愛しい面影を追いかけて 4
先日と同じくフェリクスの寝室のソファにて、私達は向かい合って座っていた。
テーブルには私の動揺が落ち着くよう、そしてフェリクスが穏やかな気持ちになってくれるよう祈りながら淹れた、オレンジフラワーのお茶が2つ置かれている。
「…………」
「…………」
(ど、どうして何も尋ねてこないの? 逆に怖いわ)
じっと何かを考え込むような様子で、フェリクスは黙ったまま。落ち着かなくなった私は、先に口を開いた。
「勝手なことをして、本当にごめんなさい。ご存じかとは思いますが、私は魔力が多くありません」
「はい」
「そんな中、あの状況に出会して治癒魔法を使ったものの、すぐに魔力は切れてしまい……絶望しながらも、私は状況を打開する方法を考えました」
ここまでは全て本当だ。嘘を吐くコツは本当を混ぜることだと言うし、しっかり事実も話していく。
「そして思いついたのが、あのロッドでした。溜められているという魔力を使えないかと思ったんです」
「なぜロッドに魔力が込められていると、あなたが知っていたんですか? 俺ですら知らなかったというのに」
「それは……シルヴィア様にお聞きしたんです」
「──シルヴィアに?」
もちろん嘘だけれど、私はこくりと頷く。
「正確には、他の聖女と話しているのを聞きました。大聖女様は何かあった時のために、魔力を溜めていたと」
(フェリクスに嘘を吐くのは忍びないけれど……こればかりは本当のことなんて、言えるはずがないもの)
エルセは生前、シルヴィアと本当に仲が良かった。
同じ聖女の立場だったし、フェリクスが知らないことを知っていたっておかしくはない。
(それに王国と帝国の関係を考えれば、二人は絶対に今や接点はないもの。バレやしないわ)
「私がその魔力を使えるかどうかは、賭けでしたけど」
ここに来るまで、必死に考えた言い訳を並べ立てる。
(そう言えば、シルヴィアってどうしてファロン王国へ行ったのかしら? 15年前には既にいたけれど)
彼女にとっての母国である帝国に対し、あんな扱いをするのも実は不思議だった。
性根が腐ってしまったシルヴィアの気持ちなんて分かるはずもないし、分かりたくもないのだけれど。
「……そうですか。そもそも聖女のロッドというのは、本人以外は使えないと思っていました」
「あっ、それはですね……大聖女様のものですから、やはり特別だったんではないでしょうか? 誰かを救いたいという気持ちが届いたのかな、なんて……」
苦しい言い訳だったものの、他の理由や証拠なんて見つかるはずもない。フェリクスは明らかに納得していなかったけれど、それ以上尋ねてくることはなかった。
空気を変えようと、別の話題を振ることにする。
「あと、ひとつだけお願いがあります」
「何でしょう?」
「もしもまた怪我人がいたら、呼んでください。魔力量の限りはありますが、少しは治せますから」
今の私でも、自然治癒よりは間違いなくいいはず。そう告げると、彼は驚いたように切れ長の目を見開いた。
けれどすぐに、ふっと口元を小さく緩める。
「分かりました。ありがとうございます」
「いいえ」
「その代わりと言ってはなんですが、何か望むものがあればいつでも俺に言ってください」
「ええ、ぜひそうさせていただきますね」
なんだかんだ、私のこの国での立場はあってないようなものなのだ。非常時のため、遠慮はしないでおく。
「……ご、ごめんなさい、ちょっと体力の限界なので、そろそろ部屋へ戻って眠ります」
「はい。ゆっくり休んでください」
実は話の途中から視界がぐわんぐわんと揺れており、もう限界だった。走り回った上に、治癒魔法をあんなにも使ったのだから、当然だろう。
15年以上かけて培ってしまったひ弱な身体が健康になるまで、やはりまだまだ時間がかかりそうだった。
「……っ」
「ティアナ? 大丈夫ですか?」
立ち上がるのと同時に立ちくらみがして、倒れかけた私をすぐにフェリクスが支えてくれる。
そしてそのまま、彼にふわりと抱き上げられた。
「酷い熱です。ひとまず部屋まで運びますね」
「……ごめんなさい」
「いえ」
ずっとクラクラするとは思っていたけれど、まさか熱まで出ていたなんて。皇帝のフェリクスに運んでもらうなんて申し訳ないけれど、もう歩ける気さえしない。
大人しく身を任せ、目を閉じる。
「すぐに医者を呼びますから」
意識が朦朧としてきて、目を開けていることすら辛くなってくる。もっと身体を鍛えるべきだと反省した。
(ああ、そうだ。これだけはフェリクスに渡さないと)
自室のベッドにそっと置いてもらった後、私は最後の力を振り絞り、宝石を差し出した。
「この宝石を、俺に?」
「はい。きっと大聖女様も、あなたに持っていてもらいたいと、思っているはずなので」
こればかりは私自身の、正直な気持ちだった。
ロッドについていた赤い宝石を受け取ってくれたフェリクスは、切なげな視線を手のひらの中へ向ける。
「……ありがとうございます。一生、大切にします」
(良かった。あ、本当にもう、限界だわ……)
まるで宝物のように宝石を握りしめたフェリクスの姿を最後に、私は意識を失った。
◇◇◇
医者を呼んだところ、ティアナは無理をしすぎたのだろうとのことだった。驚くほど痩せており、長年十分な栄養をとっていないのが明らかだという。
後は侍女達に任せ、執務室へ戻った。常に視界に入っていたロッドが無くなったことで、まるで別の空間になったような気さえしてくる。
(だが、これで良かった)
壊れかけた彼女のロッドまで飾り続けるなど、どうかしているという自覚はあった。それでも。
──ああでもして彼女に関するものを周りに置いていないと、記憶が薄れていく気がして怖かったのだ。
時の流れというのは残酷で、どれほど忘れたくないと思っていても、少しずつ俺からエルセを奪っていく。
(……綺麗だな)
先ほどティアナから渡されたばかりの、ロッドについていた宝石を取り出し、見つめる。その眩しいほど鮮やかな赤は、エルセの美しい赤髪を連想させた。
「ティアナ・エヴァレット、か」
彼女は一体、何なんだろう。王国の人間であり、何かを隠していることも分かっている。
それでも、彼女がこの国の敵だとは思えなかった。
最初は『呪い』について調べ始めた時も、この国のためと見せかけた、保身のための行動だと考えていた。
だが、ルフィノ様の言葉や先ほどの様子を見るに、本当にこの国のために動いているとしか思えないのだ。
(……何よりティアナといると、調子が狂う)
彼女はいつか俺が他人との間に引いている境界線を超えてきそうで、絶対にそんなことがあってはならないと自身にきつく言い聞かせる。
ティアナが気を失う前、意識が朦朧としている中で呟いた言葉も、頭から離れなかった。
『……約束、まもれなくて、ごめんね』
(あれは一体、どういう意味だったんだ?)
熱のせいで判断力が鈍り、他の誰かと間違えているのだろう。彼女と約束など交わしたことはないのだから。
そう分かっているのに、その後しばらく妙な胸騒ぎが収まることはなかった。