謝礼金と帰郷
獣操士は獣神殿から外に出ることがない。衣服は国から獣操士の神服が与えられるし、食べるものも全て用意してもらえる。
神殿の中にいる限りでは生活に困るようなことはなく、それ故にユエルの部屋にはユエルの物は何もなかった。
エルジナが荷物をまとめて持ってきてくれたけれど、布袋一つにまとめられる程度のものしかなく、その中にあるのは休日に着る服や下着類、ペンやノートぐらいだ。
「最後に、皇太子殿下からあなたの働きにねぎらいの言葉と、それから、今まで務めてくれた分の謝礼金をくださるわ。当面の生活はそれでなんとかなるはずよ。それからは、自分で何とかするしかないけれど、まずは家族の元へ帰るといいわ」
「家族……」
エルジナの言葉に、ユエルは家族の存在を久々に思い出した。
十歳で別れてから、一度も会っていない。
思い出せるのは、ユエルが獣操士になったことをとても喜んでいたことぐらいだ。
ユエルの家は、皇都のあまり裕福とは言えない地区にあった。
聖イスフィミア皇国は、空鯨の背中の上にある国だ。
国土はさほど広くない。空鯨の頭側にある皇都の他にあるのは、中央にあるオステン区と、尾の手前にあるケルコス区である。
オステン区は主に農業を行っており、ケルコス区は主に採掘を行っている。
空鯨の上は、生き物の上にいるのに、山や川や湖があるのだという。
それらはすべて空鯨が人々に与えてくれている祝福であり、水を汲まれ狩猟をされ、採掘され傷ついた空鯨を癒すのも獣操士の役割だと、ユエルはこの神殿で習った。
皇都はオステン区やケルコス区に比べると上流階級の人々が住む裕福な街だ。
けれど、裕福な者がいれば、そうでない者もいる。
ユエルの家はそうでない者だった。詳しいことは知らないけれど、ユエルの他にも姉妹が多かったことは覚えている。
ユエルは獣操士の服から、普通の服に着替えて身支度を整えた。
休日によく着ていた白いワンピースに袖を通す。
似合っていたような気がするそれも、獣失の影響で白くなってしまった髪のせいだろうか、それともユエルの気持ちが沈んでいるせいなのだろうか。
まるで獣神殿で暮らしていた獣操士の子供たちの中でまことしやかに囁かれていた怖い話にでてくる、幽鬼のように見えた。
ユエルはエルジナに促されて医務室を出ると、獣神殿から空中回廊を通り、大神殿に向かった。
空中回廊からは、白い雲と青い空が見える。
空鯨は今日もゆったりと飛んでいる。
(私は……空鯨様と共にありたかった)
獣操士であることは、十歳から獣神殿で暮らしていたユエルの誇りだった。
それまでは――どうだっただろう。
ユエルの家は貧乏で、子供たちも多く、ユエルは沢山いる子供たちのうちの一人だった。
両親は必死に働いていて、けれど生活が楽になることはなかった。
そんな暮らしであったので、両親にユエルが特別目をかけて貰えたり、話しかけてもらったり、撫でて貰えるようなことはあまりなかった。獣操の力が発現するまでは。
大神殿の空鯨の石像のある礼拝堂で、立派な身なりをした男性の前に、ユエルは立った。
皇太子ジルゼアム様──と、心の中で呟いて、深々と礼をする。
ジルゼアムの他にも、多くの神官たちがずらりと並んでいた。
「ユエル。今まで獣操士としての務め、よく果たした。ご苦労だった」
ジルゼアムがそう言うと、神官の一人がユエルに布袋を渡した。
ずっしりと重い布袋の中には、金貨が入っているようだった。
ユエルはもう一度礼をすると、神官の一人に連れられて大神殿を後にした。
そして、八年もの間離れていた家族の元へと送り届けられた。
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