悲劇までのカウントダウン
隣国から帰国して、俺の側近が腑抜けた。
執務中もボーッとしているし、かと思えばじっと右手を見ている。
心ここに非ずなのか、窓の外を見ている事が増えた。
隣国の方角だ。
その方角に窓が無いと、壁を見ている。方角にこだわりがあるんだろうか。おかげで方角が分かりやすいが、今は何の役にも立たない。
先日は一人でシャドーダンスを踊っていた。
踊っている時は幸せそうだったが、踊り終えたあと、手のひらを握りしめ顔を歪め、何とも切なそうに佇んでいた姿が印象的だった。
それでも最低限の仕事をこなす側近は嫌味だが、いつもはこちらの許容範囲以上に仕事を割り振ってくるのに明らかに量が少ない。
先回りしているのが常だった奴はすっかり隣国に大切な何かを置いてきてしまったようだった。
「おい、仕事中だぞ。手を動かせ」
「……すみません」
ゔわっ、いつもはこんな素直に謝ったりしないのに、気持ちワリィ!
「どうした?視察から帰って来てからおかしいぞ?隣国の御令嬢に良い人でもいたのか」
途端に瞳を丸くして顔を真っ赤にした。
エッ、こいつこんな顔もできたのか。
「いえ、そんな、別に私は、……そうです、別に、そんな……私は……」
側近は壊れた人形のように否定し、声は尻すぼみになり。
最後は大きく溜息を吐いた。
「分かってはいるのです。こんな気持ちは抱いてはいけないなど。
けれど一度願ってしまうとダメですね……。
自分がこんなに欲深い男だとは知りませんでした」
「……隣国の御令嬢に恋でもしたのか。婚約の打診するか?」
俺の恋はあまり上手くいってるとは思っていない。だからせめて周りの者は幸せになってほしいと願っている。
だが目の前の男は力なく頭を振った。
「彼女の瞳には婚約者しか映っていません。
そんな彼女を奪おうなんてさすがに考えていませんよ。
大丈夫です。そのうち忘れますよ」
力なく笑った奴の顔を見たのは初めてだったかもしれない。
だがそのうちはやって来なかった。
いつまでも腑抜けた側近を見かねた俺は、再び隣国に行けるように手配した。早くて二ヶ月先だった。
その間視察中に溜まった執務をやりつつ、新たなものも捌いていく。帰国後ヴァレリアともまともに会えていない。
手紙は何度か送りはしたが、側近が腑抜け過ぎて使い物にならなくて正直対応に追われていた。今まで奴が一人で采配していたのだ。腑抜けた穴が大きすぎた。
その為彼女から返事が来てもそれに対する返事が書けず、訪ねて来ても俺に連絡が回って来ない。報連相がぐちゃぐちゃになってしまい、結果的に数ヶ月放置してしまった事になった。
この恨みはあとで返してやりたいが、返り討ちが怖い。
あとで覚えてろよ!
ヴァレリア不足だ。
会いたい。
くそう。こいつがまともに仕事してたらアカデミーにも普通に通えているはずなのに。
……だが、こいつが使えないからといって回らなくなるような体制はまずいな。
落ち着いたら見直そう。
そうして隣国に再びやって来た。
隣国の王太子とは仲良くさせてもらっているから、歓迎の夜会に件の御令嬢とその婚約者も招待して貰った。
「いい加減現実を見ろ」
側近の視線の先にいる御令嬢は、隣にいる男に幸せそうに話し掛けていた。だが、何だか違和感があった。
話し掛けているのは御令嬢ばかりで、婚約者の男はどちらかと言えば疎ましそうにしている……?
だが、御令嬢に男が近付こうとすれば顔が強ばり御令嬢が婚約者から目線を外した時に限って熱い視線を送っていた。
「なぁ、あの二人はその……上手くいっていないのか?」
「ああ、侯爵令嬢とその婚約者だね。
どうだろうね。侯爵家と子爵家、身分差があるからね。しかも男の方が下。
あとは見ての通りだな」
見ての通り……。
それはよくよく観察しなくても、事情をあまり知らない俺でも何となく察せた。
──すれ違い、掛け違い。
合わない視線。
互いに想い合っているようなのに、絡み合わない。
ちらりと隣の男を見た。
しっかりと二人を見つめているようだった。
帰国した時より暗い顔。
前回来た時、ファーストダンスこそ二人で踊ったがその後側近が誘って御令嬢とダンスをした後は二人離れて過ごしていた。だから現実を見ろとは言ったがもしかして、という期待も少なからずあったのだ。
だが、改めて二人を見る。
俺はしばし逡巡して。
「王太子殿下。ただの男の独り言なんですが。
帰国してから仕事に手が付かなくなった男がいまして。
ずっと一人でシャドーダンスしたり手のひらを眺めたり、こちらの国の方角を見つめたりしてるんです。
多分、彼の中では葛藤している。
婚約者がいる御令嬢に懸想してはいけないと。
だが、私は彼に幸せになってほしい。
もしも、その機会が巡ってくる事があるならば、一報くれないだろうか」
王太子殿下に頭を下げた。
「……分かった。我が国としてはあの二人に上手くいってほしいと思ってはいるんだ。
ああ見えて彼女の婚約者は真面目で優秀な所もある。今は頑なになってしまっているが、肩の力を抜けばまだ伸び代はある男だ。
あえて手出しはしないが……そうだな。
彼女の父親には君の言葉をそのまま伝えておこう。『とある諦めの悪い男』の話として」
「ありがとうございます。それで充分です」
もしも、万が一、二人が分かたれてしまうならば。
それを望むのは酷な事かもしれない。
だが可能性が欠片でもあるのならば、逃してはいけないと思うのだ。
その後帰国して側近は以前よりはふっきれた顔になった。
時折窓の外を眺めてはいるが、シャドーダンスをしたり手を眺めて悲痛な顔をする事も無い。
「自分がバカになっている間、こんなに執務を溜めさせてしまい申し訳ございません。
これからまたバリバリ働きますのでよろしくお願いします」
そうして数ヶ月分の滞っていた執務をドサリと持って来た。
「殿下、私も協力致しますので頑張りましょうね」
にこりと笑った側近に冷や汗をかきながら、戻ってもアカデミーに行けない事に絶望しつつ俺はペンを走らせた。
生まれ変わったら絶対に王太子になんかならないぞ!絶対にだ!!
だから知らなかった。
会えない間にヴァレリアが傷付いてしまった事を。
それを結果的に放置してしまった俺のもとへ、ヴァレリアから釣書が送られてくるまで
3
2
1
「なんじゃごりゃあああああああああ」




