くるりと回って、さあ大変 1
「おはようございます、フェリクス様」
「はい。一緒に食事をとるのも久しぶりに感じますね」
五日も高熱が出て寝込んでしまったものの、ようやく体調も回復し、元気にフェリクスと朝食をとっている。
私が寝込んでいる間、彼はお見舞いの品をそれはもう大袈裟なほど贈ってくれ、メイド達は「愛されている」「大切にされている」などと言って、はしゃいでいた。
(さすがフェリクス、こんな機会も無駄にしないなんて抜け目がないわ。私も円満アピールを頑張らないと)
「今日はどう過ごされる予定ですか?」
「のんびり散歩や調べ物をして過ごすつもりです」
「舞踏会も近いので、無理はなさらずに」
「はい、気をつけます」
そう、私がすっかり寝込んでいる間に舞踏会まであと三日となっていた。
寝込みつつベッドの中で必死に出席者リストなどを頭の中に叩き込んでおいたため、何とかなると思いたい。
(フェリクスの人気はメイド達からも散々聞いたもの、間違いなく戦場になるでしょうし)
皇帝であり眉目秀麗で魔法も剣も修め、物腰は柔らかく、人当たりだって良いのだ。フェリクスを慕う女性が山ほどいるというのも、納得だった。
(それでいてエルセを好きだなんて、物好きすぎるわ)
とにかく次期皇妃として聖女として、舐められるわけにはいかない。万全の状態で臨まねば。
朝食を終えマリエルと共に図書館へ向かっていると、向かいから見覚えのある金色がやってくるのが見えた。
「バイロン、おはよう」
「おはようございます、聖女様」
あの日以来、バイロンの態度もほんの少しだけ軟化していた。城内どころか国内に騎士達を救ったという話は広まっているらしく、私の株は上がりっぱなしらしい。
もちろんそれを狙ったわけではないけれど、聖女の存在によって民達が少しでも安心できたなら嬉しい。
その後、私は図書館にて魔力の増減について調べたものの、やはり参考になる本は見つからなかった。
「私の魔力、どこ行っちゃったのかしら……」
ロッドから吸収した魔力も使い切ってしまい、寝込んでいる間に回復したのは、やはり15%くらいだった。
まるでぴったりと蓋をされてしまっているような、そんな感覚がするのだ。
「……はあ」
「溜め息なんて吐いて、どうかされたんですか?」
そんな声に顔を上げれば、そこには本を片手に私を見下ろすルフィノの姿があった。
彼と会うのは、魔法塔以来だ。例の告白を思い出し一瞬どきりとしてしまったものの、慌てて笑顔を作った。
(そうだわ、ルフィノは口が堅いし物知りだから、彼に聞くのが良いかもしれない)
「ねえ、魔力が減る現象について何か知ってる?」
「魔力が減る、ですか」
ルフィノは「ふむ」と顎に手を当て、しばらく考え込む様子を見せた後、口を開いた。
「人間の魔力を吸い取る魔物、というのは聞いたことがあります。必要なら、文献を探しておきますよ」
「そんな魔物が? ええ、お願い」
やはりルフィノは頼りになると思いながら、私は席を立った。これ以上、私が調べても無意味だろう。
「舞踏会では、良ければ僕とも踊ってくださいね」
「もちろん。踊りだけは得意なの」
「それは楽しみです」
見つかり次第連絡するというルフィノと別れ、その後は体力作りとして、王城内を散歩し続けたのだった。
◇◇◇
そして迎えた当日。ドレスや化粧で完全武装した私は自身のお披露目の場である、舞踏会に参加していた。
大きなシャンデリアに照らされた王城内の大広間は、きらびやかな衣装に身を包んだ人々で賑わっている。
「ティアナ、大丈夫ですか」
「ええ。ありがとうございます」
「それは良かった」
隣に立つフェリクスがにこりと笑みを作ったことで、背後からは令嬢達の黄色い声が上がった。
(ティアナとしては初めての社交の場だけれど、身体が覚えてくれていて助かったわ)
もしも前世の記憶がなければ、学もなく何の教育も受けていない私は、社交の場に出ることなど到底無理だったはず。歩くだけでも恥をかいていただろう。
「まあ、あちらが聖女様? なんてお美しいの……!」
「まるで女神のようね。陛下とよくお似合いだわ」
マリエルやメイド達が磨き上げてくれたお蔭で、私の印象も良さげで内心安堵する。
フェリクスが贈ってくれた帝国一のデザイナーによるブルーのドレスは、初めて見た時、思わず息を呑んでしまうほどの美しさだった。
彼の瞳の色に合わせているあたり、今日も円満アピールは完璧で、感服すらしてしまう。
(それにしても、フェリクスの眩しいこと)
紺と金を基調とした正装に華やかな飾りを纏ったフェリクスは、信じられないほどの美しさだった。
「とても美しいです、ティアナ」
「ほ、ほほ……あなたこそ」
次々と招待客が挨拶にくる中、フェリクスは隙あらば甘い雰囲気を出している。
軽く腰を抱かれ、耳元でそう言われてしまっては、流石の私だって落ち着かなくなってしまう。
「大変仲睦まじいようで、何よりです」
「ええ、これで帝国の未来も安泰ですな」
やはり私達の仲の良さは大事だと思いつつ、一部の令嬢からは刺すような視線を向けられていた。
(突然現れた他国の女が、皇妃の座をかっさらっていくんですもの。当然だわ)
そんな中、フェリクスは大臣達と話があるようで、私は彼に行ってきて大丈夫だと笑顔を向けた。
「何かあれば、すぐに呼んでください」
「ええ。私も友人が欲しいですし、大丈夫ですよ」
一人になった途端、すぐに人が集まってくる。分かりやすく次期皇妃に媚を売っておきたい、という者が大半ではあるものの、今はとにかく交流を広げておきたい。
いくつかの派閥らしき集まりをはしごしては、様々な情報を仕入れていく。どうやら現在の帝国の若い女性達の間では、唯一の公女が社交界の中心人物らしい。
(今日はまだ来ていないのかしら。確か招待客リストに名前があったはずだけど……)
ぜひ挨拶をしたいと思っていると、不意に声を掛けられて振り返る。そこには、数人の令嬢の姿があった。
「お目にかかれて嬉しいですわ」
「ええ、聖女様なんて本でしか見たことがないもの」
最初からなんだか雲行きが怪しいと思いながら、笑顔で適当な相槌を打つ。そんな中、彼女達が先ほど棘のある視線を向けてきていた令嬢であることに気が付いた。
それでも会話は帝国の女性達の流行りなど勉強になるものばかりで、大人しく耳を傾けていたのだけれど。
「それでね、この間の夜会で──」
「まあ、羨ましいわ! 実は私も先日──」
きゃっきゃっと若い女性らしく楽しげに会話していた彼女達はやがて、黙り込んでいた私へ視線を向ける。
「ごめんなさい、私達ばかりお話してしまって……」
「もしかして聖女様はご存知ない話だったかしら」
「それはそうよ。ファロン王国の方ですもの」
「…………」
その口元には、はっきりと嘲笑が浮かんでいた。
(ああ、始まったわね)