ティアナとエルセ 1
本日で小説家になろう投稿4周年でした!
これからも琴子をよろしくお願いします。
ベルタ村の解呪から、一ヶ月が経った。
ついに三箇所目の「呪い」が解かれたことで、これまでのことも偶然ではない、残りの二箇所もいずれ解かれるだろうと、帝国の民は大いに沸き立っているそうだ。
王城で務める人々の表情も以前よりずっと明るく、顔を合わせるたびに誰もがお礼を言ってくれるものだから、つられて笑顔になってしまう。
帝国の外にも呪いが次々に解かれている話は伝わっており、これまで交易を相手側から止めていた諸外国からも、再開したいという声が掛かるようになったそうだ。
帝国は魔宝石だけでなく魔道具に使われる魔鉱石など、多くの鉱山資源に恵まれている。
「呪い」に怯えていたものの、他国からすれば本来は取引したい相手に違いない。
(都合が良いと言えばそうでしょうけれど、仕方のないことだもの)
フェリクスも帝国の復興や発展のため、それらを受け入れる方向で動いているそうだ。
ベルタ村の人々の埋葬はすでに終わっており、私たち四人も再度足を運んだ。今では完全に浄化された村へ、民達が展墓に訪れていると聞いている。
アウロラ様と恋人の男性も一緒に弔われ、帝国を守った偉大な魔法使いと聖女として、民達に広く知られることとなった。
今はどうか二人が再会できていますようにと、願う日々を送っている。
そしてもうひとつ、変化があった。
「ティアナ、おいで」
椅子に座るフェリクスは自身のすぐ隣をとん、と叩き笑顔を向けてくる。
おずおずと近寄り、彼の触れた場所から少し遠いところに腰を下ろすと、すぐさま腰を抱き寄せられた。
「ち、近すぎると思うんだけど……」
「少しでも側にいたいんだ」
さらに顔を近づけてきて、鼻先が触れ合いそうな距離になる。
アイスブルーの瞳に映る私は、まるで自分ではないような女の子の顔をしていて、恥ずかしくなって慌てて顔を逸らした。
「自分の顔が良いと分かっていてやっているでしょう」
「ティアナがいつも俺の顔、見ていることに気付いているからね」
さらりと笑顔でそう言ってのけるフェリクスは、楽しげな声を出す。
確かに彼の言う通り、その圧倒的な美貌に見慣れることなんてなく、ふとした瞬間につい見惚れてしまうことは多々あった。
「俺は使えるものは全部使う質なんだ」
「うっ……」
耳元で囁かれ、自分の声も良いと分かっていてやっていると内心頭を抱えた。
(私が好意を抱いていると知ってから、フェリクスのアプローチが露骨すぎる)
そのせいで、落ち着かない日々を過ごしている。
「どう? 効果はありそう?」
「……ひたすら悔しいわ」
「ははっ、そんな感想がくるとは思わなかったな」
私ばかり振り回されて、いつだってフェリクスは余裕でいっぱいで悔しくなる。
「これからも俺を意識して、もっと好きになって」
顔を逸らしたままの私の身体にフェリクスは腕を回し、抱きしめられる形になってしまう。
フェリクスにこんなことをされて意識しない人なんて存在するのかと思いながら、私は火照り続ける頬を両手で押さえたのだった。
◇◇◇
そんなある日の昼下がり、自室で書類仕事をしていた私はペンを置き、立ち上がった。
「ティアナ様、これから魔法塔へ行かれるのですか?」
「ええ、ルフィノと少し話があるから」
一人で行ってくるとマリエルに声をかけ、私は自室を出て魔法塔へと向かった。
実はルフィノから「以前話をした、魔力を吸い取る魔物について分かったことがある」と連絡を受けていて、詳しく話を聞くつもりでいる。
魔法塔に到着すると、すぐにルフィノの執務室へと案内された。
「お待ちしていました。そちらへどうぞ」
「ありがとう」
ルフィノと向かい合って座ると、数枚の古びた紙を手渡される。さっと目を通すと、とある魔物についてまとめられた文献のようだった。
「以前お話しした通り、帝国内に保管されていた例の魔物についての文献は全て燃やされていたんです。そこで隣国の魔物に関する研究所に連絡をとったところ、過去に帝国からその情報が共有されていたとのことで、急ぎ資料を送っていただきました」
「すごいわ、ありがとう」
「いえ」
感嘆する私に対し、ルフィノは大したことではないというように微笑む。
「とはいえ、情報はそう多くありません。唯一分かったのはその魔力を吸い取る魔物が、帝国の初代皇帝と皇妃によって封印されていたこと」
ルフィノは一息おき「そして」と続けた。
「現在は魔物の封印が解かれている、ということです」
「……えっ?」
どくん、と心臓が嫌な大きな音を立て始める。
思わず紙の束を握りしめてしまいながら、私はルフィノの次の言葉を待った。
「帝国には数多くの魔物が封印されている地がありますが、呪いを受けた後はその管理や確認も行き渡っておらず、調べるまで誰も気付いていませんでした」
魔物の種類によっては、倒すよりも封印する方が良い時がある。攻撃が効きにくい魔物などがまさにその例で、封印する方が早くて安全だった。
──初代皇帝は軍神と呼ばれており、圧倒的な力によって帝国を統一したと言われている。
そして皇妃は聖女の力を持ち、二人の活躍については今も多くの逸話が残っていた。
ルフィノが文献を入手してすぐに封印されているという場所へ行ったところ、完全に封印は解かれており、魔物の姿はなかったそうだ。
「魔力の残滓を確認したところ、ここ数年のうちに解かれたものではなさそうです」
「……やっぱり、その魔物が私の魔力を奪ったことに関係がありそうね」
文献が燃やされ、封印が解かれていたこと。これだけではまだ根拠としては弱いけれど、この魔物が私の魔力が奪われたことに関わっている気がしてならない。
(本当に嫌なくらい、私の勘は当たるのよね)
それから資料に目を通したところ、やはり魔力を奪うという能力があることから、近付くのは危険なため、当時の皇妃が洞窟に閉じ込めた上で封印したのだと書かれていた。
とにかく「魔力を吸い取る魔物が存在する」「今もどこかにいる可能性が高い」ということを知ることができて良かった。
「忙しい中、本当にありがとう」
「少しでもお力になれたのなら良かったです」
ルフィノは常に多忙だし長居しては迷惑だろうと思い、王城へ戻ることにした。
そうして立ち上がった途端、強い立ちくらみがしてふらついてしまう。
「…………っ」
「ティアナ様!」
すぐに倒れかけた私を、ルフィノが抱き止めるように支えてくれる。
「……ごめんなさい」
「僕は大丈夫ですから、無理なさらないでください」
きっと昨晩、徹夜をしてポーションを作っていたせいだろう。騎士団が今日から魔物討伐の遠征へ行くのに、ポーションが少なくて困っていると聞き、無理をしてしまった。もちろんフェリクスには内緒で。
(体調管理すらできないなんて、情けないわ)
申し訳なく思いながらも、目眩が治まるのを待つ。
やがてゆっくりと顔を上げると、ルフィノの整いすぎた顔がすぐ目の前にあった。
「────」
今世ではこんなにも近くで彼の顔を見たのは初めてで、銀色の睫毛の先まで輝いて見える。
フェリクスもとても綺麗な顔をしているけれど、ルフィノはやはり人間離れした美しさで、魅了の魔法にでもかかったかのように目を奪われてしまう。
それでも我に返った私は、傍から見るとこの状況はまずいと気が付き、そっとルフィノの胸元を両手で押す。
「ごめんなさい、支えてくれてありがとう。そういえば昔も働きすぎてこんな風にふらついてしまって、あなたに抱き留めてもらったわよね」
その際イザベラに見られて誤解をされてしまって大変だった、なんて懐かしい記憶を口にしようとしたのに。
「…………」
「……ルフィノ?」
何故かルフィノは、動こうとしない。
困惑しながらもう一度名前を呼んだ瞬間、私はルフィノに抱き寄せられていた。