もうひとつの初恋 3
真実を言い当てられどきりと心臓が跳ねたものの、同時にふと違和感に気が付いてしまう。
過去の記憶があるという言い方は、私がエルセの生まれ変わりだと確信した上での言葉に聞こえたのだ。
「僕の瞳が特別なのは、覚えていますか」
不意にそう尋ねられた私は、目を伏せて思い出す。
ルフィノの瞳は魔法使いの魔力属性が見える特別なものであり、属性によって火魔法なら赤、水魔法なら青といった色に映るのだと。
だからこそルフィノは帝国の魔法学園に毎年出向き、新入生の属性を告げる役割を果たしていたはず。
そこで新入生達は皆ルフィノに憧れ、魔法使いのエリートである魔法塔の所属を目指すのだ。
ルフィノが以前、お蔭で若い素晴らしい人材が毎年来るからありがたいと言っていた記憶がある。
(それが今の話と、何の関係があるのかしら)
疑問が顔に出ていたのか、ルフィノは続けた。
「……この国では誰にも言っていませんでしたが、僕には魂の色も見えるんです」
「えっ?」
やがて告げられた言葉に、私は息を呑む。もちろん初耳で、そんな私を見てルフィノは柔らかく目を細めた。
「魂の色というのは誰もが違い、全く同じものはないそうです。ただ大半の人は同じような色で、正直見分けはほとんど付きません」
「…………」
「だからこそ、その色が見えたところで何の役にも立たないので、ずっと黙っていました」
それもそうだ。数多の人間が存在する中、すべての魂の色の違いを見分けるなんて、不可能なはず。
それならば私もその色からバレることはないだろう、と淡い期待を抱いた時だった。
「でも、あなたは違う」
ルフィノははっきりと、そう言ってのけたのだ。
「まず、聖女は普通の人間と輝きが違います。その中でもエルセは、太陽のように眩しい黄金色でした。あんなにも綺麗な色を、僕は見たことがありません」
「…………」
「そして、あなたも全く同じ色をしているんです」
言葉を失う私に、ルフィノは続ける。
「僕があなたの色を、見間違うはずがない」
「…………っ」
迷いのないルフィノの様子に、やはり隠すなんて無理だと悟る。そしてようやく、これまで不思議に思っていたルフィノの言葉にも納得がいった。
『……あなたはやはり、変わりませんね』
『絶対に大丈夫ですよ、あなたなら』
『あなたなら、何かを変えてくれると思ったので』
ルフィノは私を一目見た瞬間から、エルセ・リースの生まれ変わりだと気が付いていたのだ。
それでも、まさか前世の記憶まで引き継いでいるとはルフィノも思わなかったのだろう。
『……どんなにすごい魔法が使えたとしても、人間は簡単に死んでしまいますから』
これまでルフィノがどんな気持ちで今の私と過ごしていたのかと思うと、胸が締め付けられる。
(フェリクスには申し訳ないけれど、ルフィノにはもうこれ以上隠したくない)
そう思った私は、両手を握り締めると顔を上げた。
「……ルフィノ、ずっと隠していてごめんなさい。私にはエルセとしての記憶があるの」
私の言葉に、ルフィノの金色の瞳が揺れる。
「帝国へ向かう途中に殺されかけた時に、前世の記憶を思い出して……でも今の私はティアナだし、一度死んだ人間が名乗り出るのは何か違う気がして黙っていたの。結局、赤の洞窟でフェリクスにはバレちゃっ──」
そこまで言いかけたところで、不意にルフィノに腕を掴まれたかと思うと、視界がぶれる。
気が付けば私は、ルフィノの腕の中にいた。懐かしい優しい花の良い香りに、どきりとしてしまう。
「……申し訳、ありません。ほんの少しだけ、こうしていてもいいですか」
少しだけ震えた声に、腕に、胸が締め付けられる。
「ずっと、後悔していたんです。あの日、僕も一緒に森へ行く予定だったから」
そう言われて、あの日はルフィノも一緒にフェリクスに魔法を教える予定だったことを思い出す。けれど直前で急用が入り、行けなくなってしまったのだ。
「……あの時入った急な予定はきっと、あなたから僕を引き離すための口実でした」
いざ呼ばれた場所へと行くと、そんな予定はないと言われたらしい。そして急いで戻ってきた時には、もう私は命を落としていたという。
(私達をよく知る──それも内部の人間の仕業ね)
そして優しいルフィノはきっと、もしもあの場に自分がいたら、と責任を感じていたのだろう。
フェリクスといい、誰も気にする必要はないと思ったものの、実際そうはいかないものなのかもしれない。
(もしも私が遺された側の立場だったら、きっと同じ気持ちになっていたはず)
「ルフィノが気にすることなんて、何ひとつないわ」
私は彼の背中に腕を回すと、まるで子どもをあやすようにとんとんと広い背中を撫でた。
今の私にできるのは、少しでもルフィノの罪悪感を消すことくらいだろう。ごめんねと何度も繰り返せば、背中に回された腕に込められた力が強くなる。
「そもそも事故でも偶然でもなく、確実に私を殺すためのものだったんだもの。あの日ルフィノが来ていたとしても、別の機会に同じ目に遭わされていただけよ」
「でも、僕は──……」
「それに私ね、もちろん犯人には腹が立ったけど、割と満足した気持ちで死ねたの。何よりこうして生まれ変われたんだから、気にする必要なんて全くないわ」
何も言わないルフィノに「ね?」「そんなに気にするなら一緒に犯人を探してくれない?」「返事は?」と畳み掛けるように尋ねれば、やがて小さく笑ってくれた。
「……本当に、あなたは変わりませんね」
「そう? 今世の方がだいぶ丸くなった気がするわ」
記憶を取り戻すまでの性格がかなり控えめだった分、これでも相当落ち着いた気がする。今思うと、前世の私は大聖女の割にかなり好き勝手していたように思う。
「でも、お蔭で気持ちが軽くなりました。あなたの最期の姿を見た時には、立ち直れなくなりそうでしたから」
「た、確かにあれは後味が悪そう……ごめんなさい」
死んだ時の私は全身ボロボロで血まみれだった上に、フェリクスの炎龍の呪いを全て引き受けたのだ。
正直、死体界でも悲惨な方だったに違いない。特に小さかったフェリクスにとっては、トラウマものだろう。
「とにかく、私はルフィノにまた会えて嬉しいわ。どうかこれからもよろしくね」
「はい、もちろん。僕だって、本当に嬉しいです」
いつも通りのルフィノの声のトーンに戻り、少しだけほっとする。こうして話をしたことで、ルフィノの心が少しでも軽くなるのを祈るばかりだった。
(フェリクスにも、後でルフィノにはバレちゃったって伝えないと。そもそも、一番最初に気が付いたのはルフィノだったわけだし)
そんなことを考えながら、そろそろ離れた方が良いだろうと、ルフィノの胸元にそっと手を当てた時だった。
「……何を、しているんですか」
不意にドアが開く音がして、直後室内に響いた聞き慣れた声に、私はなんてタイミングだと内心頭を抱えた。