書物改革
その日、オウタイーシは思い出した。
世の中に出回る書物の影響力を。
アカデミーの卒業と同時に婚姻予定の俺は、ヴァレリアと式の衣装合わせをしていた。
「オスカー様、どうでしょうか」
はにかむヴァレリアは真っ白な仮縫い衣装に身を包み、あたかもその様相はまるで天使か女神か。
「ああ、美しや、ああ、麗しや」
言葉が出ないからソードマンジージの言葉を借りた。当然ヴァレリアもそれに気付き。顔を綻ばせる。
幸せだ。この上ないくらいに。
この幸せを壊す者が現れるなら問答無用で
「王太子殿下!失礼します」
「何だ騒々しいな」
「市井に出回る書物についてお話がございます」
「どうした」
「はい、実は、最近バルコニーからの転落事故が相次いでおりまして」
その時点で俺はハッとした。
書物の影響の負の部分が出たからだ。
とはいえ貴族邸はだいたい2、3階建てが多く、バルコニーから転落しても下は柔らかい芝生。
打ち所が良ければ、ではあるが助かる可能性は高いのだ。
彼らが何故バルコニーから転落するのか。
それはそこから転落すれば、何らかの力が働き時間を巻き戻れるという話が出てきているからだ。
現実を嘆いた者が一縷の望みをかけてその柵を越えるが……
残念ながらこの世界に魔法や不可思議要素は無い為時を戻れる事なく怪我して終わり、という事例が相次いでいるのだ。
と言うか。
考えなくても分かるだろう!?
バルコニーから転落したら痛いよ、痛いだけだよ。
だがその後も他の方法で時を遡れるのでは、とかく、死に直面するような事態になればいけるのでは、という話が出てきて、ついに書物の協議会が開かれる事になった。
「今回の議題は市井に出回る書物についてですが」
「以前から婚約破棄だの愛人がどうのだのの書物が出回りすぎているのでは」
「フン、気にならないように清廉に生きるべきでは」
「貴族をバカにしているのか」
「それより生命の危険を及ぼしかねないものは……」
「静粛に。王太子殿下はどう思われますかな」
議長に問われ、口を開く。
「確かに最近、バルコニーからの転落事故が相次いでいる。だが、これを今から有害書物指定して発行を禁じても、おそらく事故は減らないだろう。
何故なら知識は既に出回っていて、そうすれば希望に縋り付けると思う者は飛び降りるだろうから」
飛び降りた勇気ある者リストを見れば、先日婚約破棄をされた者の名もあり何とも言い難い気持ちになる。
命に別状は無いようだが、後味は悪い。
「だが、実害があるのもまた事実。
一時的に出版差し止めて貰えるよう、文化部に取り合ってみよう」
一難去ってまた一難、頭の痛い問題がよく湧いてくるな。
だがその後、出版社は差し止めを通達される前に自主規制をした。
世の中に悪影響を及ぼしそうなもの、特に命に影響を与えそうなものは一旦自主回収された。
自害誘発防止にバルコニーなどの高い場所から転落するもの、馬車の前に飛び出ようとするもの。
虐待防止に登場人物が過度に虐げられるもの。
特に女性が性的に侮辱されるものは既に買い上げされたものすら回収に回った。
書物が飽和状態になってくると、より刺激を求めてかその内容が過激になる傾向にあったのだ。
その為、出版社との協議の結果、書物の目立つところに年齢制限や閲覧の前の注意書きを設ける事にした。
また、それぞれ社内で内容を慎重に精査し、残虐性があるものなどは成人になってから、を徹底させた。
俺は出版社の取り決め内容を許可した。今後はある程度は規制しないといけないだろうが、決められたルールの中で自由に創作してほしいと思う。
様々に取り決めをすると「書物の内容がある程度分かって良い」や「読みたくないものを避けられる」といった前向きな意見を聞くようになった。
なので更に内容によって、冒険物、恋愛物、推理物、ちょっとオトナな内容のものなど分かりやすく分類し、マークを付けた。
今までは表紙だけを見て推測しないといけなかった為、一目で分かるマークは目安になると評判だ。
ただ、いい意味でも悪い意味でも注意書きと実際の内容に裏切られる物もあり。
内容に目を通すとはいえ、人それぞれ基準が異なるのもあり、その辺りはまだまだ課題として残っている。中々難しいところだ。
そんな中、相変わらず貴族の愛人問題などは売れる為か関連書物は多かった。重婚したわけでは無いし、愛人を囲うのは犯罪では無い為取り締まれない。
だが、その内容は徐々に変わりつつあった。
『浮気者には鉄槌を』
浮気者が断罪される内容が多くなったのだ。
婚約破棄ものと同じく、いわゆるザマァされる物が増えた。
それがまたリアルで、愛人がいそうな奴は震えていた。
ヴァレリアの父親も、その一人だったらしく。
「そう言えば私が幼い頃、お母様と離縁するしないの話し合いしてたわ。
お父様は離縁したくないけれど、お母様はいつでもいいわよ、ってそれはもうにこやかだったわ……」
「夫人強いな」
「お父様が何とか宥めて平謝りして、とりあえず離縁は思い止まったみたいです。私の婚約の事もあるし、王太子妃の親がそんなんじゃ外聞が悪いだろうって」
聞くところによれば随分と前に精算はしたらしいが、夫人が把握しているとは思わなかったらしい。
最近、たまたまとある書物の内容が自身のしてきた事に似ていると侍従から聞いて、夫人に『こんな話があるんだよははは』、とそれとなく話を振ったら『よくできてますでしょう?』と微笑まれたそうだ。時間差攻撃にゾクリとした。
ロックハート公爵はこれから義母上に一生頭が上がらないだろう。
それもまた、自業自得だ。
義父上にはしっかりと禊をして頂きたい。
一部では、過ちを犯した者の禊の話が好きな者もいるらしい。
たまに元サヤブームも来るから、それにあやかるしかないかもしれないが、公爵夫人に赦して貰えるよう頑張ってほしいものだ。
「書物は悪影響ばかりでは無いのだがな」
「そうですね。様々な感情を揺さぶられるからこそ、皆が望んで読むのでしょうね。
ただ、良い影響も、悪い影響も与えるからこそ、しっかりとした規制も必要なのかもしれません」
「俺は、教科書になったな。どうしたら失敗するとか、こんな時はこうしたらいいとか、様々なものが役に立った」
「私は……。……どちらかと言えば振り回されてしまいました。これからは、書物だけに頼らずに、意地を張らず、疑問に思う事はオスカー様にちゃんと聞いて、伝えたいと思いますわ」
ヴァレリアは微笑む。
だから、俺は頷く。
「俺も、ちゃんとヴァレリアに聞くし、伝える。すれ違っても、納得いくまで話し合おう」
「ええ。話し合って、ケンカして、沢山の壁を壊していきましょう」
「そこは乗り越えるとかじゃないの?」
「……乗り越えるも、アリです。回り道も。
オスカー様と二人なら、壊せるかなって」
そう言って照れ笑いしたヴァレリアを見て、幸せって何度も上書きされていくんだな、と噛みしめた。
これから先、俺に立ちはだかる壁は沢山出てくるだろう。
けれど、二人で、乗り越える。時には壊したり、回り道をしたりしながら。
「愛している、ヴァレリア」
「私も……。愛しています、オスカー様」
そうして、俺はヴァレリアの柔らかい唇に口付けた。




