聖女と聖女 4
何か誤解があったとしても、誠実な態度をとっていればいつかは分かってくれるはず。今はとにかく、イザベラを歓迎したい。
「申し訳ありません。どうかよろしくお願いします」
「──どうして」
そんな気持ちを込めてなおも笑顔を向けると、イザベラはさらに苛立った様子を見せた。
「イザベラ」
「移動で疲れたわ、部屋へ案内してくださらない?」
「僕が案内しますよ。積もる話もありますし」
「まあ、ルフィノ様が? 嬉しいわ」
イザベラの態度を咎めるフェリクスに対し、全く気にする様子はない。今度はルフィノが声を掛けると、イザベラは嬉しそうに微笑んだ。
フェリクスはルフィノに丁寧なお礼を告げると、私の耳元に口を寄せた。
「実は俺も、つい先程知ったんだ」
「そうだったのね。私は大丈夫よ」
今朝、バイロンが慌てた様子でやってきたのも、この件が理由だったに違いない。
「イザベラのことは覚えてる?」
「ええ、もちろん。大切な弟子の一人だったもの。きっとすぐに仲良くなれるわ」
「ありがとう」
イザベラの態度も全く気にしていないという気持ちを込めて笑顔を向けると、フェリクスもほっとしたように微笑む。
すると私達を見ていたらしいイザベラは、大きな目を見開き、驚いた表情を浮かべた。
「……ずいぶん仲が良いんですね」
「夫婦だからね」
「フェリクス様がエルセ様以外の女性に対して心を開くなんて、意外でしたわ」
イザベラはにっこりと唇で弧を描くと、こちらへ近づいてくる。
「──私、あなたのことを認めていませんから」
フェリクスとは反対側の私の耳元でそう囁くと、純白の聖女服のスカートを翻し、王城の中へ入っていった。
「イザベラはなんて?」
「いえ、何でもないわ」
フェリクスに心配はかけまいと誤魔化したけれど、溝は深そうだ。
(さて、どうしたものかしら)
ひとまず一度きちんと話をする必要がありそうだと思いながら、静かに息を吐いた。
◇◇◇
その日の晩、イザベラを歓迎するためフェリクスやルフィノ、四人での晩餐会が開かれることになった。
フェリクスはやはり心配してくれていたけれど、私としてはイザベラと少しでも関わる機会を増やしたいと思っていたため、好都合だった。
「ティアナ」
「あら、ルフィノ」
身支度を終えて部屋を出て、食堂へと向かう途中、ルフィノに出会した。
「食堂までご一緒しても?」
「ええ、もちろん」
「あなたと食事をするのは初めてですね。嬉しいです」
「そうね。昔はよく三人で食べていたけれど」
ティアナとしては一度もなかったものの、前世ではよく幼いフェリクスとルフィノと三人で離宮で食事をしていたことを思い出す。
(ふふ、フェリクスはルフィノがいる時だけは絶対に好き嫌いしなかったのよね)
懐かしくて愛しい日々を思い返すたびに、胸が温かくなる。それからルフィノは、先ほどイザベラを案内した際のことを話してくれた。
「僕と一緒にいる時は昔のままでしたよ。素直で明るくて、僕だけでなく使用人達にも丁寧に接していました。あなたにだけあんな態度なのが不思議なくらいです」
使用人の小さな火傷にも気が付き、すぐに治癒魔法をかけて治したりと、心優しい聖女として既に城内の人々からも好かれ始めているという。
「そう、それなら良かったわ」
「良かった、ですか?」
「ええ。だって昔のままのイザベラなら、きっと接しているうちに仲良くなれるもの」
シルヴィアのようにまるで別人になったというなら別だけれど、今の私が嫌いなだけなら難しい話ではない。
するとルフィノは口元に手をあて、楽しげに笑った。
「そうですね。あなたはそういう人でした」
「とにかく今はイザベラを大切にしたいわ」
危険を顧みずに帝国へ来てくれた彼女に、心からの感謝をしたい。私の言葉に頷き、ルフィノは「はい」と柔らかく微笑んだ。
話しながら歩いて行くと、食堂の前には二人分の人影があった。
「フェリクス、イザベラ様も」
「食堂へ向かう途中で会ったんだ」
「二人で懐かしい話ができて嬉しかったです。ああでも、フェリクス様とはずっと定期的にお会いしていたんですけれど」
フェリクスとイザベラも私達同様、途中で会って一緒にここまで来たのだという。
鈴を転がすような声で笑うイザベラの手は、さりげなくフェリクスの腕に触れている。
その様子を見ていると、先ほど同様、胸の奥が騒つくのが分かった。
(さっきから、このモヤっとしたのは何なのかしら)
よく分からずに首を傾げていると、フェリクスがじっとこちらを見ていることに気が付く。
「二人はなぜ一緒に?」
「僕達も途中でお会いしたんです」
「……そうですか。立ち話も何ですし、中へどうぞ」
代わりにルフィノが答えてくれ、私達は食堂の中へと足を踏み入れた。
それぞれ席についた後はシャンパングラスで乾杯をして、食事を始める。
使用人達もいるとはいえ、いつも広い食堂で二人きりで食事をとっているため、ルフィノとイザベラがいると賑やかに感じた。
「イザベラ様はいつまで滞在してくださるのですか?」
「全ての呪いが解けるまでは帰らないと宣言してきたので、そのつもりです」
つんとした態度ではあるものの、私の質問にも答えてくれる。またお礼を言うと「あなたのためではないので」なんて言われてしまったけれど。
「とはいえ、あまり時間がかかっては連れ戻されかねないので、早急に行動を起こせたらとは思っています」
イザベラの言葉に、フェリクスやルフィノも頷く。
早急に全ての呪いを解きたいという気持ちは、私達も同じだった。今この瞬間だって、呪いは帝国の地を蝕み続けているのだから。
「まずは来週、五日後のベルタ村の浄化に同行してくれるだろうか」
「もちろんです。お役に立てるよう頑張ります」
笑顔で頷くと、イザベラは優雅な手つきでグラスに口をつけた。
「それで、ナイトリー湖はなぜ浄化されたのですか?」
「それについては分からないままだ。現在調査中だよ」
フェリクスは表情ひとつ変えないまま、そう答えてのける。
(まだイザベラに話すつもりはないのね)
フェリクスとルフィノ以外には、私の魔力が帝国の呪いに使われていること、シルヴィアが元凶だということは伏せてある。
イザベラを信用していないわけではなくとも、印象が悪い中で私の魔力が原因となれば、余計な誤解を招いてしまう可能性もあるからだろう。
「赤の洞窟は本当にティアナ様が浄化したのですか?」
明らかに信じていない表情で、イザベラは尋ねる。
「ああ。俺がこの目で見届けたから、間違いはないよ」
「…………」
フェリクスが断言しても、やはりイザベラに納得する様子はない。
私が無能な空っぽ聖女だと噂で聞いたことがあっただけで、ここまで疑うだろうかと引っ掛かりを覚えた。
「ティアナは信頼のできる、素晴らしい聖女ですよ」
フォローするようにルフィノがそう言うと、イザベラは「そうですか」とだけ呟く。
「頼りにしていますね、ティアナ様」
「ありがとうございます。イザベラ様のお力をお借りできればと思います」
イザベラの全く感情のこもっていない言葉に笑顔を返し、気まずさと共にシャンパンを一気に飲み干した。