赤の洞窟 1
「えっ……う、うそでしょう……?」
無事に舞踏会を終えた翌日、私は朝から衝撃的な出来事が起き、ショックを抱えたまま食堂へと向かった。
顔を合わせたフェリクスも、そんな私の様子に気が付いたようで、形の良い眉を寄せる。
「ティアナ? どうかしましたか」
「フ、フェリクス様、お願いがあるんです……」
「話してみてください」
開口一番にそう告げても、フェリクスは嫌な顔ひとつせず、すぐに頷いてくれる。
私は遠慮している場合ではないと、再び口を開く。
「新しいロッドを至急、用意していただきたいんです」
「……ロッド、ですか?」
「はい。朝起きたらポッキリ折れてしまっていて……」
6日後には呪われた地のひとつである、赤の洞窟に行くことになっているのに、朝起きたらロッドがぽっきりと折れてしまっていたのだ。
あの子もまた、寿命だったのだろう。後でしっかりお礼を告げ、お別れをするつもりだ。
(そもそもあのロッドはかなり古い上に、聖女見習いの子どもが使う用だったのよね)
あのシルヴィアが、私に良いロッドを用意してくれるはずなんてない。とは言え、魔力がほぼ無かった頃は、困ることもなかったのだけれど。
「分かりました。どんなものが良いですか?」
この短期間でロッドをふたつも破壊したことになる私にも、フェリクスは再びあっさり頷いてくれる。
「デザインにこだわりはありませんが、メインの魔宝石だけは自分で選べたらと思っています」
「では、宝石商もすぐに呼びますね」
「あ、ありがとうございます……!」
聖女のロッドには普通、魔宝石と呼ばれる宝石がついている。エルセのロッドについていたあの赤い宝石も、もちろん魔宝石だ。
魔宝石には様々な効果があり、過去に使っていたのは魔法効果が跳ね上がるものだった。物によっては高価ではあるものの、今の私には少しの効果でも大切だ。
フェリクスが快諾してくれたことで、これでなんとか大丈夫だと胸を撫で下ろす。
「洞窟に行く前には必ず用意します」
「ありがとうございます! あの、私にできることがあれば、いつでも何でも言ってくださいね」
今までのロッドは子ども用でボロボロだったため、周りからの目もあり、部屋に置いていた。けれど聖女というのは本来、基本的にロッドを持ち運ぶものなのだ。
皇妃の立場にもなる私のロッドとなると、公的な場でも使うことなり、見栄えも大事になってくるはず。その値段を想像するだけで、少し具合が悪くなってくる。
流石にロッドに見合う働きなんてできる気はしないものの、やれるだけのことはするつもり、だったのに。
「昨日お願いは聞いてもらいましたから、十分です」
「えっ?」
(まさか、あの「自分以外と踊らないでほしい」っていうお願いのこと? たったあれだけでいいの?)
釣り合うはずがないと不思議に思いながらも、フェリクスが良いのなら、ありがたいことこの上ない。
そう思った私は「それなら」と続けた。
「舞踏会に参加する際は、いつでもお声掛けください。私としか踊らないのであれば、困られるでしょうし」
「……ありがとうございます。助かります」
「はい、ぜひ」
小さく微笑んでくれて、つられて笑顔になる。最初よりもずっと、良い関係を築き始めている気がしていた。
今日も頑張ろうと気合を入れ、私は食事を始めた。
◇◇◇
「──つまり洞窟内には魔物がうじゃうじゃいる上に、最奥には謎の扉があるのね」
「はい。僕は扉に触れることすらできませんでした」
朝食を終えた私は当日、効率よく動けるようにルフィノから赤の洞窟について改めて説明を受けていた。
奥の扉は酷い穢れに覆われており、ルフィノですら近付くだけでも困難だったという。
(とにかく、一度見てみるしかないわ)
半端な戦力は邪魔になるだけらしく、洞窟内部には私とフェリクス、ルフィノだけで入る予定だ。前回はルフィノひとりで調査に行ったと聞き、驚いてしまった。
(間違いなく私だけが足手まといになるし、気をつけないと。フェリクスの成長が見られるのは楽しみだわ)
元師匠として今のフェリクスの魔法を見られるのは、胸が弾む。相当すごい魔法使いになっているはず。
「絶対に無理だけはしないでくださいね」
「ええ、ルフィノもね」
「ありがとうございます。僕は頑丈にできているので、大丈夫です。──でも、あなたは違う」
困ったように微笑み、彼はこちらへと手を伸ばす。
「……どんなにすごい魔法が使えたとしても、人間は簡単に死んでしまいますから」
やがて頬に触れられた私は、その言葉に息を呑んだ。