を経営しているらしい。
「今日も元気に子どもたちと一緒に領地巡りに行きましたよ」
なるほど、奥方が不在だから不機嫌なのか。納得した。
本来ならば公爵家当主としてアイザックも一緒に行くはずなのだが。
「どこかの王太子殿下のせいで私は領地にすら行けません」
ハンカチを噛み、よよよとしているがあれは嘘泣きだ。俺には分かる。
「一緒に行けば良かっただろう。今から追い掛けるか?」
「『あなたは王太子殿下を支える使命があるの。領地の事は任せて。愛しているわ。帰って来たらたっぷり愛し合いましょう』って言われたら、『気を付けて』って送り出すしか無いじゃないですか!
まるでお飾りの妻ならぬ夫です……」
アイザックの奥方が意外に行動派で驚きだ。
しかも手玉に取っている。
……ハッ、奥方をこちら側に味方につければ、いざという時にアイザックを脅……いやいや、無理だ。
アイザックは妻をとても大事にしている。
婚約していた時から変わらない。
そんな奥方に近付こうものなら……ブルッ。
やはり触らぬアイザックに返り討ち無しである。
オウタイーシ、学んだ。
そんなアイザックは、社交界でも愛妻家と話題だ。
結婚して10年以上が経過してもその愛情は変わらない。
いつだったか、以前、俺の休息確保の為に歌劇のチケットを渡した事があった。
結局奴は不在の時の仕事をあらかじめ作って出掛けたし、何故か観劇の翌日はそれはそれは笑顔で圧を作られ、居心地の悪い思いをしたものだった。
後日理由を聞くと、「結果的に良い方向へ進むきっかけになったから八つ当たりできずに悶々としているだけです」と怖い事を言われた。
原因は歌劇だろうと、気になって調べてみたら、うん、これは怒られても仕方ない。
きちんと謝罪した。
だがおかげで婚約者との仲が一歩前に進めたから皮肉だと苦笑していた。
それ以来、婚約者も少しずつ心を開き、少しずつ笑顔を見せてくれるようになったとか。
意外にこいつも苦労してるんだなぁ。
10歳の頃より共にしてきたがその生態は謎だった。プライベートが透けて見えず、いささか不気味でもあったのだ。
だから奴が恋をした時、天地がひっくり返る程驚いたし婚約できた事に打ち震えているのを見た時、ようやく人間らしいと思ったものだった。
結婚した後はそれはもう表情豊かで、仕事はバリバリこなし定時になれば帰宅する。
子どもが産まれたあとは育児休暇を取得した。
夫人が産後回復するまで領地経営を交代する為だ。とはいえまるまる数ヶ月不在は俺としても譲れなかったので、公爵家家令と相談しつつ勤務してもらった。
基本的に乳母もいるし、手が足りないなら人を雇えば良いのだが、過保護に甘やかしたい奴は色んな理由を付けて妻に寄り添っているようだ。
うーん、俺以上に嫁ラブなのかもしれないなぁ。
いや、劣るとも勝らないな。うん。
だが、意外だ。
そんなアイザックが、ある日から浮かない顔をしていた。
先日、確か公爵夫人の従姉妹夫婦が来るから妻も楽しみにしていると言っていたな。
だがその翌日からアイザックの表情が暗い気がする。
俺にも「隣国の数年前の件を王太子殿下に伺いたい」と言って来たので手紙を出した。
その返事を読み、アイザックの顔は悲痛に歪んだ。
「何が書いてあったのだ?」
「……殿下、数年前に隣国で……長雨による災害が遭ったのを覚えていますか?」
「ああ、あちこちで水害や土砂崩れがあって犠牲者も出たとかで弔文と物資を送ったな。王太子殿下も悔やんでおられた」
長雨で地盤が緩み、あちこちで災害が起きて対策に追われたと聞いている。だからできる限りの支援をしたのは記憶に残っている。
「その犠牲者の一人が……妻の元婚約者でした」
その言葉に思わずペンが止まった。
「先日、お兄さんが……妻の従姉妹の夫婦が、手紙を持って来たんです」
いわく、「どうしても外せない用事で来れないから手紙を預かって来た」らしい。
いや、誤魔化し下手か。
そもそも、元婚約者である弟まで来る予定では無かったろう。
夫人が読んだ手紙の日付は災害から後のものは無かった。それが引っ掛かり、アイザックはその翌日から王城の資料を調べたが隣国の出来事。自国の支援資料が主であとは被害状況など。
犠牲者の数はあったが名は記載が無かった為隣国に問い合わせたのだ。
隣国の王太子殿下からの手紙にはこう記されていた。
『伯爵領主の弟は、災害対策で現場に赴き指示を出し、自身も領民の救助にあたり、領地を見回っている途中で土砂崩れに巻き込まれた。
必要最低限の人数で行動していた為救助が間に合わなかった。
ただ、発見された時、とても穏やかな顔をしていたのが印象的だったそうだ。
その後は彼の兄が泣き崩れて大変だった。中々現実を受け入れ難かったようだ。』
隣国の王太子殿下が悔やんでいたのは、もしかしたらその者の名があったからかもしれない。
子爵家を伯爵に陞爵させたのも、彼の功績も大きかったそうだ。
「……夫人は、この事は…」
「言わないまでも、気付いてると思います」
公爵夫人として、当主の代理としても活躍する彼女の事だ。
明確に言わなくても何となく想像ついているだろうなと思った。
それに出身国での事。もしかしたらその当時から……。
「何か言っていたのか?」
「特には……。……『あなたに会えてよかった』と言われました」
「そうか……。アイザック、夫人は誰でもない、お前との未来を選んだんだ。それを忘れるなよ」
「…そうですね。……これからも、妻に……彼にも失望されないよう努力しないといけませんね。彼は領民の為に生きた、立派な男でした」
アイザックは隣国の方角を見て目を伏せた。
「お前は、長生きしろ。この国の為にも、もちろん、夫人の為にもな」
「もとよりそのつもりです。殿下もそろそろ陛下になられますからね」
「今まで以上にこき使われそうだ」
父上の腰が本格的に悲鳴をあげそうで、譲位を検討されている。
もっとヴァレリアとイチャイチャしたかったが間もなく俺は国王として即位するのだ。
「これからも陰ながらお支えしますよ。
オスカー王太子殿下」
「お前、俺の名前知ってたのか。
許可しても全く呼ばないから忘れてると思ってたぞ」
「殿下の名を呼ぶのはお一人だけで良いと思っておりますので」
「俺もそう思う。……まあ、ともかく。
これからもよろしくな」
その後、俺は国王として即位した。
唯一の妃はもちろんヴァレリア。
愛する妃、可愛い子どもたち。
愉快な側近に囲まれて、長く平和な治世であった事を記しておこう。
物語はこれでおしまいだが、俺達の未来はこれからも続いていくのだ。
どこかでまた会う機会があれば、また会おう。
では、これにて。
───か
「あ、殿下、即位の前にご自身を教科書にした書物を作りたいと仰ってましたよね。
新人の作家が見つかりましたがいかがされますか?」
きれいにまとめられたのに!
完結は次回へ持ち越しだ!!
次回、完結です(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾




