幕間 とある聖女のひとりごと
「──は? ティアナが一人であの呪いを解いてみせた?」
「はい。夜会に参加した者が確認したそうです。あのブローチを贈ったシューリス侯爵家の娘も無事だったとか……」
夜中に叩き起こされ、一晩中呪いに苦しむシルヴィア様に聖魔法での治療をしていると、副神殿長がシルヴィア様のもとへやってきた。
いつも大事なことは何も教えられず、今だってもう魔力と体力の限界で意識を保つのがやっとな私には、何の話なのかはよく分からない。
けれどきっと、またシルヴィア様がティアナを罠に嵌めようとしたのだろう。
報告を受けたシルヴィア様の顔はみるみるうちに怒りに染まり、私を突き飛ばしてベッドから起き上がると、副神殿長を怒鳴りつけた。
「嘘を吐くな! そんなわけないじゃない! まともに魔法の使い方すら教えられていないあのティアナが、どうしてあれほど複雑な呪いを解けるのよ!」
「わ、私にもそれは分かりかねます……」
「この役立たず! 消えろ!」
苛立ちを隠しきれないシルヴィア様はベッドの近くにあった香炉を副神殿長へ投げつけ、副神殿長は逃げるように部屋を後にした。
「ぐっ……う、あ……痛い、痛いっ、うあああ……!」
直後、シルヴィア様は大声を出して無理に動いたせいか、身体を掻きむしって苦しみ出す。
今では真っ白だった素肌の七割ほどが呪い返しによって蛇のような漆黒の痣で染まり、シルヴィア様は常に痛みや苦しみに耐え続けている。
これほど強く禍々しい呪い返しである以上、元の呪いは相当なもののはず。
そして私のもとにも、帝国の呪いが既に数カ所解かれたという話は耳に入っていた。
(きっと、帝国の呪いは──……)
私だけでなく今のシルヴィア様を知る人間なら、誰もが察していることでも、絶対に口にすることはない。余計なことを言って、惨たらしく殺された者も大勢いるのだから。
「エイダ! もっと治療をしなさいよ!」
「も、申し訳ありません……ですがもう、魔力が……」
シルヴィア様は私を怒鳴りつけ、いつかティアナにしていたように私の髪を掴んだ。
痛くて辛くて、視界がぼやけていく。起きている間、魔力がある間はずっとこうして限界まで治療をしているというのに、これ以上どうすればいいというのだろう。
(もう、消えてしまいたい)
シルヴィア様はもうとっくにおかしくなっていて、明らかな犯罪行為だって数えきれないくらいしているというのに、誰も咎めることはできずにいる。
国王陛下もシルヴィア様と共犯で、もう神殿の外部の誰かに訴えたところで無駄だということも察していた。
聖女仲間のサンドラもこの地獄のような生活に限界がきて、一度神殿から逃げ出したもののすぐに連れ戻され、酷い罰を受けた。
シルヴィア様の治療ができる聖女でなければ、間違いなく殺されていただろう。
「……う」
やがて限界がきて意識を失いかけた私の身体をシルヴィア様は、床に放り投げる。
もう何が痛いのか分からなくて、ただ目からは涙がこぼれ落ちていく。
「ああああああっ、痛い、いたい……いやああああ!」
今もなお苦しみ続けるシルヴィア様の叫び声を聞きながら、床を這いつくばるようにして部屋を後にする。
今もなお意識が飛びそうなくらい辛いけれど、一秒でも早くこの場所から──シルヴィア様の元から逃げたかった。
「……ティアナ、必ず、殺してやる……うぐっ、あああ!」
部屋を出てバタンと扉を閉めても、シルヴィア様の絶叫が聞こえてきて、私は床にへたり込んだまま両耳を塞いだ。
「……うう……ひっく……」
もう、どうしたらいいのか分からなかった。どうしてこうなってしまったのかも、分からない。
けれどひとつだけ分かるのは、ティアナがいなくなってから全てが変わってしまった、ということだけ。
そして彼女にしていたことがどれほど酷いことだったのかも、今更になって理解していた。
他者から向けられる悪意や暴力を自身に向けられてようやく初めて気付くなんて、どうしようもない。もしかすると、これはその罰なのではないかとすら思っている。
「……ごめ、なさ……だれか、……たすけて……っ」
掠れた声で紡いだ謝罪も救いを乞う言葉も、誰の耳にも届くことなく、シルヴィア様の叫びにかき消されていった。