最後の呪い 2
それから一ヶ月後、私達四人はバルトルト墳墓へやってきていた。
フェリクスが多忙でなかなか予定がつかず、当初は私達三人と騎士団と魔法師団で向かおうとしたものの、フェリクスが「絶対に行く」と言ってきかず、今日に至る。
「かなり強い呪いだわ……」
「はい。呪いの元が二つあるくらいですし、これまでで一番かもしれません」
敷地内には赤の洞窟以上の、呼吸さえ躊躇うような濃い瘴気が充満していた。
ここまで騎士団も同行していたけれど、この地を覆う結界を全員で通り抜けられないこと、この瘴気に耐えうる結界を張りながら戦えるのはルフィノと私達くらいであることにより、少し離れた場所で待機してもらっている。
ルフィノが全員分の結界を張ってくれ、四人で石垣に囲まれた敷地内へと足を踏み入れた。
「……本当に、昔とは変わってしまったのね」
中へ入ってすぐ、口からはそんな言葉がついて出た。
以前は初代皇妃様が愛したという花々に囲まれた、とても美しい場所だった。けれど今では全ての草花は枯れ果て、神聖な大聖堂も廃墟のようになってしまっている。
例え「呪い」を解いたとしても、元に戻るまでにはかなりの時間がかかるだろう。
「あの場所は?」
教会から少し離れた場所には、十七年前にはなかった小さな墓地のようなものがあった。
「……僕が以前、作った墓地です。墓地と呼べるほどのものではないのですが」
呪いを受けた当時もこの場所には大勢の人々が訪れていて、多くの命が奪われたと聞く。
瘴気が立ち込めていて彼以外は立ち入れない以上、十分に死者を弔えるはずもない。
ひどく胸が痛みながらも足を止めると、イザベラと共に短い祈りを捧げた。
「では、俺とティアナは大聖堂の方へ向かいます」
「僕とイザベラ様は教会へ向かいますね。お気を付けて」
「あなたたちも気を付けて、絶対に無理はしないで」
「はーい」
ルフィノとイザベラと別れ、フェリクスと共に敷地内の中央にある大聖堂へと向かう。
先日の二人の調査によると、呪いの元である小箱は教会と大聖堂の祭壇の上にあったそうだ。
「俺の側を離れないように」
「ええ、ありがとう」
やがてイザベラ達の姿が見えなくなったことを確認した私は、首元に付けている通信用の魔道具へと声をかけた。
「イザベラ、聞こえる?」
《はい、ばっちり聞こえます! 小箱の前に到着して、解呪の準備ができたら連絡します》
「ありがとう、私もそうするわ」
無事に魔道具が使えることを確認した後は、フェリクスと共に教会へ向かったのだった。
大聖堂まで魔物がそれなりにいたものの、フェリクスと協力し、難なく進むことができた。
「魔物が少ないのが気がかりだな」
「ええ、あまりにもここまで順調すぎて不安ね」
四箇所の「呪い」を解いたことで私の魔力は現在、70パーセントほど回復している。
つまりバルトルト墳墓だけで三割も私の魔力を使用している以上、かなり強い呪いが存在しているはずなのに、どう考えてもおかしい。
ベルタ村では魔物が少ない理由があったけれど、ここにも何か原因があるはず。それが良い方向であれば良いものの、先程からずっと胸騒ぎがしていて落ち着かない。
(驚くほど静かだわ)
小箱が置かれている祭壇の向こう──大聖堂の最奥には、豪華な扉がある。
あの扉の奥に、初代皇帝が眠っていると言われていた。
「……これが呪いの元ね」
小箱の前に立ち、強い瘴気に息を呑む。
やはり呪い自体はこれまでの呪われた地の中でも、最も強い。敷地内にこんなものが二つもあるのだから、この場所の瘴気の濃さにも納得がいく。
それでも今の私は魔力量も十分にあるし、問題ないはず。イザベラだって、かなりの力を持つ素晴らしい聖女だった。
「無理はしないで。何かあればすぐにこの場所を出るから」
フェリクスも察しているようで、声をかけてくれる。
私は「大丈夫よ」と笑顔を返すと、その場に解呪用の魔法陣を描き始めた。今回のインクは特別なもので、安全に私の血を抜いた上で聖水と混ぜたものだ。
これまでのものより格段に魔力が伝わりやすく、効率が良くなる。ルフィノと魔法塔の人々が急ぎ開発してくれて、感謝してもしきれない。
ベルタ村の時とは違い時間もあるため、丁寧に細かく描いていく。無事に描き終えた後は、魔道具に声をかけた。
「イザベラ、こっちは準備を終えたわ」
《私ももうすぐです》
イザベラとルフィノも無事に教会内で準備を進めているらしく、どうかこのまま順調に終えられますようにと、固く両手を握った。
《ティアナ様、準備が終わりました! いつでも行けます》
「ありがとう。では始めましょうか」
《はい》
イザベラの返事を受け、魔法陣の中心にロッドを立てる。
ひとつ深呼吸をして集中し、一気に魔力を注ぎ込んだ。
(……本当にかなり強い呪いね)
流していく魔力を通して、びりびりと呪いが跳ね返ってくるのを感じる。一瞬でも気を緩めてしまえば、こちらが飲み込まれてしまうだろう。
《少しずつですが、確実に解呪はできています。やっぱり二箇所同時に行うことが必要だったみたいですね》
「良かったわ。この調子でいきましょう」
《はい!》
イザベラの方も順調のようで、ほっとする。
私も時間がかかりそうではあるものの、このままいけば問題なく解呪できるはず。いくら強い呪いだとしても、私達がすべきことは変わらない。
「…………っ」
やがて身体の節々が痛み、息が苦しくなっていく。
視界の端では、フェリクスが唇を真横に引き結んでいるのが見えた。その悲痛な表情からは私への心配や、解呪に関して何もできない悔しさもどかしさが滲み出ている。
(無事に終わらせて「意外と平気だったわ」くらい言って笑ってみせないと)
そうして再び集中し、あと半分程度で終えられると思った時だった。
《ティアナ様!》
魔道具からイザベラの緊迫した声が聞こえてきて、はっと顔を上げる。
「どうかした?」
《いきなり教会の周りから、死体が襲ってきて──》
「──え」