赤の洞窟 3
洞窟内に入ってから、1時間ほどが経っただろうか。
「ティアナ、下がっていてください」
「は、はい!」
「こちらの魔物は僕が引き受けますね」
呪いを受ける前は最奥までの所要時間は30分ほどだったものの、現在では魔物があまりにも多く、出会すたびに倒して進むため、時間がかかってしまっている。
(それにしてもこの二人、本当にすごいわ)
フェリクスとルフィノでなければ、半日以上かかっていたに違いない。あっという間に魔物を切り伏せ、魔法で跡形もなく倒してのける様は圧巻だった。
そして何より二人の連携は完璧で、感動すらした。
ちなみに私はただ二人の間をコソコソと歩いているだけで、何の役にも立っていない。
「もうすぐ最奥でしょうか──いたっ……!」
「大丈夫ですか?」
「はい、頭をぶつけただけなので……すみません」
中はかなり暗く、時折天井がかなり低い場所があったり深い水溜りがあったりで、歩くだけでも大変だった。
二人はそんな私を時折フォローしてくれていて、流石に申し訳なさで押し潰されそうになっている。
(どんどん瘴気が濃くなってる……息が詰まりそう)
ルフィノの結界がなければ、一瞬で命を落とすに違いない。ここに来る途中に大きな滝もあり、この洞窟から流れ出る水や空気の影響を考えると、また胸が痛んだ。
(一体、どうしてこんな呪いが生まれたのかしら)
そんなことを考えているうちに、ようやく最奥に到着した私達は、揃って足を止める。
岩壁の中に、青銅製の古びた扉が埋め込まれている。呪いの気配や瘴気は全て、この扉の奥から感じられた。
「この奥に原因がありそうね。ルフィノ、大丈夫?」
「はい。……ここに来ると、気分が悪くなるんです」
そう言ったルフィノの顔色は酷く悪く、心配になる。結界があっても、エルフの彼には私達が感じない何か嫌な感覚があるのかもしれない。
「過去、何度も扉を開けようとしましたが、傷ひとつ付けることができませんでした」
フェリクスはそう言って、扉に手を近づけてみせる。
するとバチッという大きな音と共にフェリクスの手は弾かれ、一瞬にして火傷のように爛れていた。
「ちょっ……わざわざ触れなくていいですから!」
「これくらい、かすり傷です」
私は慌てて今日初めての治癒魔法を使い、すぐにフェリクスの手を治す。絶対にもうこんなことはしないでほしいときつく言えば、彼は小さく頷いてくれた。
「とにかく、結界が張られているんですね」
「そのようです。僕も過去に試しましたが無理でした」
どうやらこの結界はかなり複雑で、その上、幾重にも重ねられているらしい。濃い瘴気のせいで触れられず、結界を破るために必要な解析もできなかったという。
ルフィノの言葉に頷くと、私はまっすぐに扉の前へと進んだ。先ほどフェリクスを責めたものの、やはり触れてみないと分からないことが多いからだ。
そして恐る恐る、一度手を伸ばしてみたのだけれど。
「……あら? ええっ?」
なんと何の障害もなく私の手はそのまま空気を切り、ぺたりと扉に触れられた。ひんやりとした冷たい錆び付いた銅の感触に、戸惑いを隠せなくなる。
私が呆然としながら振り返ると、フェリクスとルフィノもまた、信じられないという顔でこちらを見ていた。
(ど、どうして?)
訳も分からず、今度は逆の手を伸ばしてみる。やはり何事もなく触れられ、口からは間の抜けた声が漏れた。
「何故、ティアナは結界が無効化できたのですか?」
「わ、分かりません。本当に何もしていないのに、すいっといけまして……」
魔法に詳しいであろうフェリクスもルフィノも、やはり理由は分からないようだった。
困惑しつつも一度両手を離し、原因を考えてみる。
「……ねえ、ルフィノ。結界を通り抜ける方法って、確か2つあるわよね」
「はい。結界の魔法式を完全に解析した上で、込められている魔力以上の力を持って破るか──結界と同じ魔力の持ち主であるかですね」
「…………」
やはり、その2つしかない。今回の場合は間違いなく前者ではないし、そうなると理由はひとつしかない。
「この結界の魔力が、私の魔力と同じ……?」
魔力は人それぞれで、全く同じものは存在しない。つまり、この結界は私の魔力で作られていることになる。
(まさか、そんな……嘘でしょう……?)
おぞましい予想をしてしまい、血の気が引いていく。
「ティアナ? 大丈夫ですか」
「は、はい。ごめんなさい、驚いてしまって……」
フェリクスに肩を叩かれ、はっと我に返る。気掛かりではあるけれど、今はまず呪いを解くのが先決だ。
「とにかく、扉を開けてみます」
「はい。何か異変を感じたら、すぐにやめるように」
「分かりました」
もう一度恐る恐る扉に触れ、ぐっと力を入れて押す。ギイイという音と共に、扉はゆっくりと奥へ動いた。
隙間からはぶわっと瘴気が噴き出し、慌てて閉じる。
「ほ、本当に開きそうですね……私の魔力でフェリクス様を覆えば、同じように中へ入れると思いますが」
そう伝えれば、フェリクスは静かに頷いた。
「分かりました。とにかく中へ入ってみましょう。ルフィノ様は少し離れたところで、待機していてください」
「すみません、ここからお二人の結界を維持します」
「ありがとう。気を付けて」
「はい。お二人も、どうかご無事で」
役に立てず申し訳ないと青い顔で謝るルフィノに、そんなことはないと強く否定する。
ルフィノがいなければ私達は、この空間で生きていることすらできないのだから。
「では、魔力を流しますね」
フェリクスの大きな手を取り、彼を包み込むイメージで魔力を流していく。そうしてフェリクスが再び扉へ手を伸ばすと、先ほどの私同様、結界をすり抜けていた。
(やっぱり、最悪な予想は当たっているかもしれない)
フェリクスだって得体の知れない魔力を有する私に対して、不信感を抱いていることだろう。
それでも彼は何も言わず、手を握り返してくれた。
「……この先はもう、何も分かりません。絶対に、俺の側から離れないでください」
「はい、分かりました」
そして私は再び重い扉に触れ、力を込めた。