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獣失への差別



 人の多い通りを歩きながら、ユエルは自分に何ができるのかを考える。

 それから――住むところとは、どうやって手に入れるのだろうか、と。

 大通りは煌びやかな色彩であふれている。


 獣神殿のあまり色のない静謐な空間の中で生活していたユエルには、目に飛び込んでくる店の看板やら、花壇の花々、店を目立たせるための飾りや人々の服が、どれもこれも新鮮にうつった。少々、眩暈がするぐらいに。


「いい匂い……」


 店先のコンロで、棒に薄切り肉を重ねて巻き付けたものが焼かれている。

 白く淡白そうな肉である。鶏肉に見えた。

 ユエルは匂いに誘われるままに、店に近づいていく。

 

 恰幅のいい女性が、大きな薄切り肉を重ねた塊をそぎ切りにして、薄いトウモロコシパンに、キャベツやトマトと一緒に挟んだものを売っている。

 じっとそのようすを眺めるユエルを見て、女性は眉をひそめた。


「客かい?」


「あの、……私、獣操士をしていました、ユエルといいます」


「見れば分かるよ。その見た目だ。獣失が起こって、力を失ったんだろう?」


「はい。つい、一昨日のことです。私はもう、獣操士としては働けなくなってしまって」


「それは、お勤めご苦労様だったね」


 父から獣失が起こった者は嫌われるというようなことを聞いたばかりのユエルは、女性が言葉を返してくれることに安堵した。

 もしかしたらそれは父の勘違いで、獣神殿では空鯨の恩赦だと言われているのだから、街の人々も悪意を持つようなことはないはずだ。


「私、働く場所を探しているんです」


「働く場所?」


「はい。住む場所も、お金も失くしてしまいました。十歳のころから、十八歳の今までずっと獣操士をしていたので、あまり街のことには詳しくないのですが……でも、仕事を教えて頂ければ、できると思うんです」


「それは、まさかあたしに頼んでいるのかい?」


 女性は驚いたように目を見開いた後、とても困ったように眉を寄せた。


「悪いが、それはできない。この街にはあんたを働かせてくれる者はいないと思うよ」


「どうしてでしょうか」


「獣失が起こった獣操士は、空鯨様に見捨てられた不吉な者だ」


「……それは」


「そんな者を店や家においたら、不幸が訪れる」


 店の女性と話をしていると、いつの間にかいままで並んでいた客の姿が消えていた。

 皆、ユエルから逃げるようにして、事の成り行きをユエルと女性から離れて見ている。


 そういえば――ここに来る間歩いている時も、ユエルと道を行き交う人々の間には、奇妙な距離ができていたような気がする。

 

 ユエルに向けている視線は――哀れみ、拒絶、それから恐れだろうか。

 ようやく、気付いた。

 獣失は、人々にとっては不吉なことなのだと。


「それでは私は、どうしたらいいのでしょうか……」


「あたしに言われてもねぇ。それに獣失が起こると、働けなくなる代わりにしばらくは生活に不自由しないていどの金が、皇家から渡されるんだろう? その金で、ギムギム鳥のケバブを買っていくかい?」


「お金は、ないんです」


「嘘をつくんじゃないよ。獣操士の役割を終えたばかりってさっき言っていたじゃないか」


「ごめんなさい、色々事情があって……住むところも、お金もないんです。本当です」


 女性は疑わしそうにユエルをねめつけて、それからやれやれというように、首を振った。


「どんな事情があるかは知らないが、あたしはあんたに仕事を任せることはできないよ。ほかを当たってくれ。それに、金がないなら客じゃない。さぁ、消えておくれ。あんたがいると、客が近づいてこないんだ」


 しっしと、ひらひらと手を振られて、ユエルは追い払われた。

 冷たい拒絶に、足がすくんだ。

 ユエルは数歩後退ると、女性の店から離れた。「悪いね、こっちにも生活があるんだ」と、女性がユエルの背に向かって言った。


 悪い人じゃないのだろう。

 ただ本当に、獣失というのが――人々に、忌避されてしまうというだけで。


 それからユエルは、勇気を出して働くことができそうな店の者に話しかけてかけあおうとした。

 ある者はユエルを無視し、ある者は明らかに嫌悪の籠った表情で「消えろ!」と怒鳴った。

 そうでなければ「悪いね、できなんだ」「他を当たっておくれ」と、断られた。


 結局、働く場所も住む場所もみつからないまま、ユエルは街をとぼとぼと歩いた。

 人が多い場所では、拒絶の視線が体中に突き刺さる。

 だから足は自然に、人気のないほうへ、ないほうへと、進んでいった。


 夕闇が空に迫っている。

 茜色に染まる空に、黒スグリが飛んでいる。

 巣に戻るのだろう。黒スグリにも帰る場所があるのに、自分にはない。

 空腹と喉の渇きで、ますます情けない気持ちになった。

 両親に助けてと頼もうか。けれど、それはきっと無理だろう。ユエルが帰ったところで迷惑がられるだけだ。

 せめて一晩、眠れる場所を探そう。


 だんだん、人の姿がすくなくなっていく。賑わっていた街の中心から離れたのだろう。

 建物の数も減って、雑草が生えている小道が見えた。

 中心街から離れると、皇都にも山があり、森がある。川も流れている。


「……あまり、森に近づかない方がいいかな」


 森には、何かの動物が出るかもしれない。

 でも、あたりを見渡しても、休めそうな場所はない。

 どうすればいいだろうと途方に暮れるユエルの視界に、星の瞬きが煌めいた。


 けれどよく見るとそれは星ではなく、きらきらと光りゆらゆらと揺れる、手のひら大の不思議な光玉だった。



お読みくださりありがとうございました!

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