クック鳥のカルボナーラ
大きな深鍋に湯を沸かして塩を入れる。
そこに乾燥パスタを入れて茹でて、茹でている間にフライパンで一角黒豚の角切りベーコンを炒める。
お肉の焼ける香ばしい匂いが、店の中に漂った。静かなお店に、じゅうじゅうという音が響く。
ユエルはシュエが料理をする姿を、熱心に眺めていた。
長くて繊細で、けれどしっかりとした男性の指が、ベーコンを切ったり炒めたりするのが面白い。
ユエルは昔、妹たちのために料理を作っていたことがある。
といっても家にいたのは十歳までなので、ユエルができることといえば、妹たちのためにパンを切って、ジャムを塗るぐらいだった。
それでも喜んで食べてくれていたなと、懐かしく思う。
ジャムも蜂蜜も貴重だったから、何も無いときはただのパンだけだった。
ただのパンだけでは可哀想だからと思って、砂糖壺の砂糖をほんの少しまぶしてあげたりもした。
砂糖壺の砂糖が減っていると母に怒られるから、気づかれないようにこっそりと、ではあったが。
「獣失は、いつ起ったの? 料理や飲み物の代金は要らないけれど、もしよければその代わりに君の話を、聞いても?」
炒められたベーコンの入ったフライパンの中に、茹で上がったパスタとゆで汁を入れながらシュエが問う。
「はい。隠すことはなにもないので、大丈夫です。獣失が起ったのは、つい一昨日のことでした。丸一日ベッドから起きられずに、休んで過ごして、元気になったので今日、獣神殿から出てきたのです」
「それは大変だったね。獣神殿も、少しゆっくり休ませてくれたらいいのに」
「いえ、そんなことはありません。獣操士でなくなった私は、獣神殿にはいられないのは当たり前のことですから。皇子様からは十分な報奨金を頂きました。神殿の方々は、よくして下さいました」
シュエはパスタとゆで汁とベーコンを火にかけてかき回してフライパンの中で馴染ませると、そこにモルフ牛の生クリームと、瓶詰めのモルフ牛の粉チーズ、クック鳥の卵と塩を少し入れて手早くかき混ぜる。
すぐに火から下ろして器に盛り付けて、ペッパーミルで黒コショウを振りかけた。
「できたよ、ユエル。そういえば俺も夕食はまだだから、一緒に食べようか。カンター席は疲れるから、テーブル席に行こう。ソファ、結構座り心地がいいって評判なんだよ」
「はい。私、何か手伝えることはありますか?」
「それじゃあ、料理を運んでくれる? ホットミルクは飲み終わったみたいだね。新しく飲み物を何かいれてあげるよ」
シュエは白い皿にフライパンの中のパスタを盛り付けた。そして料理を盛り付けた皿を、カウンターのテーブルに置いた。
「クック鳥のカルボナーラだよ。美味しいといいけれど」
ユエルはカウンターに置かれた料理が盛り付けられた皿を見て、こくんと喉を鳴らした。
今まで食べてきたどの食事よりも、クック鳥のカルボナーラは輝いて見えた。
黄色みがかったクリーム色のソースが、パスタに絡んでいる。ごろごろと、角切りベーコンが入っていて、黒コショウの色合いが綺麗だ。
いい匂いがする。
ホットミルクを飲んだばかりだというのに、胃が食べ物を求めているかのように、きゅっと収縮した。
「飲み物は、お茶でいいかな。夜だから、珈琲を飲むと眠れなくなってしまうかもしれないし……それでも、俺は構わないんだけど、ユエルは困るよね」
「私はどちらでも……」
こぼさないように慎重に皿を運びながら、ユエルは答える。
テーブルに、できるだけ綺麗に見える位置に、皿を置いた。シュエがカウンターに用意してくれたので、ナプキンとフォークも運んで並べる。
丁寧に並べ終わったころ、シュエが紅茶の入ったカップとワイングラスをトレイに乗せて、キッチンからテーブルへとやってきた。
「座って、ユエル。食べよう。食べながら、話の続きをしようか」
「はい。ありがとうございます、シュエさん」
ユエルは深々とお辞儀をした。
この街に、自分に優しくしてくれる人など誰もいないような気がしていた。
こんなによくして貰って、なんてお礼を言っていいのかもわからないぐらいだ。
「気にしないで。どうせ、俺は一人暮らしだし。一人寂しく夕食を食べるところだったんだから、むしろ話し相手ができてありがたいぐらいだよ」
シュエは微笑むと、ユエルに座るようにもう一度促した。
ユエルの前に紅茶のカップを、自分の前には赤ワインの入ったグラスを置くと、シュエはユエルの正面に座った。
「どうぞ、ユエル。召し上がれ」
「はい。ありがとうございます。いただきます」
ユエルは両手を組み合わせると、食事の前の感謝を捧げた。
それからフォークを手にして、パスタを一口分フォークに巻き付ける。
とろっとしたソースが絡んでいるパスタを一口、口に含むと、口いっぱいに生クリームやチーズのまろやかさと、ベーコンの脂のふくよかさが広がる。
後から、ぴりりとしたコショウの辛さが舌を刺激して、とろりと蕩けるようなまろやかさをぎゅっと引き締めた。
「美味しい……!」
「そう? よかった」
「美味しいです、シュエさん。こんなに美味しい料理を食べたのは、はじめてです」
「それは、褒めすぎ」
シュエは恥ずかしそうに笑って、それから自分もカルボナーラを口にした。
「うん。いつもと同じ。俺にとってはね。でも、ユエルが喜んでくれて嬉しい」
「本当に、美味しいです」
「よかった。わかるよ、言葉にしなくても。君はすごく、美味しそうな顔をしてくれる。なんだか、すごくご飯を食べさせたくなる雰囲気があるね」
「そ、そうですか? はじめて言われました」
もしかしたらものすごくお腹が空いていたから、そのせいかもしれない。
ユエルは頬を染めて俯いた。
「ごめんね、話し手ばかりいたら食べられないよね。ゆっくり食べて、ユエル」
「ありがとうございます、シュエさん。シュエさんは、優しい方ですね」
「そうかな。ありがとう」
ユエルが黙々とカルボナーラを食べるのを眺めながら、シュエは赤ワインのグラスに口をつけている。
この国では酒は一八から飲んでいいと言われているけれど、シュエはもっと年上だろう。
少なくともユエルよりはずっと大人びているように見える。
「……それで、ユエル。獣神殿から出たあとに、何が起ったのかな」
「お恥ずかしい話なのですが、私の実家はあまり裕福ではありませんでした。けれど、私が獣操士になって、国が家族の生活資金を支払ってくれるようになってから、暮らしがかなり上向いたようなのです」
「あぁ、なるほど」
「家に戻ると、父は私のお金を全て奪って……私は家に入れては貰えませんでした。私は、仕事と住む場所を今日一日探して回ったのですが、獣失は不吉だから駄目だといわれてしまって……」
皿のカルボナーラをすっかり食べ終えて、ユエルは紅茶に口をつける。
どれもこれも、美味しい。
なによりもシュエの優しさが嬉しくて、なんだか胸が一杯になってしまった。
ほろりと涙が零れたので、ユエルは手でそれを拭った。
「優しくして頂いて、ありがとうございます。シュエさん。お食事、とても美味しかったです」
「……ユエル」
気遣うように、シュエに名前を呼ばれた。
繊細な指がのびて、ユエルの涙をそっと拭った。
「辛い思いをしたね。……もし、行く場所がないのなら、ここにいてもいいよ」
「え……っ」
「獣失が起った者はね、どこにいってもきっと、同じ。だから、俺の傍にいるといい」
「で、でも」
「え、ええと、大丈夫だよ、その、下心とかはないから……!」
ふと何かに気づいたように、シュエは慌てたように言った。
ユエルは不思議に思って首を傾げる。
「した、ごころ……」
「なんでもない。そうか、君は獣神殿に幼い頃からずっといたんだよね。うん。今のは忘れて」
「は、はい」
シュエが照れているので、ユエルもよくはわからないが恥ずかしくなってしまい、俯いて小さく返事をした。
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