名前を呼んではいけないゲーム
皆の者、ごきげんよう。いく年くる年、略していくる年。
年の瀬も迫る中だが、ファレル王国はそんなの関係ねぇと言わんばかりに忙しい。
「いや、し……、癒やしがほしい」
「しっかりなさい!仕事が終わらなきゃ、そこで一日が終了してしまうわよ!」
「先輩っ、私、もう無理ですっ」
「心の充足ががが……」
王宮内を掃除して回るメイドたちの阿鼻叫喚がこだまする。
ファレル王国年の瀬名物その一である。
……その二以降は、あれである。
閑話休題。
そんな掃除メイドの間で、とある噂が拡がっていると言うのを聞いたのはつい先日。
まだ一斉掃除が始まったばかりで希望に満ち溢れ体力は有り余っていた頃の事。
「そう言えば、王太子殿下ってお名前なんだったっけ」
「オウタイーシ様では?」
「それは仮の名前でしょ。確か……オウジーとか」
「違うわよ。トオーイ様よ」
「私が聞いたのはドコカ・ノオウジ様だった気がするわ」
手を止め、メイドたちはうーんと考える。
だが。
「考えてみれば、殿下のお名前を呼んでらっしゃるのって、妃殿下だけのような気がするわ」
誰かがそう言ったのを皮切りに。
「やだー、妃殿下だけ特別って事?なにそれ素敵っ!」
「えー『俺の名前はきみがけが知っていればいい』って事?やばいさす主」
「癒やし頂きましたー」
「そんなん聞いたら呼べないわぁ」
どこかのラブロマンスのようなエピソードに、メイドたちはきゃっきゃとはしゃぐ。
最初にそんなに手を止めているから後から手が回らなくなるのだが。
「でもさ」
「だめって言われると」
「呼びたくなるのが世の情け」
一人がウズウズし出すと周りに拡散し。
「どうしよう、呼びたい」
「だめよ、不敬だわ」
「それに妃殿下だけの特権なら尚更よ」
ウズウズそわそわしながら、メイドたちは突き合う。誰かが言うのを待っているかのように。
「あなたたち、手を止めてないで仕事なさい」
「きゃっ、すみません!」
「今からやります~~」
「ごめんなさぁい!」
通りがかったメイド長から叱られ、メイドたちは持ち場へ散って行く。
その様を見ながら。
ふむ。
良い事を思い付いたぞ。
「アイザック、今から名前を呼んではいけないゲームを始める」
机に肘を起き、顔の前で両手を組んだ俺は真剣な顔をしてアイザックに提案した。
「殿下ーアウトー」
「待て、始まってもないのに!」
真顔で目を座らせたアイザックの目は「何言ってんだこいつ」と雄弁に語っている。
「年の瀬迫るこの忙しい時に何をおっしゃいますか。そんなに暇なら机の上の書類を全て捌いては如何ですか?」
「待て、待て。捌く、捌くから。だがな、たまには楽しみながら仕事をしても良いと思わないか?」
胡乱げな目を向けながら、アイザックは睨みつけてくる。
やがて長く溜息を吐き、額に手をやり頭を抱えた。
「分かりました。但しこの執務室内だけですからね」
「よっしゃ。じゃあ今からな。皆の者、今から名前を呼んではいけないゲームを始める。
最後に残った者が今日のおやつを総取りだ」
側近たちは「また何か始まった」と言わんばかりの目線を向けてきたが、「かしこまりました」と頭を下げた。
「あー。トリー、そこの書類取ってくれ」
開始宣言早々にゲームから降りたのはアイザックだった。
「あ、つい名前を呼んでしまいましたね。私は審判役に回りますね」
にっこり笑っているが、元々やる気なかったな、こいつ。
アイザックは降りたが、他の側近たちは付き合ってくれるようで。
優しい。内緒でボーナスあげようかな。
「えっ、と。厳つい顔の元騎士くん」
「グレゴリーです」
「グレさんアウトー」
「ぐわっ」
つい反射的に言ってしまったグレゴリーは、「おやつ……」と、ゲームに負けた事よりおやつを没収された事が悔しいらしい。
「グレさん迂闊でしたね」
「ケアレーアウトー」
「しまった!」
グレゴリーを笑うケアレはあっさりと自らの罠にかかってしまった。
「ぼ、ぼぼぼ僕はやってしまった……うぅぅ」
一気にしゅん、となってしまったケアレは仕事モードオフになったようだ。
となると、この執務室に残る者はトリーと俺のみ。
一騎打ちか……。
望むところだ、掛かってこい!
そこへ執務室の扉をノックする音。
「オスカー様、失礼致します」
この声は!!
「ヴァ……──ァアーアーアー」
俺は慌てて口を塞ぐ。
見兼ねたアイザックが扉を開けて、声の持ち主を招き入れた。
その時何かを話しているようだった。
「面白そうですわね。私も参加させて下さいませ」
目を瞬かせ、俺は声の主を迎えに行く。
「王太子殿下、一緒にお茶でもと思い参りました」
ふふっと笑う、愛しの我が妻ヴァレリア。
ちょっと待て。
「今日は殿下がお好きなお菓子もお持ち致しましたわ。皆様も召し上がれ」
花も霞むような笑顔を振り撒くヴァレリア。
「ヴァ……我が妻よ、その笑顔だけは俺だけにしてくれ」
「まあ、殿下ったら。部下の方を労うのは上司としての努めですわよ?」
「妻よ、殿下とか他人行儀なのは嫌だなぁ」
「あら、今はゲーム中なのでしょう?殿下とお呼びするとあの頃に戻ったようで懐かしくもありますわね」
上目遣いにふふふ、と相変わらず可愛い笑顔だ。
だがしかし。
「いやだー!あの頃には戻りたくない!ヴァレリア俺の名前を呼んでくれー!」
「「「「あっ」」」」
「殿下ーアウトー」
「あっ」
「ふふふふ、呼んでしまいましたね、オスカー様。……あっ、いけない」
口元に手を当て笑っていたヴァレリアは、目を丸くして手で口元を覆った。ほんのり頬が赤いのがまた可愛い。
「妃殿下ーアウトー」
「アウトになってしまいましたわ」
照れたように笑うヴァレリアは、この世の女神である。
「という事で、名前を呼んではいけないゲームを制したのは、なんとトリーでしたーぱちぱちぱちー」
「えっ、あ、ありがとうございます」
アイザックが真顔で手を叩き、トリーを表彰しゲームは終了した。
なおヴァレリアが持って来たおやつは、ゲームの覇者トリーが全てお持ち帰りした。
来年はやらないって誓ったッ!
「オスカー様、今年一年お疲れ様でした」
「ヴァレリアも、お疲れ様」
夜、夫婦の寝室で。
ヴァレリアと一緒に掛布に包まる幸せ。
「また来年も、よろしくお願いしますね」
「こちらこそ、宜しく頼むぞ」
ヴァレリアを抱き寄せながら額に、頬に口付ける。
来年もまた、幸せでありますようにと願いながら。
年末に書いたものです。




