愛しい面影を追いかけて 2
(ま、待って、フェリクスって私のことが好きだったの……? 嘘でしょう?)
あまりの驚きで、言葉ひとつ出てこない。生前の私は22歳、フェリクスはたった10歳だったのだから。
(ティアナと距離を置くための、体のいい嘘──ってことはなさそうだし……)
いくら変わった部分があったとしても、フェリクスはそんな嘘を吐くような人間ではないはず。何より彼の態度から、その気持ちが本物であることが窺えた。
だからこそ、余計に戸惑いを隠せなくなる。
(しかも、最低でも十七年以上ってこと?)
そうなると私のボロボロのロッドがあんな場所に飾られていたことにも、納得がいく。
数年に一度思い出してくれるどころか、私が思っている以上に私のことを慕ってくれているのかもしれない。
「ですから、あなたとも引き続きこの関係を保っていけたら嬉しいです」
その一方で、ティアナとは「これ以上親しくなるつもりはない」と言っているのだ。
親しくもない私に想い人がいること、そしてそれが前大聖女だと話したのは、お前なんて好きにならないと、はっきり線引きをするためだったのかもしれない。
「……ティアナ?」
「は、はい! そ、そうなんですかね……」
(あんな質問、しなければよかったわ……間違いなく知らない方がよかった)
フェリクスだって、こんな形で私に知られるなんて望んでいなかったはず。余計な気遣いをしてしまったと、私は内心頭を抱えていた。
とは言え、驚いたものの、フェリクスの気持ちはすごく嬉しい。今でも自分を大切に想ってくれている人がいることは、とても救われた気持ちになる。
(でも死んだ人間をいつまでも想うより、生きている人間に目を向けるべきだわ)
エルセ・リースはもう、フェリクスに何もしてあげられないのだ。エルセに固執せず、側で彼を支えてくれるような相手を見つけた方がいい。
それに、彼はまだ幼かった。憧れや尊敬、恩義を恋情と勘違いしている可能性だってある。
(とにかく絶対に、正体がバレないようにしないと)
「そ、それでは、そろそろ失礼します」
「はい。また明日」
未だ動揺する私はフェリクスの部屋を後にし、自室へと戻るとベッドに倒れ込んだ。
(び、びっくりした……)
『愛する人がいるんです』
『俺は一生、彼女だけを思って生きていくつもりです。他の誰かに心が動くことなど、絶対にありません』
先ほどのフェリクスの声が、表情が頭から離れない。
(でも、エルセと今の私は別人だもの。お互いのためにも忘れるべきだわ)
そうは思っても、やはり落ち着かない気持ちになってしまう。布団を被っても、なかなか寝付けそうにない。
(告白なんて、いえ告白と言っていいのか分からないけど初めてだったから──ん? 初めて?)
そんな中ふと、過去の一場面が脳裏に蘇る。
『僕ですか? 僕が好きなのはエルセですよ』
『私もルフィノが好きだけど、そうじゃなくて──』
『いえ、合っています。僕は女性として、あなたのことが好きですから』
(そうだわ、私、ルフィノに告白されて……でもその翌日に死んでしまったから、すっかり忘れてた)
今はもう関係ない過去のことだというのに、今更になって動揺してしまう。今世と前世を合わせても恋愛経験ゼロの私は、ただ戸惑うことしかできない。
(私、なんて返事をしたんだっけ……うーん……)
二人が好いてくれていたのはエルセであって、今の私には関係ない。そう、分かっているのに。
結局、色々と考えては落ち着かなくなってしまい、寝付けたのは朝方だった。
◇◇◇
リーヴィス帝国に来てから、5日が経った。あれからも私は身に余るほどの待遇を受けており、それはもう快適に過ごしている。
フェリクスとの関係も変わらずで、顔を合わせては他愛のない話をするだけ。私も数日はソワソワしてしまったものの、今では普通に接することができていた。
フェリクスやルフィノと赤の洞窟に行くのは、二週間後の予定だ。私は時間を見つけては、帝国の『呪い』について学ぶ日々を送っている。
(それにしても、多忙な二人が空いている日が限られているせいで、とんでもないスケジュールになったわ)
その結果、舞踏会、洞窟の調査、結婚式という大きなイベントが一週間おきにあるという、恐ろしい日程になってしまっている。
私はひ弱なため、体調を整えておかなければ。
「ティアナ様、完璧ですわ! もう教えることなど何もないくらいです」
「それはよかったわ、ありがとう」
今日も午前中から帝国のマナーのレッスンを受けていたけれど、何の問題なく、ほっとする。
「ティアナ様、流石ですね! きっと国中の人々がティアナ様のお姿に見惚れると思います」
「ありがとう。少し緊張するけれど、頑張らないと」
やはり「次期皇妃」として見られると思うと、流石に緊張してしまう。この立場を狙う令嬢は数多くいるだろうし、粗探しをされるのは分かりきっている。
レッスン用のホールを出てマリエルと庭園を通り、気分転換に遠回りをして自室へ向かっていた時だった。
「とにかく急いで運び込め! ポーションの在庫もありったけ持ってくるんだ!」
「人手が足りない! 水も汲んできてくれ!」
緊迫した声が聞こえてきて、足を止める。王城の敷地内にある、騎士団本部の方から聞こえてきていた。
何があったのだろうと不安に思っていると、血塗れの騎士を担いだ一人の騎士と目が合う。
「っ聖女様! どうかお助けください……!」
彼は王国から帝国へ向かう途中、同行してくれていた騎士の一人だった。彼が「聖女」と叫んだことで、辺りにいた人々から一斉に縋るような視線を向けられる。
周りを見渡せば、次々と大怪我をした騎士達が運ばれてきていた。
(不安や問題はあるけれど、悩んでいる暇なんてない)
私の魔力量に限界があることだって、バレてしまう可能性がある。けれど保身のために躊躇い誰かが命を落とすことになっては、私は絶対に一生後悔する。
(もう、あんな思いはしたくないもの)
これまで失われてしまったものを想うと、余計にその気持ちは強くなっていく。とにかく今はできる限りのことをして、後から考えるしかない。
私は慌てて駆け寄ると、傷が酷い人々から順に治癒魔法をかけていく。都市部に高ランクの魔物が現れ、緊急の討伐に出ていたのだという。
(都市部にも魔物が出るなんて……呪いの影響かしら)
準備も不十分だったせいで、これほどの被害が出てしまったのだろう。これまでもこうして多くの命が失われてきたことを思うと、胸が張り裂けそうになる。
「……っ」
(なんて遅いの……魔力の減りも早すぎる)
あまりの治癒スピードの遅さに、苛立ちと焦燥感が募っていく。まだ怪我人はおり、ポーションだけではどうにもならない傷もあった。
(魔力が足りない……! このままだと、もう……)
きっともうすぐ、魔力は切れてしまうだろう。やはり少しだけ増えたところで、限界はあった。
それでも諦めたくなくて、何か方法はないかと必死に頭を働かせる。そして少しの後、私はふと思い出した。
(そうだわ! ロッド!)
「少しだけ待っていて! すぐに戻ってくるから!」
「ティアナ様!?」
(何かあった時のために、私はロッドに魔力を溜め込んでいたもの! あれがあれば、もしかしたら──)
今の私が、あのロッドを使えるとは限らない。それでも可能性があるなら、賭けてみるべきだと思ったのだ。
私はすぐに立ち上がると、まっすぐにフェリクスの執務室へと走り出した。