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甘すぎる変化 2


 けれど力の差は歴然で、それは叶わない。


「ごめんね、つい。もう言わないから逃げようとしないで」


 その声があまりにも切実なもので、私は抵抗をやめると、大人しく彼の腕の中に収まった。


「ティアナが俺のことを好きだと思うと、欲が止まらなくなるんだ。呪いを全て解くまでは、あまり浮かれないようにするつもりだったのに」


 フェリクスもやはり同じことを気にしていたらしく、もう一度謝罪の言葉を紡いだ。


 このままでは私が嫌がっていると思われそうで、照れを抑えつけた私は自身の身体に回されたフェリクスの腕に手を重ねた。


「ごめんなさい、もちろん嫌なわけじゃないの。ただ恥ずかしいだけで」

「それなら良かった」

「私もフェリクスとちゃんとその、進みたいと思っているわ」


 私の気持ちが伝わったのか、安堵した様子を見せたフェリクスは小さく微笑む。


「全ての呪いを解いて解決したら、ダリナ塔からもう一度全てをやり直してもいいだろうか」


 結婚式の日にフェリクスと二人で訪れたダリナ塔は、代々皇帝と皇妃が夫婦の誓いを立てる場所だった。


 最上階には石碑があり、誓いを立てて魔力を注ぐと、強い効力のある制約魔法が成立する。


 一度誓いを立ててしまうと、もう二度と相手以外とは結婚できなくなるという。


『何もしなくていいよ』

『いずれ全ての呪いを解き国が安定した後も俺と一緒にいたいと思ってくれた時には、またこの場所へティアナと共に来られたら嬉しい』


 フェリクスは私の気持ちを優先し、そう言ってくれたことを思い出す。


 もちろん今はフェリクスのことが心から好きで、形だけのものではなく本当の夫婦としてこの先も一緒に生きていきたいと思っている。


 本当なら今すぐにだって、ダリナ塔で誓いを立ててもいいくらいだった。


「ええ、もちろん。私もそうしたいわ」


 だからこそ深く何度も頷くと、フェリクスはほっとしたように微笑む。


(そのためにも必ず、残りの呪いを解かないと)


 改めて気合を入れていると、フェリクスに名前を呼ばれた。


 そうして顔を上げ、やけにフェリクスの美しい顔が目の前にあると思った時にはもう唇が重なっていて、目を見開く。


「…………っ」


 不意打ちのキスに戸惑い、解放されると同時に両手で口元を覆う。


 心底動揺する私とは違って、フェリクスは眩しい笑みを浮かべていた。


「な、なんで……今、無事に呪いを解いたらって」

「ああ、ティアナはそう思っていたんだ」


 余裕たっぷりのフェリクスは、口元を覆う私の手をそっと剥がしていく。そして右手で私の頬に触れ、親指の指先で唇をなぞった。


「俺は夫婦としてちゃんとやり直したいという意味であって、これからもティアナには触れたいし、恋人としての付き合いはしたいと思ってる」

「恋人としての付き合い?」

「そう。塔に行くまではちゃんとその範囲に留めるから、安心して」

「…………?」


 言葉の意味が分からず、首を傾げる。安心するというのは何のことだろうと思っていると、フェリクスは困ったように眉尻を下げた。


「俺が言っている意味、分かる?」

「ごめんなさい、全然分からなくて」

「俺はいずれティアナとの子どもだって欲しいと思ってるんだけど、どう?」

「え」


 そう言われてしばらくして、ようやくフェリクスが何を言わんとしているのかを察した。


 火が噴き出るのではないかというくらい、顔が熱い。すぐに思い至らず、フェリクスにはっきり言わせてしまったことが余計に恥ずかしい。


(普通に考えれば分かることじゃない! あああもう、穴があったら入りたいわ)


 これまでフェリクスとは白い結婚を約束していたため、彼との関係においてそこまで想像したことが一度もなかったのが原因だろう。


 とはいえ、まだ両想いになったばかりだし、私は前世も今世も恋愛や結婚から縁遠かったのだから、仕方ない──ということにしてほしい。


「昔はエルセが大人の女性に見えたんだけど、俺が幼なすぎたのかな」

「……返す言葉もないわ」


 精神年齢ではずっと私の方が上のはずなのに、よほどフェリクスの方が大人だった。


 あの頃だって最年少で大聖女という地位に就いて、周りから舐められないように必死に背伸びをしていただけ。


 ルフィノ辺りはきっと、中身が伴っていないことにも気付いていたはず。


「それで、ティアナの返事は?」


 顔を両手で覆った私を後ろから抱きしめたまま、フェリクスは子どもをあやすような、優しい声音で問いかけてくる。


 結局、答えなんて最初から決まっている。ただ、恥ずかしいだけで。


「わ、分かったわ。そうしましょう! 私だってそう思ってはいるもの」

「ありがとう、嬉しいよ」


 やけになったような言い方になってしまったものの、私だって前世も今世も愛する人と結ばれて子どもを授かって幸せに暮らす、なんて夢を何度も描いていたのだから。


 何よりフェリクスが心から嬉しそうに笑っていて、彼の望みは叶えたいと思ってしまう。


「それまでにちゃんと心の準備はしておいて。俺はティアナの全てが欲しいから」

「…………っ」

「好きだよ、本当に」


 ──心の準備なんていつまでもできそうにないと思いながら、私は再び近づいてくるフェリクスの唇を受け入れたのだった。



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【脇役の私がヒロインになるまで】

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