契約とこれからと 2
その日の晩、私はフェリクスの部屋を訪れていた。
避けられないよう、突然来訪した私に彼は戸惑っていたものの、追い返すわけにもいかないと思ったのか、中へ通してくれた。
「いきなりごめんなさい、どうしても話したいことがあって」
「……ああ」
ソファに並んで座り、まっすぐにフェリクスを見つめる。私達の間には普段よりもずっと距離があって、胸の奥が痛んだ。
はっきりと好意を口にするのは、まだ少しだけ怖い。きっとフェリクスとの気持ちの差はまだ大きいし、解決していない問題もたくさんある。
それでも、私が彼に向ける想いは恋情だけではない。前世から今まで、何よりも誰よりも私が大切に、愛おしく思っているのは彼で。
この先、そんなフェリクスをもっと好きになっていくという確信だって、今はあった。
「私ね、フェリクスのことが好きなの」
「──え」
「これはあなたが私に向けてくれる『好き』と同じ好きよ」
少しでも気持ちが伝わってほしくて、膝の上に置かれていたフェリクスの手を両手で握る。
私がこのタイミングで告白をするとは思っていなかったのか、切れ長の碧眼が見開かれた。
「……どう、して」
返ってきたのは彼らしくない、ひどく小さな今にも消え入りそうな声だった。
強い動揺や不安が見えて、こんな顔をさせてしまったことを悔いる。
「伝えるのが遅くなって、ごめんなさい。でも、本当に私は一人の男性としてフェリクスのことが好きで、この先もずっとずっと一緒にいたいと思──っ」
全ての言葉を紡ぎ終える前に、私はフェリクスに抱きしめられていた。
苦しいくらいきつく腕を回され、その手つきや体温から強い想いが伝わってくる。
「……本当に?」
「ええ、そうよ」
「勘違いだったなんて後から言われても、もう絶対に離してあげられなくなるよ」
「絶対に言わないし、望むところだわ」
はっきりとそう返事をすると、私の首元にフェリクスは顔を埋めた。
「……ずっとずっと、好きだったんだ。子どもの頃から今まで、忘れたことなんて一日たりともなかった。会いたくて焦がれて、おかしくなりそうなくらいに」
その声は震えていて、身体は私よりもずっと大きいのに、小さな子どもみたいに見える。
昔のように柔らかな黒髪をそっと撫でると、フェリクスもまた昔と同じく、すり、と甘えるように頬を寄せてくる。
色々な愛おしさが込み上げてきて、気が付けば「好き」という言葉を再び紡いでいた。
「もう一回、言って」
「大好きよ」
フェリクスは深く息を吐くと、脱力したように私に体重を預けた。
髪が首筋にあたって、くすぐったくなる。
「……嬉しくて夢みたいで、どうしたらいいか分からないんだ。本当はこんな時、もっと格好良く堂々としているつもりだった」
「ふふ、かわいい」
「また子ども扱いしてる」
「そんなフェリクスも好きなんだもの」
もう一度そう告げると、フェリクスは顔を上げた。
透き通った瞳と、至近距離で視線が絡む。
「俺もティアナが好きだよ。愛してる」
フェリクスはどうして、こんなにも「好き」を伝えるのが上手なんだろう。
その何もかもから愛情が溢れていて、心がかき乱される。
「一生、ティアナだけを好きでいるから」
「……うん」
「俺を好きになってくれたこと、絶対に後悔させない」
そう言ってもう一度私をぎゅっと抱きしめた後「……駄目だな、本当に好きすぎる」と呟いたフェリクスがあまりにも愛おしくて、幸せな笑みがこぼれた。
◇◇◇
その後、私達は寄り添って手を繋ぎながら、改めてお互いの思っていること、そして先日の件について話をした。
「……本当にごめん。ルフィノ様とエルセは俺にとって特別で、余裕がなくなるんだ」
幼い頃からフェリクスは、エルセとルフィノに対して距離を感じていたのだという。
それでも今の私が好きなのはフェリクスだと伝えたことで、もう二度とあんな態度を取ったりはしないと言ってくれた。とにかくフェリクスとの気まずさもなくなり、本当に良かったと胸を撫で下ろす。
「やっぱり勘違いだったと言われても、もう遅いからね」
「ふふ、そんなこと言わないわ」
何よりフェリクスが嬉しそうで、私もつられて笑みがこぼれた。
(でも、これで何かが変わるのかしら)
私はまだ恋心を自覚したばかりだけれど、普通は両思いになったら恋人になるとか、婚約をするとか次の段階があるはず。
それでも私達はもう、形だけの結婚をしてしまっているのだ。ゴールしてからスタートをしたようなもので、普通とはだいぶかけ離れてしまっている。
だからこそ、今すぐに何かが変わることはないと思っていたのに。