朝と戸惑いと彼シャツ
深い湖の底からゆっくりと浮上するような、優しく心地のよい目覚めだった。
ユエルはカーテンの隙間から差し込む朝の光の眩しさに、目を細める。
今日も空鯨の背の上から眺める空は、よく晴れている。
ふかふかのベッドと、窓際にある星みたいな形をした葉の鉢植えのスターツリー。大きな葉に穴の空いたホールツリー。
大きなベッドのシーツは白い。ベッドサイドには火石ランプ。
大きなクローゼットと、文机にガラスペン。棚に入っている本は、植物図鑑と、魔法辞典、動物図鑑や、童話の類。
綺麗に整えられた部屋だ。ベッドからは、爽やかな柑橘類の香りがする。
「私……っ」
がばっと、ユエルは起き上がった。
昨日のことが思い出されて、意味もなくきょろきょろと辺りを見渡した。
風呂の湯が、とても気持ちよくて、この世にこんなに気持ちいいことがあったのかと感動するぐらいに気持ちよくて、寝てしまいそうと思ったところまでは覚えている。
ユエルは自分の体を見下ろした。
大きい白いシャツを羽織っている。白いシャツは、ユエルの膝までをワンピースのように隠していた。
だぼだぼの袖から手を出して、寝起きのせいか少し捲れたシャツを引っ張る。
恐る恐る胸の部分を引っ張って確認する。下着は着ていない。
それはそうだ、ユエルの服は昨日脱いだ。洗濯をすると、シュエは言っていた。
このシャツがシュエのものだとして、女性ものの下着など、シュエは持っていないだろう。
「シュエさん、シュエさん!」
獣神殿で長年真面目に務めていたユエルは、寝起きがとてもいい。
ベッドから降りると裸足のまま、部屋の扉を開いて勢いよく廊下に出ると、シュエの名前を呼んだ。
「シュエさん!」
「あぁ、ユエル。おはよう」
のんびりとした声が、どこからか聞こえる。
声のする方にぱたぱた掛けていく。リビングルームと思しき、暖炉やテーブルがある部屋の大きめの布ばりのソファから、シュエの長い足が突き出ている。
「シュエさん!」
「ふふ……そんなに大きな声が出るんだね、ユエル。とても元気そうで、いいね」
眠そうに欠伸をしながら起き上がったシュエが、部屋に駆け込んできたユエルの姿を眺めながら言った。
欠伸をして目尻に滲んだ涙をごしごしと拭う。
癖のある黒い髪が、さらに癖がついて縦横無尽に跳ねている。
黒いざっくりと首の開いた服に、黒い柔らかそうな布で作られたトラウザーズ。昨日と同じ飾り気はないけれど着心地のよさそうな服を着ている。
「おはよう、ユエル」
「おはようございます、シュエさん」
シュエがもう一度挨拶をしてくれるので、ユエルは深々と頭を下げた。
夢ではなかった。シュエに出会い、助けられたこと。風呂に入ったことも。
そして──。
「私、もしかして、お風呂で寝てしまったのですか……?」
「あっ、そう、そうなんだよ。注意をするのをすっかり忘れていた。ごめんね。ユエル、風呂は気持ちいいけれど、中で寝てはいけないよ。場合によっては、溺れて死んでしまうからね」
「ご、ごめんなさい! 私、もしかしてシュエさんに助けてもらったのですか?」
「こちらこそ、ごめん。あまりにも出てこないから様子を見に行ったら、中で寝ていたから……のぼせていないことを確認して、ベッドに寝かせたよ」
「体、びしょびしょではなかったですか? それに、お洋服も」
「魔法で乾かして、洋服は、俺の服を着せたんだけど、そんなものしかなかった。寒くなかったかな、大丈夫だった?」
「寒くはなくて、大丈夫ですけれど、……粗末なものをお見せしてしまいまして、すみませんでした」
シュエに裸体を見られたという羞恥心よりも、迷惑をかけてしまったという申し訳なさの方が勝った。
頭を抱えながら謝罪をするユエルの前まで起き上がって歩いてくると、シュエはユエルの体を軽々と抱き上げた。
「できるだけ見ないようにしたからね、だから、安心できないとは思うけれど安心して欲しい。それから、裸足で歩いたら足を痛めてしまうよ。ルームシューズ、部屋に置いてなかった? とりあえず朝食にしようか、ユエル。謝るべきは俺で、君は少しも悪くないよ」
シュエは困ったようにそういうと、「君は、その、なんていうか、粗末なんかじゃないからね」と、小さな声で言った。
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