初恋の行方 6
1時間後、お風呂に入って身支度を整えた私は、自室のテーブルを挟みフェリクスと向かい合っていた。
「お、美味しい……ちょっと泣きそう……」
「それは良かった」
テーブルの上には身体に優しい、且つ美味しい料理がずらりと並んでいる。完全に胃の中が空っぽで空腹だったため、食事をする手が止まらなくなっていた。
フェリクスは感動しながら食べる私を楽しげに見つめるばかりで、フォークを持つことすらしない。
(昔も私を見ているだけで満足だと言って、あまり食べないから心配だったけど、すっかり大きくなって……)
小さくて可愛いフェリクスを思い出しながら、焼きたての柔らかいパンを口へと運ぶ。
「ティアナは何が好きなんだ?」
「お肉かしら。特に牛肉」
「酒は?」
「実は一度も飲んだことがないの」
「それなら今度、一緒に飲んでみようか」
それからもフェリクスは、私に沢山の質問をしては嬉しそうに話を聞いてくれていた。
まるで、少し前の私のように。
「これからはティアナのことを、沢山教えてほしい」
「もちろん。フェリクスのことも知りたいし」
「俺を嫌いにならないでくれるのなら、いくらでも」
「…………?」
(どういう意味かしら? 私がフェリクスのことを嫌いになるなんて、不可能に近いのに)
これからはお互いに知らない17年の時間を埋められたらいいなと思いながら、穏やかな時間を過ごした。
やがて食事を終え、お茶を淹れて一息吐くと、私は先ほどの話の続きをすることにした。食事中は楽しい話だけをしていたかったため、控えていたのだ。
「……私の奪われた魔力が、帝国の呪いに使われているんだと思う。結界を通り抜けたことも、呪いが解けると同時に魔力が増えることも、辻褄が合うもの」
最初に呪いが解けたナイトリー湖については、完全に無関係だと思っていたものの、よくよく考えると私の魔力が少し戻った時期と一致している。
ナイトリー湖は一番最初に呪いを受けた地だと聞いているし、呪いに綻びが生じていたのかもしれない。
集中して全身の魔力の流れを辿ってみても、今はあの時のように浄化できる箇所はない。
やはりあれはイレギュラーな出来事で、呪われた地を直接解呪して回るしか方法はないのかもしれない。
(全ての呪いを解けば、私の魔力も完全に戻るはず)
魔力というのは、成長するにつれて増えていくことが多い。2歳であれほどの魔力量を持っていた私は、本来ならエルセをも凌ぐ聖女になっていたかもしれない。
更に魔力が回復した今でも、すべての半分にも満たない感覚が何よりの証拠だった。
(──ティアナ・エヴァレットは絶対に、無能な「空っぽ聖女」なんかじゃない)
悔しさや悲しみが込み上げてきて、両膝の上に置いていた両手をきつく握りしめる。
「すべて、シルヴィアや神殿の人間の仕業でしょうね」
当時まともに喋れもしない2歳の幼子相手なら、どんな魔法も呪いも掛けるのは容易だっただろう。
私には、その記憶すらないのだから。
(その方法と、目的も気掛かりだわ。恒久的に魔力を奪って呪いに変える方法なんて、聞いたことがないもの)
いくら考えても答えなど出るはずもなく、口からは溜め息が溢れた。
同時に虐げられていた日々や帝国で失われてしまったものを思うと、やはり怒りが込み上げてくる。
「エルセを殺したのも、やはりシルヴィアなのかしら」
大量の魔物が集まっていたのも、結界に閉じ込められたのも、間違いなく人為的な魔法によるものだった。
──当時の私はシルヴィアのことを信用していたし、大切な友人だと思っていた。けれど、今の彼女の様子を見る限り、あれほどのことをしてもおかしくはない。
「あれから数えきれないほど調査を続けたが、あの場所から人間の魔力は感じられなかった」
「そうなのね。シルヴィアがどうしてファロン王国へ行ったのかは知ってる?」
「エルセが亡くなってすぐ『この国にいてはエルセのことを思い出して辛くなってしまう』という理由から、血縁者がいる王国へ行ったはずだよ」
なんとも白々しい理由だと、呆れてしまう。やはりシルヴィア本人に、全て洗いざらい吐かせるしかない。
「……とにかく今の私がすべきなのは、帝国の呪いを全て解いて力を取り戻すことだわ」
全ての力を取り戻せばきっと、シルヴィアにも対抗できるだろう。悔しさや怒りを押さえつけて、今は耐える時だと自分に言い聞かせる。
(神殿側も、呪いが二ヶ所解けたことには気づいているはず。何もしてこないはずがないし、警戒すべきね)
「ああ。俺にもできる限りのことをさせてほしい」
「ありがとう、頼りにしてる」
赤の洞窟でも、フェリクスの圧倒的な強さと魔法には驚かされた。もう弟子だなんて思えないくらいだ。
「…………」
「フェリクス? どうかした?」
そんな中、フェリクスが無言のままじっと私を見つめていることに気が付く。
フェリクスは少し躊躇う様子を見せた後、テーブルの上に何気なく置いていた私の手に、自身の手を重ねた。
「……ティアナにエルセの記憶があることは、誰にも知られないようにしてくれないかな」
「分かったわ。でも、ルフィノなら黙っていてくれるだろうし、協力してくれると思うの」
私に記憶があると広まれば、シルヴィアや神殿がどう動くか分からないし、周りにも混乱を招くはず。
それでもルフィノなら大丈夫だろうと思ったものの、フェリクスは首を左右に振った。
「今はとにかく、誰にも言わないでほしい」
「ええ。フェリクスがそう言うのなら、そうする」
「ありがとう」
素直に頷けば、フェリクスはやけに安堵した表情を浮かべた。やはり聖女信仰が強いこの国での影響なども考えた上で、念には念をということなのだろう。
きっとフェリクスには深い考えがあるはずだし、しっかり隠そうと思っていたのに。
◇◇◇
「──まさか、過去の記憶があるんですか」
翌日、ルフィノに早速バレてしまうことになる。