聖女と聖女 3
「あら? なんだか騒がしいわね」
「あの紋章は……」
そう呟いたルフィノの視線は、見覚えのない騎士達が腰から下げる剣へ向けられている。
剣の柄に象られた紋章には、覚えがあった。
(確かあれは……デラルト王国のものだわ)
なぜ他国の騎士がこんなにも大勢……と不思議に思いながら、近付いていく。
やがてその中心にフェリクスの姿を見つけ、声をかけようとした、けれど。
「……え」
フェリクスの隣には見覚えのない美女の姿があり、彼女の腕はしっかりとフェリクスの腕に絡められていて、思わず躊躇ってしまう。
今世で彼と過ごした時間はまだ長くないけれど、あんな風に女性に触れられるのを許している姿は初めて見たように思う。
(一体どなたなのかしら?)
長い睫毛に覆われた大きなアメジストの瞳、鼻筋が通ったつんとした鼻、形の良い桃色の小さな唇。
緩くウェーブがかった輝く金髪が風に揺れ、まるで天使のようだった。
何もかもが完璧で、誰が見ても美しいと認めるであろう容姿に、同性ながら見惚れてしまう。
(それにあの服装、まるで聖女のような──……)
じっと見つめていると、やがて彼女の小さな顔がこちらへと向けられる。その瞬間、整いすぎた顔はぱあっと嬉しさでいっぱいになった。
「ルフィノ様! お久しぶりです!」
どうやらルフィノの知り合いでもあるらしく、私の隣に立つルフィノの元へかけてくる。
ルフィノは少し戸惑った様子で「まさか」と呟く。
「はい。忘れてしまったなんて言わないでくださいね。私です、イザベラです」
「えっ」
驚きで私の口からは大きな声が漏れてしまい、慌てて口元を手で覆う。
(この女性が本当にあの、イザベラなの?)
──私の知るイザベラは帝国から少し離れたデラルト王国の第四王女であり、聖魔法属性を持つ聖女だった。
前世、エルセが大聖女だった頃、イザベラは聖女の力の扱い方を学ぶため、二年間ほどリーヴィス帝国に滞在していたのだ。
潤沢な魔力量を上手く扱えずにいた彼女に、よく直接指導していたことを思い出す。
『エルセ様、大好きです! 大きくなったら、エルセ様みたいな大聖女になってみせます』
『ふふ、ありがとう。きっとイザベラならなれるわ』
短い付き合いではあったものの、とても私を慕ってくれていたイザベラのことはよく覚えている。私自身も彼女のことを可愛く、愛おしく思っていた。
確かに面影はあるし、澄み切ったこの膨大な魔力はイザベラで間違いなさそうだ。
(こんなにも素敵な女性になったのね)
当時は七歳ほどだった彼女も、十七年経った今は二十四歳になっているはず。あんなに小さかったのに、立派な大人になって……と勝手に感動してしまう。
フェリクスとイザベラも年が近かったこと、皇子と王女という立場もあって、交流があったことを思い出す。先ほど親しげにしていたのも納得がいく。
「……あなた、もしかして」
私が大きな声を出してしまったことで、イザベラの紫色の瞳がこちらへ向けられる。
うっかり親しげに声をかけてしまいそうになったものの、すんでのところで堪え、穏やかな笑顔を作った。
今の私は帝国の皇妃であり、彼女は王国の王女という立場なのだから。
「初めまして、リーヴィス帝国の皇妃、そして聖女のティアナと申します」
「…………」
私は再会できたことを嬉しく思っているけれど、イザベラが私に向ける眼差しはひどく鋭いもので、戸惑いを隠せなくなる。
「……お初にお目にかかります、皇妃様。デラルト王国第四王女、イザベラ・デラルトです」
丁寧な言葉とは裏腹に声色は低く、先程ルフィノへ対しての態度とは全く違う。
(私、何かしてしまったかしら……?)
どう見ても、私に対して敵対心を抱いている。
それを察したらしいフェリクスはすぐにこちらへやってくると、私を庇うように前に立った。
「ティアナ、驚かせてごめんね。イザベラは帝国の呪いを解くために来てくれたんだ」
「えっ?」
イザベラは頷き、片手で長く美しい髪を背中へ流す。
「お父様や大臣達を納得させるのに、かなり時間がかかってしまいましたけどね」
呆れたように肩を竦め、溜め息を吐く。
衰退の他国のために王女であり聖女である彼女を危険に晒すなんて、反対するのは当然だった。
何より今の帝国に恩を売って、栄えているデラルト王国が得をするとは思えない。
それでも必死に説得をして危険を顧みずに来てくれたイザベラは、心からこの国を想ってくれているのが伝わってきて、胸を打たれた。
そしてそれは私だけではなくフェリクスやルフィノ、他の人々も同じだろう。
「ありがとうございます、イザベラ様。あまりにも美しく成長されていたので驚きました」
「ふふ、本当ですか? たったの二年ほどでしたが、帝国での日々は私の人生において大切で、かけがえのない日々でしたから」
ルフィノに柔らかな笑顔を向けるイザベラの言葉に、心が温かくなる。
イザベラが王国へ戻ったのはエルセが命を落とす半年ほど前のことで、彼女を巻き込まずに済んで良かった。
(何より、とても心強いわ)
当時、子どもだった頃も彼女の魔法はとても優れていたし、きっと今は素晴らしい聖女になっているであろうことは容易に想像がつく。
間違いなく大きな力になってくれるだろう。
「イザベラ様、ありがとうございます」
「別にあなたのためじゃないので」
つんとした態度で私から顔を背けるイザベラに、この場の温度は一瞬にして下がっていく。
(やっぱり私に対して当たりが強いわ。ティアナとして会うのは初めてなのに)
もしかすると、彼女の元にまで私が無能な聖女だという噂が広まっているのかもしれない。