シュエラウルとジルゼアム
腹違いの弟の顔を見たのは、久しぶりだった。
シュエ──シュエラウル・イスフィミアが、シュエとしてこの街の片隅に居を構えて喫茶店を開いてから、一度だけジルゼアムはシュエのもとを訪れていた。
城からいなくなったシュエを探し出して、居場所を突き止めたのはさすがは弟、というべきだろうか。
長年ともに暮らし育ったからか、ジルゼアムはシュエの行動をよくわかっている。
「ジルゼアム、久しぶりだね。何か用?」
「兄上。城にお戻りください」
「嫌だよ」
いつもながら頭の硬い弟だと思いながら、シュエは肩をすくめた。
そもそも、シュエは側妃の子供である。ジルゼアムよりも先に生まれたとはいえ、皇位継承権があるのはジルゼアムだ。今更城に帰ったところで、いらない争いをうむだけだろう。
「そう言われるとは思っていました。以前から何度も言っていますが、おかしいではないですか。私は王妃の子だというだけで、魔法が使えるわけでもありません。凡庸な、ただの人です」
「ただの人が、優れていないなど誰が決めた? 魔法が使えることが優れていると思うのは、大きな間違いだよ。魔法はただ、暮らしを便利にするだけの道具にすぎない。別に、魔法がなくても生きていけるだろう。空鯨は全てを俺たちに与えてくれるのだから」
「それは、魔法が使えるからそのように言えるのです。傲慢というものです」
「そうかもしれないね」
「……兄上は、どうしてこのようなところで隠居をしているのです。兄上が望むのならば、王の座など兄上に譲りましょう。王になどなりたくないとしても、兄上の力は皆の役に立つでしょう。……探索隊の者たちも、兄上の帰還を待ち望んでいます」
「俺はもう、地上に降りることはしないよ。ここにいるのが好きなんだ」
「自分のためだけに、類い稀ない才能を使うのですか?」
「そうだよ」
「それが王族に生まれたものの言葉ですか」
ジルゼアムは不快そうに眉を寄せた。
シュエは深く息をつく。ジルゼアムの言うことはもっともだ。それをシュエはよく、理解している。
けれど、今更城に戻りたくもない。探索隊として、地上に降りて資源を得ようとも思わない。
このままここで、一人静かに暮らしていければそれでいいと思っていた。
今は、ユエルと二人。ユエルを守りながら、ここで穏やかな時間を過ごしたいのだ。
「お前だから、ここに通しているが、これ以上うるさく言うのなら二度と俺の元に来れないようにしておくよ。ジルゼアム、王はお前だ。俺はこの国に、必要以上に関わる気はない」
「皆が、シュエラウル兄上の方が優秀だったと、噂しています。私はお飾りの王だと」
「そんな馬鹿どもの言葉は聞かなければいい。ジルゼアム、お前は優秀だ。俺はただ、魔法が少し使える。それだけだよ」
「兄上……!」
「ジルゼアム、もう夜だけれど、珈琲でも飲んでいく? 結構美味しく淹れられるようになったんだ。暇つぶしで始めた喫茶店だけれど、案外向いているのかもしれない」
「ふざけないでください!」
また来ますと、怒りを露わにジルゼアムは言って、静かな夜道を帰って行った。
ジルゼアムの周囲を、道標をするように、光玉たちがふわふわと追いかけ、追い越し、まとわりついていく。
シュエは額に手を当てると、はぁ、と、息を吐き出した。
「……また喧嘩になってしまったな」
ジルゼアムと話していると、だいたいこうなってしまう。
幼い頃からそうだった。ジルゼアムはシュエの方が優れているといい、魔法を使えるシュエを尊敬の眼差しで見つめていた。
シュエは自分の立場をよくわかっていた。
王の権力を削ぐために、シュエを利用しようとする大人たちがいたことも。
ジルゼアムの居場所を奪いたくなどなかった。揉め事も、嫌いだ。
居場所を探すようにして、魔法を活かすことのできる地上に降りる探索隊となり、しばらくは隊長なども務めていた。
けれど、それも嫌になり、今だ。
「人の感情は、疲れる」
昔から、軋轢の中に巻き込まれやすいのだと、自覚していた。
シュエは家に入ると、天井を見上げる。
二階は静かだ。ユエルは眠っているようだ。年甲斐もなく、兄弟喧嘩をしているところを見られずにすんでよかったと、安堵の息をついた。
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