初めての感情 3
「まさか、呪い返し……?」
呪いをかける行為には、かなりのリスクがある。
「人を呪わば穴二つ」という言葉もあるように、もしも相手が呪いを解いた場合、その呪いが術者に跳ね返ってしまうからだ。
(帝国にかけられた呪いほど強いものなら、想像もつかないくらいの苦しみのはず)
やはりシルヴィアが帝国に呪いをかけた術者で間違いないと、予想が確信に変わる。
残りの二箇所の呪いも解けば、シルヴィアの身体は確実に無事ではいられない。同時に私の魔力も全て戻っていれば、シルヴィアを倒すことができるだろう。
「そもそも、シルヴィアの目的って何なんでしょう?」
「……私達も考えているんだけど、分からないのよね」
母国を呪い、ファロン王国へ行った理由など想像もつかない。エルセの死の直前までシルヴィアはいつもと変わらない様子だったし、死後の様子にも変わりはなかったとルフィノ達から聞いている。
フェリクスは「エルセを思い出して辛くなってしまうから、血縁者のいる王国へ行く」とも聞いたらしいけれど、間違いなく嘘だろう。
結局いくら考えても、答えは出そうになかった。
その後はイザベラと他愛のない話をして、最後は笑顔になってくれて安心した。
そしてフェリクスに会いに行くついでに、部屋へ戻るという彼女を見送ることにした。
廊下に出て歩き出したイザベラは足を止め、戻ってくると私のドレスの裾を掴んだ。
「ティアナ様」
「なあに?」
「私のこと、嫌いになっていないですか……?」
うるっとした瞳で上目遣いをされ、胸が高鳴る。もしも私が異性だったなら、嫌いになるどころか恋に落ちていた気さえした。それほど今のイザベラは美しい。
「ええ、むしろ好きになったわ」
「ティアナ様……!」
ぎゅっとイザベラに抱きつかれ、よしよしと撫でていた時だった。
「ティアナ?」
廊下の向こうからフェリクスがやってきて、私とイザベラを見て目を瞬いている。
あんな関係だったというのに、急にこんな風に抱き合っているのを見れば、戸惑うのも当然だ。
「……無事に話ができたんだね」
けれどほっとした様子で、私達のことを心配してくれていたのが窺える。イザベラは私から離れると、フェリクスに対して頭を下げた。
「フェリクス様もごめんなさい、私のせいで気を遣わせてしまっていたでしょう」
「ティアナが許したのなら、俺は別に構わない。腹立たしくて仕方なかったけどね」
はっきりそう言ってのけたフェリクスに視線を向けられ、もう大丈夫だと笑顔で頷く。
イザベラはそんな私たちを見比べると、ふふっと楽しげに笑った。
「もうお二人の邪魔はしませんし、私はフェリクス様に対してももちろん何も思っていないので、どうか安心してくださいね」
「安心って、どういう意味?」
「私がフェリクス様に近寄るたび、不安でいっぱいの顔をしていたじゃないですか」
「えっ」
「やきもちを妬かせてしまって本当にごめんなさい」
そんな顔をしていた自覚はないけれど、イザベラが冗談を言っている様子はない。
それでも、何度も二人の姿を見るたびに胸の奥にもやもやとした気持ちが広がっていたのも事実で。あれがイザベラの言う「不安」「やきもち」だったのだと、今更になって気付く。
(他の女性と一緒にいるところを見て、そんな感情を抱く理由なんて……)
じわじわと顔が熱くなっていくのを感じていると、視界の端でフェリクスが口元を覆ったのが見えた。
彼もまた戸惑っているのが分かって、余計に恥ずかしくなってくる。
「では失礼します、夕食も一緒に食べましょうね」
「ま、待っ……」
思わず手を伸ばしたもののするりと避けられ、爆弾を落としたイザベラは私達を置いて笑顔で去っていく。
彼女には契約結婚であることを話していないし、私達が想い合っていると思っているのかもしれない。
「…………」
「…………」
この場に残された私とフェリクスの間には、気まずい空気が流れていく。
「ティアナ」
「は、はい」
「少し二人きりで話をしても?」
有無を言わせないフェリクスの問いに、私はこくりと頷くことしかできなかった。