オウタイーシ・リンゴーク、それは仮の名前〜俺の名は〜
「……初めて出逢った時、俺は浮かれて忘れていたんだ。君に名を告げていなかった事を。
それに気付いたのが今日だった」
アイザックに言われるまで気付かなかった俺はホントニポンコツ脳みそプーだ。
だから今までヴァレリアは俺の名を呼べなかった。
早く気付いていれば俺もアホみたいに悩まなくて良かったんだ。
「ずっと、呼んでほしいと思っていた。
呼ばれないのは、嫌われているのかとか、思っていた」
「殿下を嫌うなどありえません」
やばい、嬉しい。力強く否定された。
「ありがとう。……それでも、俺に普通に接してくれている事が俺は嬉しかった。
だから、やり直したい。自己紹介から」
何事も始めが肝心だ。
ヴァレリアは頷いてくれた。
俺も改めて向き直る。あの時をやり直すように。
「初めまして、俺の名前はオスカー。
オスカー・アーウィン・ファレル。
ファレル王国の王太子です。
俺の事はオスカーと呼んでくれ。
君の名前は?」
「は、はい。初めまして…。
私はヴァレリア。ヴァレリア・ロックハートと申します。ロックハート公爵家の長女です。
ヴァレリアとお呼び下さい。
よろしくお願いします」
目を細めてはにかむヴァレリアは、頬を染めた。
「ヴァレリア……。いい名前だね。
君のその姿も、その……月の女神のように神秘的できれいだ」
「ありがとうございます……。オスカー……様も、その……。
太陽のようにキラキラ輝いて素敵ですわ」
名前!
ヴァレリアが俺の名前を呼んだ!
今日は「初めて名前を呼ばれた記念日」にしよう。
「ヴァレリア……。好きな女性から名前を呼ばれるのって、こんなにも嬉しいんだな。知らなかったよ」
あまりの感動に再び涙が出そうだ。
男の子だけど今日だけはいいよな。
この感動をあの空に遠く叫びたいがぐっと堪えた。
「私も、その、好きな男性から名前を呼ばれて、いつも嬉しく思っていました。
でも、殿下の名を呼べる光栄を頂けて更に嬉しいです」
「何度でも呼んでくれ。最近は皆『王太子』とか『殿下』とか肩書でしか呼ばないから、自分の名を忘れるところだったよ」
「まあ……。では忘れないように、何度でも呼ばせて頂きますわね、オスカー様」
ああ、二度目まして記念日、最高。
これから何度でも呼んで貰えるとかもう、これを糧にこの先一生生き残れそう……。
あ、そう言えば、もう一つ。
「ヴァレリア、あの。釣書だがな。
もう贈るのは止めてほしいのだが」
ぴくりとヴァレリアが固まった。だが俺はこの先ヴァレリア以外に婚約する気はない。だから他の御令嬢の釣書などいらないのだ。
「……申し訳ございません。実はファレゾン定期便に申し込んでおりまして……」
「ファレゾン定期便?」
「あ、釣書は架空の方の物ではあるのです。侍女が実在の方のは流石に後に問題があると気を利かせてくれたのです。
ちなみに全12回届くようになっておりまして」
なんじゃそりゃああああ!?
「解約だ!今すぐ解約してくれ!!」
「一度契約すると途中解約ができなくて……。
申し訳ございません。軽率な真似をしてしまいました」
しゅん、となるヴァレリアをこれ以上責められもできず。
仕方なく俺はファレゾン定期便の釣書(架空)を受け取るはめになった。
「しかし何故こんなサービスがあるのか……」
「釣書が届かない方が見栄を張るためらしいですわ」
切ない!虚しい!!アホらしい!!!
そんな架空の釣書を定期便で届かせて何を思うんだ。そんな事をする暇があるなら自己を磨いて本物のパートナーを探せドアホウ!!
「我が国は色々とおかしい所があるのかな……」
変な内容の書物が流行ったり、見栄の為に架空の釣書が届くサービスがあったり。
ある意味俺が国を治めるときやる事沢山ありすぎるんじゃないだろうか。
「そうですね……。様々に課題はあるかもしれませんが、……二人で乗り越えて行けたらと、思いますわ」
「ああ……。ああ、そうだな。
二人で……乗り越えていこう。新しい文化も良い物は積極的に取り入れよう」
そうか。
俺は一人では無いんだな。
王太子としては未熟で情けなくてヒヨッコの俺だが、隣にヴァレリアがいて、近くにアイザックがいる。
いつまでも頼りっぱなしは良くないが、孤独に悩まなくて良いのは恵まれている方だろう。
二人に見放されないように日々努力する。
思えば書物の彼らは本人がお花畑だったり側近がお花畑だったり様々な弱点があった。
それを巧妙に突かれて瓦解していた。
恋に狂い婚約者を虐げ、それが正しい事だと思い込んでしまった。
どんな状況でも一方の意見を鵜呑みにするのは大変に危険である。
上に立つ物ならば様々に耳を傾けねばならないだろう。
俺だって人間だ。間違える事もある。
そんな時違った目線からの意見は大変貴重なものなのだ。
それを無視して耳障りの良い言葉ばかり聞いていてはいつか破滅するだろう。書物の中の男たちのように。
そして気付かせてくれる人物は大切にせねばならない。上の者から嫌われる事もヘタしたら解雇されることも厭わず言える者は貴重なのだ。
ヴァレリア付きの侍女カミラや、アイザックがいてくれて良かった。
「ヴァレリア、こんな俺だが、これからもよろしく頼む」
「はい、オスカー様。こちらこそ、ふつつかではございますが、よろしくお願い致します」
そうして目を合わせて見つめ合い。
互いに顔を近付ける。
(こっ、い、だっ、にゃっ、い、まっふごっ)
軽く唇に触れるもの。
慌てて離したときには、互いの顔はカラリオカラーと言うよりはナッツカラー(真紅)であった。




