立ちはだかる難敵(当者比)
「なんじゃごりゃあああああああ」
俺は今までにない叫びをあげていた。
突如として俺の執務室に届いた大量の釣書。
一番上を開いてみたら見知らぬ令嬢の顔。誰だよ!
「アイザック、何だこれは」
「……ロックハート公爵令嬢からの贈り物です」
「はぁ!?」
ロックハート公爵令嬢とはヴァレリアの事である。ヴァレリアは俺の婚約者である。
その婚約者がなぜ、どうして別の令嬢の釣書を持って来るんだ!?
俺は頭を抱えた。
だがふと思い出す。
一度目の隣国への視察からヴァレリアには会えていない。
王太子妃教育の帰りに見る事も叶わなかった。
手紙、──…っ、最後に送ったのはいつだ!?
これはまずい。非常にマズイ。
バクバクと鳴る心臓を押さえ、すぐさま公爵家に行こうとしたが、そこへ陛下の侍従が血相を変えて執務室に入って来た。
言われた言葉を耳に入れるなり俺は飛び出して廊下を駆ける。
「父上!!」
ベッドには顔色悪く横たわる父上と、その傍らに数名の医師と母上がいた。
「なんですか騒々しい」
母上は眉をひそめているが、その瞳は赤い。気のせいか頬も赤い。
「王太子か……」
普段は国王として威厳ある声が何だか弱々しく聞こえる。
「侍従から陛下が執務中に何やら叫び声を上げて倒れられたとお聞きしました。
体調はいかがですか」
「あー、いや、うん、その、エヘヘ」
エヘヘってなんだエヘヘってー!!?
「最近、王族や貴族が浮気する話が流行ってるだろう?それを読んだ王妃がな、嫉妬して、その……昨夜久々盛り上がってな」
俺は真顔になった。
いい年した息子の前で頬を染める両親。
久々盛り上がったという言葉。
文字通り、大いにハッスルしたのだろう。
この先の言葉は聞きたくない。これくだらないやつだ。
「ま、まあそんな訳で腰をやっちゃってねー。あいたたたた」
「あ、あなた、無理なさらないで」
「おお、すまんな妃よ、そなたこそ身体に無理をさせてしまったのでは無いかな。何せ久々だったからな」
「わ、私は……その…、有意義な時間を過ごせましたので……」
「お、おお、妃よ……」
「あ、あなた、いけませんわ、皆様見ております……」
目の前でイチャイチャし始めた両親を横目に、俺は医師たちを慌てて退室させた。
「痛めたのは腰だけか……」
「はい、起き上がるのも難しいと仰られてます……」
違うとこは元気イッパイみたいでしたけどー!?
「命に別状は無いのだな。ならば良い」
「王太子殿下、陛下決裁の書類はどうしたら…」
「陛下にして貰えば良いだろう」
「ですが……その、『あー、ワシはしばらく王妃と蜜月を過ごす』と仰せでございまして」
陛下の側近が冷や汗を掻きながらゴニョゴニョというが俺だって一刻も早くヴァレリアの下へ行かねばならない。
今すぐ、必ずだ!
「知るか!俺だって婚約者と逢いたいのを我慢してるんだ!未来の王太子妃が大事なら俺を止めるな!!」
人騒がせな両親め、仕事を疎かにするとかいわゆるザマァ対象だぞ!?
腰を痛めながら悪化させようとしてるのか?正気か?
『こんな無能が王の国とか潰れてしまえ』と言われる案件だぞ!?
そんな斜陽の国を支える次世代の王太子にいらぬ苦労をかけるなポンコツ親めぇ!!
「至急ロックハート公爵邸に行く」
「かしこまりました」
「殿下、グッドラック」
アイザックが親指を立てる。俺はそれに手を挙げて応えた。
「お久しぶりですね、王太子殿下」
ロックハート家執事のセバス=チャンが目を細めてエントランスで俺を出迎えた。
「セバス、久しぶりだ。ヴァレリアはいるか?至急取り次いでほしい」
「お嬢様は~~……持病の歯痛の為お会いになりたくないと仰せでございます」
「そうか。ヴァレリアに王都で流行りのとても美味しいケーキを持って来たんだが歯痛なら食べれないな」
「歯痛ではなく腕痛でしたかな~~」
「そうか。腕痛ならどのみち食べれないな。使用人たちの分も買って来たが、主が食べれないなら仕方ない」
「王太子殿下、こちらでございます」
セバス=チャンは恭しく礼をし、俺を中に入れてくれた。彼は無類の甘いもの好き。第一関門は難なくクリアである。
「あら、王太子殿下、いらっしゃいませ」
「ヴァレリア付きの侍女カミラか。ヴァレリアの部屋に行きたいんだが良いだろうか」
「お嬢様は……持病のしゃっくりが止まらず……」
「そうか。ではソードマンマンバッチャの絵姿は持ち帰るとしよう」
「あ、今止まったようですのでご案内致します」
ソードマンマンバッチャは、フードを被った孤高のソードマンである。以前カミラが好きらしいと聞き、影に命じて絵姿を買いにいかせた甲斐があった。
ちなみに資金源は俺の個人予算からである。
チケットを購入した者だけで買わせたが中々手に入らなかった。
次回舞台がちょっとだけ豪華になったら俺の献金が役に立った証拠だろう。
影と、影の家族にも協力して貰ったが最終的にはトレードでゲットした。
余談だが影の中での一番人気はホリー君だった。闇討ちと暗殺が得意らしい。
「うちの使用人、ちょろ過ぎるわよ!」
ヴァレリアの部屋に入ると、部屋の主の可愛い声が響いた。
「殿下、お久しぶりでございますね。隣国の視察は大変有意義だったそうで何よりですわ」
久々見た貼り付けた笑み。
ぐぬ………。
ここでたじろぐと負ける。終わる。
終わったらそこで試合終了だ。打ちひしがれる俺にスポットライトがあてられ、真っ暗な背景に
『──完──
短い間でしたがご愛読ありがとうございました。
これからは、二人の事を陰ながら応援して下さい』
とか打ち切りエンドだ!!
そうならない為にもヴァレリアに向き直る。
「連絡できずにすまない。帰国して、ずっと執務に追われていた」
そう言って頭を下げた。まずは謝罪、これ常識。基本中の基本。
「頭を上げて下さい。……お疲れ様でございます」
よし、悪くない反応。
「隣国に行った際、ちょっと想定外の出来事が起こって、帰国してから対応に追われていた」
まさか有能な側近が腑抜けたとかは奴の名誉の為に伏せておかないと後から怖そうだ。
「……さようでございますか」
気のせいか、ヴァレリアの声が冷たい……?
「あまりにも想定外過ぎて、再度隣国に行ったから、とりあえず今は落ち着いている」
物思いにふける事はあれど、腑抜けでは無い。むしろバリバリと執務をさせようとしてくる。
「それはようございました」
一瞬ピリリとした空気になる。
そっと、頭を上げてヴァレリアを見るが、その瞳には何も映ってないかのようだった。
「ヴァレリア、ごめん」
何かを言わなきゃいけない気がして、出てきたのは謝罪の言葉だった。
けれど、彼女に届いてないような、むしろ。
「それは何に対しての謝罪ですの?」
「えっ……」
固い声音。冷たい空気。何かを間違えた?
「それは……」
「聞きたくありません」
表情を歪めるヴァレリア。それは悲痛で、まるで俺を責めるような。
「殿下は、私の事はどうでもよろしいのでしょう?」
ヒヤリとした声で。
「それならば、私以外に相手を見繕えばよろしいのだわ」
残酷な言葉を紡いだ。




