建国祭 2
「行きたいんだろう?」
「どうして分かったの?」
「声と表情で分かったよ。ティアナは分かりやすいから」
「…………」
そんなに分かりやすかっただろうかと恥ずかしくなりつつ、行ってみたいのは事実だった。
「でも、私達が一緒に行くなんて迷惑じゃないかしら?」
皇帝や皇妃である私達が参加しては、みんな気を遣って心から楽しめないはず。
そう話すと、フェリクスは「大丈夫」と微笑んだ。
「ただの一市民として参加すればいい。俺もよく、そうして市街を見て回っていたから」
「そうなの? あなたが?」
フェリクスはこれまで定期的に平民の格好をして、少数の護衛と共にあちこちを見て回っていたという。バイロンは危険だと言って、常に反対していたらしいけれど。
「立場や扱いは変わってしまうだろうけど、ティアナがそれでも構わないのなら問題ないよ」
「むしろ嬉しいし、ぜひ行きたいわ!」
つい前のめりになって大きな声を出してしまい、フェリクスにくすりと笑われる。
けれどずっと憧れていたことが叶いそうで、心が弾む。
「良かった。最終日に二人で回れるよう手配しておく」
「ありがとう、フェリクス」
最近もずっと忙しいだろうに、フェリクスはそんな素振りは一切見せず、気遣ってくれる。私ももっと彼のためにできることをしていきたいと、心から思う。
「デート、楽しみにしてる」
「で……」
「デートだよね?」
これまで縁のなかった慣れない言葉に、動揺してしまう。
呪いを解くことを最優先にしてきたため、フェリクスと夫婦になり、それから両思いになっても二人でどこかへプライベートで出かけるということは一度もしていなかった。
立場を考えれば仕方のないことだし、疑問を抱くことはなかったものの、普通に考えると少し寂しい関係だったかもしれない。
そして『想い合う二人が一緒に出かけるのはデート』だと、前世の侍女たちがいつも言っていたことを思い出す。
「そうね、デートよね。私、初めてだわ」
「良かった。俺もだよ」
全てがスマートで余裕に溢れたフェリクスも、私──エルセが初恋で何もかも初めてだと思うと嬉しく感じてしまう。
そんな気持ちになるたび、フェリクスのことが男性として本当に好きなのだと実感する。
「……好きよ、本当に。すごく好き」
バルトルト墳墓で危険な状況に陥った際、こうして穏やかに一緒にいられる時間は当たり前ではないのだと改めて思い知った。
(伝えられるうちに、何でも伝えていきたい)
とはいえ、突然の告白にフェリクスは驚いた様子で。
冷静になると恥ずかしくなってきて、再びお祭りの話題を振ろうとしたところ、フェリクスは私が掴んでいない方の手で自身の口元を覆った。
「……ありがとう。俺もティアナが好きで仕方ないよ」
隠れていない頬のあたりは赤く、噛み締めるように何度も「嬉しい」と繰り返す姿が愛おしくて、胸が高鳴る。
かわいいと口元が緩んだのも束の間、フェリクスは二つの碧眼をこちらへ向けた。
「これからもティアナの初めては、全部俺がもらうから」
「ぜ、全部……?」
「ああ。あますことなく、全部」
彼が何のことを言っているのかは、流石に分かる。どう返事をしてよいものか動揺し悩んでいると、フェリクスは突然立ち上がり、私の身体を軽々と抱き上げた。
「ひゃっ……!?」
突然のことに戸惑う私を他所に、そのままベッドへと向かっていく。そしてベッドに降ろされた私をそっと押し倒すと、フェリクスは綺麗に口角を上げた。
毎日のように顔を合わせていても、フェリクスは直視できないくらいに美しい。
「…………っ」
ごくりと息を呑んだのも束の間、唇が重なる。
フェリクスも私が初めてだとは思えないくらい、自然で上手で、未だに呼吸すら上手くできない私とは大違いだった。
(ま、まさか「全部をもらう」って、今なの……!?)
確かに以前言った「全ての呪いを解いたら」は達成しているけれど、心の準備だとか色々なものがまだできていない。
頭の中がパンクしかけて、私は両手でぐっとフェリクスの胸元を押した。
「ま、待って」
「何を?」
「そ、それは……その……」
笑顔のフェリクスは、絶対に分かっていて聞いている。
意地が悪いと目で訴えかけると、やがてフェリクスはふっと笑った。
「ごめんね、大丈夫。何もしないよ。今日は」
今日「は」を強調したフェリクスは、動揺する私の目元に軽くキスを落とす。
「たまにはただ一緒に眠りたいなと思って。夫婦なんだからこれくらいはいいよね?」
勘違いしてしまった自分が恥ずかしくなったものの、今の会話の流れでは仕方ないと思う。
限界を超えた私は足元にあった布団を被ると、フェリクスに背を向けた。
「さ、さっさと寝ましょう! おやすみ!」
「ははっ、かわいい。ティアナのこんな姿、俺しか見られないと思うと嬉しいな」
ぎゅっと布団越しに抱きしめられ、小さく縮こまる。
そうして目を閉じたものの、夫婦としてこの状況もどうなのかと思ってしまった。
フェリクスは私に合わせてくれているだけで、普通の思い合う夫婦ならもっとスキンシップだってするはず。
「……次はもう少し頑張るから、嫌いにならないでね」
少し不安になって布団から少し顔を出してそう声を掛けると、フェリクスは小さく笑う。
「ありがとう。俺はティアナのそういう素直でかわいいところが好きだよ」
もう一度目元にキスを落とし、フェリクスは灯りを消す。
布団越しに温かな温もりを感じながら、もう少し大人の女性を目指そうと誓ったのだった。