帝国の『呪い』について 3
「……質問の意図を聞いても?」
少しの沈黙の後、フェリクスは逆にそう尋ねてきた。
言葉が足りず、困惑させてしまったらしい。前世からの悪い癖だと反省し、すぐに答えようとした時だった。
「もしいらっしゃるなら、私が──」
「フェリクス様、失礼いたします」
ちょうど私の声と被るようにノック音が響き、彼の側近のバイロンが食堂へ入ってくる。
バイロンはご丁寧に一度、私をきつく睨んでから慌てた様子でフェリクスに耳打ちをした。
(急ぎなら、わざわざ睨まなくてもいいじゃない!)
私は再びフルーツを食べながら二人の様子を見ていたけれど、何やらかなりの急用らしい。
「申し訳ありません、もう行かなくては。夜まで時間がないので、今夜俺の部屋で話の続きをしましょう」
(フェリクスの寝室? 普通に入れてくれるのね)
完全にプライベートとは線引きされていると思っていたため、意外だと思ってしまう。
そしてそんな私より、フェリクスの側に立つバイロンの方が驚き、動揺していた。
エメラルドによく似た切れ長の瞳を見開き、私とフェリクスを見比べている。
「フ、フェリクス様、それは……!」
「行こうか。では、また夜に」
出て行くフェリクスと、何故か再び私をきっと睨んだバイロンを見送り、立ち上がる。
(あ、確かこの後、あのバイロンに図書館へ案内してもらうのよね。うわあ……気が重いわ……)
マリエルあたりに案内してもらうと言って、断っておけばよかったと後悔した。
──そして夜、フェリクスの寝室を訪れた私は、あんな質問をしたことを更に後悔することとなる。
◇◇◇
(それにしても、この十七年で城の人間もほとんど変わってしまったのね。知っている人間が全くいないわ)
メイド達から話を聞いたところ、フェリクスが即位した後、大きな改革があり、一気に変わったんだとか。
そんな考えごとをしているうちに、彼はやってきた。
「……バイロン・サイクスと申します」
「ティアナよ。よろしくね」
肩下まで太陽のように輝く金髪はきっちりと結ばれており、自然に前へ流されている。
フェリクスと一緒にいるせいであまり意識していなかったけれど、彼もかなりの美形だ。
ただ、その視線や態度からは「お前なんか聖女や皇妃だと認めない」という強い意志が滲み出ている。
(ここまで敵意を向けられると、逆に安心するわ)
表向きはニコニコとしていて腹の中に本音を溜め込む人間よりも、これくらいの方が分かりやすくていい。
それがフェリクスへの忠誠心ゆえだということも、分かっている。そしてこういうタイプは腹を割って話せば意外と、味方になったりするものだった。
そして彼のような人間は、誤解をさせないのが一番大切だ。まずは敵ではないと伝えるため、先手を打つ。
「私が皇妃だなんて、認められないのは当然だわ。なるべく迷惑をかけないようにするし、国が安定したらすぐに出ていくから、少しの間だけ我慢してちょうだいね」
健気な顔をして言ってのけると、バイロンは驚いたようにぽかんとした顔をした。
私が「この国でとことん甘い蜜を吸ってやろう」とでも思っていると想像していたのかもしれない。ファロン王国がしたことを考えれば、当然だ。
「それと、今夜の件も安心して。実はさっき、フェリクス様に慕っている女性はいるかどうか、お聞きしたの。もしもいるのなら、隠れ蓑になると伝えるだけだから」
フェリクスは聖女を貰い受けた手前、そして聖女の存在をアピールするために、私と結婚するだけなのだ。
本当は良い関係の女性だっているかもしれない。むしろ彼ほどの人なら、いない方が不思議なくらいだった。
『フェリクス様の過去の婚約者候補ですか? 以前、シューリス侯爵家のザラ様とのお話があったような……』
『隣国の王女様とのお話もなかった?』
『ああ、あったわ! 確か第二王女様よね』
そして実はメイド達からもこっそり、そんな話を聞いていた。やはり過去、色々と話はあったらしい。
『その話、もっと詳しく教えてほしいわ!』
ちなみに食いつきすぎて、未来の夫の過去が気になって仕方ない乙女だと思われてしまったのが恥ずかしい。
(邪魔にはなりたくないし、応援したいもの)
もしも本命の相手がいるとして、国の安定に時間がかかれば、かなり待たせてしまうことになるだろう。
この国の貴族女性にとって、若さというのは重要だ。すぐに「行き遅れ」というレッテルを貼られてしまう。
何より私達が円満アピールをしていれば、側室を作ることも難しいはず。それなら私を隠れ蓑にしてもらい、今からでも二人で過ごしてほしいと思っている。
全力でその意志を伝えると、バイロンは虚をつかれたように「そ、そうですか……」と呟いた。
(ここまで言えば、流石に伝わったはずよね。どちらかと言えば、私はあなた達の味方なんだから)
私は改めて笑みを浮かべると、ドアへ手を向けた。
「それじゃ、図書館へ行きましょうか」
「は、はい」
それからも移動中、私はひたすら無害・無欲アピールを続けた。その甲斐あってか、バイロンも初めに顔を合わせた時より、私への警戒心も多少は解けたようだ。
やがて図書館に到着したものの、私が求める『呪い』についての文献は、ほとんどないと言われてしまった。
「大変申し訳ありません。こちらの資料は現在、まとめて魔法塔の方に貸し出しております」
「……仕方ありませんね、魔法塔から適当なものをいくつか借りにいきましょう」
現在『呪い』についての調査に力を入れているのか、まるごと文献を魔法塔に移動したばかりらしい。
そのまま私達は王城の敷地内にある、魔法塔へと移動した。聳え立つ純白の塔は、昔と一切変わっていない。
「こちらが魔法塔です。……中を見ていきますか?」
「ええ、ぜひ! ありがとう」
私の必死のアピールが功を奏したのか、バイロンの方からそう言ってくれた。十七年ぶりの魔法塔がどうなっているのか気になった私は、すぐに頷いた。
バイロンの後をついて歩きながら、見学していく。
(とても活気に溢れているわ)
正直、呪われている土地と呼ばれている帝国は、もっとしんみりしていると思っていた。けれどここで働く魔法使い達の瞳には、はっきりとした希望が宿っている。
「すごく良い雰囲気ね。みんな生き生きとしてる」
「はい。実は数日前、ナイトリー湖という──」
「あれ? バイロンさん、どうかしたんですか?」
働く魔法使い達の様子を見つめていると、不意に背後から聞こえてきた声に、心臓が大きく跳ねた。
この甘い声や穏やかな口調には、覚えがある。
「とても素敵な女性を連れていらっしゃいますね。もしかして、こちらの方が例の聖女様ですか?」
そして振り返り彼の姿を見た瞬間、固まってしまう。
──前世の記憶を取り戻しこの国に来てから、フェリクス以外の「過去の知人」と会うのは初めてだった。
立ち尽くす私の代わりに、バイロンが「こちらが王国からきてくださった聖女様です」と紹介してくれる。
「初めまして、聖女様。僕はルフィノと申します」
そして私のかつての友人であり、魔法塔を治める国一番の魔法使い──ルフィノは美しく微笑んでみせた。