初めての感情 2
──イザベラの故郷であるデラルト王国では、師である聖女が弟子の聖女を一人前だと認めた際に、ロッドに付ける魔宝石を贈るという風習があるという。
『わたしが大人になって立派な聖女になったら、エルセ様に魔宝石をいただきたいです!』
『ええ、分かったわ。とびきりのものを用意するわね』
やはり私は前世の記憶全てを思い出せているわけではなく、イザベラとの約束も今まで忘れてしまっていたことを悔いた。
「それを目標に……頑張って、きたのに……死んじゃうなんて、信じたくなくて、全てが許せなくて……エルセ様が悪くないことも、フェリクス様を守って……命を落としたことだって、分かっているのに……っ」
当時まだ八歳だったイザベラからすれば、身近な人の死は初めてで、受け入れるのも相当辛かったはず。
悲しみや辛さを怒りや恨みに変えることで、少しでも心を守ろうとしたのかもしれない。
「あなたが空っぽ聖女って言われていたのも、知っていたし……その姿も見ていたから、エルセ様の後の、帝国の、聖女がそんなの……許せなくて……フェリクス様が、エルセ様以外を大切にしてるのも、すごく嫌で……」
「……うん」
「だってフェリクス様は、ずっとエルセ様を好きでいるって、言ったから……!」
だから裏切られたような気持ちになって私と引き離そうとしていたと、イザベラは言った。全てエルセを思うが故のことで、胸が張り裂けそうになる。
「子どもじみた、ことをして……傷付けて、ほんと、にごめんなさいっ……」
やがてうわああんと子どものように声を上げ、イザベラは涙を流した。
──過去の自分の死が、幼い彼女にどれほどの傷を負わせてしまったのだろう。
私は立ち上がってイザベラの隣へ移動すると、そっと彼女の背中に腕を回し、抱きしめた。
「大丈夫、私は傷付いてなんかいないわ。イザベラが良い子のままなのは分かっていたし、記憶を取り戻すまでの私に魔力がほとんどなかったのも事実だもの」
「……っう……」
「それと、約束を果たせなくてごめんなさい。私があんな形で死んでしまって、あなたこそ傷付いたでしょう」
イザベラは首を小さく左右に振ると、躊躇いがちに私の服を掴んだ。
「……ごめ、っなさ……」
「ううん、私こそごめんね。ずっと忘れずにいてくれてありがとう」
それからもイザベラは私の腕の中で、しばらく泣き続けていた。
◇◇◇
一時間ほどしてイザベラが落ち着いた頃、私はぬるくなってしまったお茶を淹れ直した。
泣き腫らした目をしたイザベラは、静かにティーカップに口をつける。
「……美味しい。エルセ様の淹れたお茶の味です」
「ふふ、良かった」
そうしてゆっくりとお茶を飲みながら、私は自身のこれまでのことを話した。
イザベラはフェリクス同様、私以上にシルヴィアに対して怒ってくれて、王女様とは思えない言葉で罵っていて思わず笑ってしまった。
その後は、イザベラがなぜ私がエルセだと分かったのかを話してくれた。
「そもそも他者を寄せ付けなかったフェリクス様が、愛情だだ漏れでティアナ様に夢中なのはおかしいと思っていたんです。だから私も余計に裏切られた気持ちになっていたんですけど」
「だ、だだ漏れ……夢中……」
「はい。あんな態度、エルセ様以外にはありえないと思っていました」
それ以外に思い当たった理由としては、どこか他人と一線を引いているルフィノともかなり親しげであったこと、聖魔法についての知識などもあったという。
「何より、あの霊廟での言動がエルセ様と重なったんです。ああ、きっとエルセ様ならこうするだろうなって」
大きな決め手はなくとも、積み重なった違和感から自然と導き出したそうだ。
「そうだったのね。隠していて本当にごめんなさい」
「いえ、全部私が悪いんです。エルセ様のことになると、気持ちが上手く整理できなくて」
ぎゅっと抱きついてきたイザベラをよしよしと撫でながら「本当に大きくなったわ」「立派な聖女になったのね」と最初に言えなかったことを伝えていく。
するとイザベラはまた泣き出しそうになって、慌てたように口を噤んだ。
「これからは誠心誠意、ティアナ様にお仕えします」
「ありがとう。イザベラがいてくれて心強いわ」
残りの「呪い」の解呪もフェリクスやルフィノ、そしてイザベラの協力があれば大丈夫だという前向きな気持ちになれた。
「そういえば、イザベラはファロン王国で私を見たのよね?」
「はい、ファロン神殿で。一年ほど前、王国へ行った際にティアナ様をお見かけしました」
その際にすれ違った私は自身の無力さを悔やみ、泣いていたという。
(は、恥ずかしい……)
何よりそんな姿を見てしまっては、私に対してあんな態度を取るのも当然だった。
「でも、絶対にシルヴィアは許せません。死すらも生ぬるいです」
イザベラはきつく唇を噛み、怒りを露わにする。けれどすぐに「あ、でも」と呟き、形の良い眉を寄せた。
「帝国に来る直前、ファロン王国の大聖女が臥せっていると聞きました」
「えっ? シルヴィアが?」
「はい。隠してはいるようですが、確実な情報です」
初めて聞く事実に驚きを隠せない。デラルト王国には優秀な諜報員がおり、各国の情報が入ってくるという。
私がファロン神殿にいた頃はシルヴィアの健康に問題があったようには見えなかったし、一体どうして……と考えたところで、ふと思い当たってしまう。