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さまようユエル



 ――お金がないと、生きていけない。

 家族から見放されたことも、空鯨との繋がりが失われてしまったことも悲しいけれど、獣操士として以外働いたことのないユエルは、金貨の入った袋を失ってしまったことの重大さにやっと気づいた。


「お父さん、お母さん、家に帰りたいとは望みません。だから、お金を、ほんの少しでいいから私に……!」


 扉を叩き、扉の中にいるはずの家族に話しかける。

 とんとんと、遠慮がちに。けれど、何も答えてはくれない。

 ドンドン。もう少し大きな音を立てて、叩く。


「お願いです! 住むところもお金もなければ、私はどうしていいのか……」


 沈黙が続く。どれだけ話しかけても、返事はない。

 扉の向こう側には、誰も存在していないみたいに。

 やがて小さな声が響いた。


「お姉さん、ごめんなさい……」

「ごめんね、お姉ちゃん……」


 幼い頃面倒を見た、妹たちの声だった。


「ユエルに話しかけないで! お母さんの言うことがきけないの!?」


 その声をかき消すように、母のヒステリックな叫び声が響き、ユエルはもう駄目なのだとようやく悟った。

 ほんの少しの希望を抱いていた。


 家族なのだから――助けてくれるかもしれない、と。

 けれど、八年間国の保護を受けて裕福な暮らしに慣れてしまった家族は、それを失うことが怖いのだ。

 そしてユエルを受け入れて、人々からの差別の目に晒されることも。


「……ありがとう、レナ、ルーミ」


 最後に話しかけてくれた妹たちに礼を言う。

 行く当てはない。どうすればいいのかもわからない。けれど、家の前で騒ぎ立てたところで――誰も、ユエルを救ってなどくれないだろう。


 元獣操士の自分を哀れみ、誰かが仕事に就かせてくれるかもしれない。

 エルジナも言っていた。あとは自分の力で生きなさい。自分の人生を、と。


「さようなら」


 扉に額を押し付けて、妹たちに別れを告げた。

 ユエルが二人の世話をしていたとき、レナは七歳、ルーミは五歳だった。

 二人とも、可愛かった。それにとても、可愛く育っていた。


 レナとルーミは、ユエルを見捨てていなかった。それだけのことが、今のユエルにはとても大きなことに感じられた。

 二人が声をかけてくれたことに、感謝をしなければ。


(私の稼いだ金貨が、二人の糧になるのならば、それはいいことだ)


 なくしてしまったものなら、また稼げばいい。

 お金はきっと――なんとかなる。


 仕事と住む場所を探そうと、街に出た。

 西地区の居住区から、人通りの多い活気のある方向へと足を進めていく。

 石畳の敷かれた道の中央には、デデルに乗った人が荷物を運んでいる姿がある。


 道の両脇を徒歩の人々が歩いていて、皆綺麗な服を着ている。

 空鯨の進路は南。あたたかい風がふき、空は晴れて、日差しも穏やかだ。

 行き交う人々の中で、ユエルの姿は目立った。

 白い髪を持つ者は、この国にはいない。それは獣失の証である。

 人々はユエルに哀れみと侮蔑、嫌悪の入り混じった視線を向けていた。

 けれどそうした視線に、ユエルは気づくことはなかった。

 

 獣神殿で、獣操士は大切に扱われる。

 同じ獣操士の仲間たちも、細かいことは色々あるけれど、皆空鯨との繋がりを誇りに持っていて、家族よりも家族のような関係だった。


 八年間、温室で暮らしていたようなものだ。

 だから、人々の視線に気づかずにユエルはゆっくりと街を歩き、人混みの多い方へ多い方へと進んで行った。




 

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