ピザ窯とピザと
食事を終えると、ユエルは皿洗いをして、それから店の掃除をした。
店の掃除のあとは庭の植物に水やりをしようとしたが、それはシュエに止められた。
「ユエル、見ていて」
庭に出て、シュエが指をパチンと弾くと、畑や花壇の上だけにざあああっと雨が降った。
「わぁ、すごい」
「これは水魔法。待機中の水分を集めて水にしてるだけだから、結構簡単。初歩的な魔法だね」
「でも、空鯨の上では水は貴重ですから……雨の日に水をためて、濾過装置で濾過した分は飲み水になりますけれど、限りがありますし。湖や川もありますけど、限りある資源ですから。こうして水を自由に使えるというのは、すごいことです」
「俺は俺のためにしか使っていないけど」
「それはシュエさんの力ですから、当たり前です」
「皆のために役立てろって話にはならない?」
「皆のために頑張ったら、シュエさんは疲れてしまうと思うので、今のままでいいんじゃないかと思います」
シュエの質問は難しい。
例えばユエルのように毎日皆のために魔力を使い続ければ、シュエもユエルと同じように魔力枯渇が起こる可能性がある。
シュエの力はシュエだけのものなのだから、皆のために使う必要はない、とも思う。
たまたま魔法の力を持って生まれただけなのだから、そのたまたまで、誰かのために生きる必要はない。
「君は優しいね。勿体無いとか、役に立てとか、傲慢だとか、よく言われてきたから」
「シュエさんは優しい人だと思います。私、よくわかりませんけれど、優しいから人の気持ち、向けられると疲れるのかなと、思います」
「俺は冷たいと思うけど」
「本当に冷たい人は、疲れたりしないんじゃないかって」
ユエルはそう喫茶パライナの庭をゆっくりと散歩して回った。
畑には青々としたナスやトマト、カボチャなどがなっている。
もう収穫した方がよさそうなものもあれば、花が咲き始めたばかりのものもある。
「シュエさん、草むしりしますか? それともお野菜をとりますか? 何かできることがあれば、なんでも言ってください」
「そうだね。それじゃあ、俺のことが君にバレてしまった記念に、一緒に外でピザでも作ろうか」
「ピザ?」
「知らない? 窯で焼くんだよ」
「ピザ、かま」
庭には白いテーブルと椅子、それからレンガを重ねて作った窯が置かれている。
「これは、ピザ窯。少し工夫すると、燻製も作れるよ」
「くんせい」
「そう。木のチップで、食材を燻して、香り付けすることだね。チーズなんか、燻製にすると結構美味しい」
「シュエさんは物知りですね。ピザと、燻製は、お客様のために?」
「ユエルと俺のため」
「お客様は……」
「来たり、来なかったり。待ち構えたりはしないし、来たら相手をするけど、来ない日もあるから」
「そうなんですね。でも、来るかもしれません」
「そうだね」
「楽しみです。頑張ります」
「君は、前向きだね」
シュエはそう言うと、ユエルの頭をポンポン撫でた。
「今日は、トマトとマッシュルームとバジルを乗せようかな。トマトとマッシュルームとバジル。これは、地上にもあるものだね。探索隊が持ち帰ってきて、種子や胞子で増やしたもの。空鯨の特産品とは少し違う」
「地上には、たくさんの食べられるものがあるのですか?」
「少なくとも空鯨の上よりは多いかな」
「そうなんですね」
「ユエル、トマトを収穫しておいてくれる? カゴに入れて、川の水で洗って。川の水も飲めるぐらいに綺麗だから、大丈夫」
「はい」
シュエが材料をとりに家に戻る間、ユエルは言われた通り、テーブルの上に重なっているカゴの一つを手に取って、鋏を持つと、トマトの収穫に向かった。
赤々としたトマトの茎を、チョキンと切ってカゴに入れる。
二人で食べる分なので、三つもあれば足りるだろうかと考えながら収穫すると、庭の奥に流れている小川でトマトを洗った。
小川の水はひんやりしていて冷たい。
魚が泳いでいるのをはっきりとみることができるぐらいに透き通っていた。
「私たちは、どうして空鯨の上に住んでいるのだろうか」
ユエルは小さな声でつぶやいた。
今まで考えたこともなかったけれど、思えば、不思議だ。
地上は危険な場所で、空鯨の上は安全である。
そう信じてきたけれど、シュエが昔所属していた地上探索隊は今でもあって、地上に降りているのだ。
空の上よりも地上の方が、広くて便利で住みやすいのではないか。
「そんなことは、ないか。空鯨様の上に住む方が、幸せに決まっている」
そう教えられてきたのだから、そうなのだろう。
ユエルはカゴを持って、シュエの元へ戻った。
地上に降りたことなどユエルは一度もない。
危険な場所なのだとしたら、空鯨の上にうまれることができたユエルは、それだけで幸せだろう。
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