シュエの提案
シュエは、ここにいていいと言った。
それはユエルにとってはありがたい申し出だった。けれど、その言葉に甘えてしまっていいのだろうか。
(こんなに優しくしてもらって、シュエさんはいい人だ。けれど、迷惑をかけるのは、いけない)
そうは思えど、では外の暗闇の中、再び一人きりで彷徨うのか、そして誰も彼もから拒絶をされて行き場もない、人として暮らせないような生活をするのかと自問自答して──ユエルにはシュエのその甘い誘いを拒絶することは、とてもできそうになかった。
「……シュエさん。私は、シュエさんに甘えてしまいたいと思っています」
「いいよ、どうぞ。撫でてあげよう」
「そ、そうではなくて」
カルボナーラをすっかり食べ終わった後の皿を見つめているユエルの頭に、シュエの手が伸びる。
よしよしと頭を撫でられて、ユエルは恐縮して小柄な体をさらに小さくした。
「シュエさん、酔っていますか」
「うん? そうだね、赤ワイン美味しいよ。オステン区のグエルさんが作ったルージュブドウのワイン。これは去年仕込んだやつだね。ユエルも飲む?」
「いえ、私は」
「獣操士はお酒も飲んではいけないからね。その魔力を、命を削って空鯨に分け与えるのだから……その体も、清らかでなくてはいけない。食べるものも、制限されているし、獣神殿からは出ることもできない」
「詳しいですね」
「ちょっとね。色々あって」
色々とは、なんだろうか。
やはりシュエは神殿や獣操士と繋がりのある人なのだろう。
魔導師というのは、獣操士とはまた違う、魔法を使用することのできる特別な存在である。
獣操士は稀有な存在だけれど、それ以外にもこの国には魔力持ちと、魔力なしと、二種類の人間がいる。
魔力持ちもまた貴重な存在である。とはいえ、獣操士のように必ず国のために働かなくてはいけない、というわけではない。
魔力があることを隠して生活するものもいえば、生活に役立てるものもいたり、シュエのように魔法を専門的に扱う職業である魔導師と名乗るものもいる。
魔力の有無は血筋に関係している場合もあれば、突然強い魔力を持った子供が生まれてくる場合もある。
それもまた空鯨の恩寵と呼ばれていて、魔力を持っている人々は、空鯨から魔力を分けてもらったと言われる。
「ねぇ、ユエル。俺は一人で、家族もいない。暇だからね、こうして喫茶店なんてものを開いているけれど、お客さんもそんなにいない」
「そうなんですね」
「食べ物は、野菜は育てたり、野草やキノコは森や山で採ったり。果物も取りに行ったり、魚は釣ってる。飲み水や風呂は、魔法があるから困らないし、火も、魔法があるから困らない。贅沢もしないし、細々と生きてる」
「はい……」
「だから、俺一人の暮らしにユエルが増えても、そんなに困るようなことはないんだよ。お金にも、困っていないし」
「でも、迷惑をかけられないという気持ちと、甘えてしまいたいとい気持ちが、私の中に二つあって、とても悩んでいます」
ユエルは、自分の気持ちをそっくりシュエに伝えた。
シュエはくすくす笑って、「君は正直だね」と言った。
「迷惑なんてことはないよ。でも、そうだね。それじゃあユエル、君はここで働いて? 客はあまりこないけど、それでもたまに忙しい時もあるし。野菜に水をあげたり、釣りをしたり買い物をしたり、皿を洗ったり料理を運んだり、結構大変だよ」
「働かせてくれるのですか?」
「本当は働かなくても、ここにいていいんだけどね。それじゃあユエルは気にしてしまうだろうから」
「ありがとうございます、シュエさん!」
ユエルはソファ席から立ち上がると、深々と頭を下げた。
長い髪が肩からサラリと落ちる。
「働くのなら、髪が邪魔ですね。切ります」
「えっ、いいよ、切らなくて。綺麗な髪だよ?」
「白くて、パサパサです」
「そんなことはないけれど。そうだね、それじゃあ少し切ろうか。邪魔じゃない程度にね。それから、君の服を準備して、部屋と、必要なものも。明日買いに行こう」
「ありがとうございます。この御恩は、からなず働いて返します。一生懸命頑張ります!」
「そんなに気合を入れなくても。もっと、ゆるっと生きよう? 俺の座右の銘は、疲れない、だからね」
シュエはそう言って、にこにこ笑った。
そうして、ユエルはこの日から、喫茶パライナでの生活をはじめることとなった。
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