塾の先生はかわいい
パカン…。
授業冒頭の小テスト中、僕はいつもの音に気付いて目線だけ前を向けた。教卓のイスに座る先生が組んだ足元。その下にパンプスが転がっていた。完全にひっくり返ってしまっている。ヒールのない、フラットなタイプ。その上には、足の指がもじもじと動く素足があった。学校の先生は必ず靴下やストッキングをはいているので、それが決まりだと思っていた。けれど塾の先生はそうではないみたい。靴が落ちた音が静かな教室内に響いたはずだけれど、テストを受けるみんなも、当の本人も、その音に全く反応しなかった。聞こえなかったのかな…?いやそんなはずはない。年配の先生が、授業中にスマホのバイブ音に気付くんだから。気にしてないだけなのかな…。僕が、気にし過ぎ…?
小テストの時間は5分間。タイマーがその終わりを告げると、先生は椅子に座って、片方のパンプスも脱げたまま、答え合わせを始めた。それが終わると、ようやく授業に入る。先生は脱げてひっくり返ったパンプスを器用に足先だけでまたひっくり返して履くと、何事もなかったかのように授業を始めた。
先生の名前は植野里香。理科を担当している、若い女の先生。やや茶色がかったショートボブの髪に、パンツスタイルのスーツを着ている。足元は、素足にフラットパンプス。これがいつもの先生の服装だった。スーツやパンプスは日によって違うけれど、決まっていつも素足で履いていた。ただ冬は寒いからか、黒いソックスを履くようになる。今日はだんだん寒くなる季節だけれど、そこそこ暖かい日。先生もまだ靴下は履いていなかった。
「…はい、ここまで大丈夫ですかー?では横の基本問題、今の説明を参考に解いてください!時間は10分ね!」
一通りの説明が終わり、問題演習に入る。先生は黒板に問題の解説の準備を書いてしまうと、その横に立って、壁にもたれかかる。右足のパンプスのかかとを床につけて、しゅるっと素足をのぞかせた。脱いでしまうと、足の指をくねくね、くねくねと動かす。右足が終わったら、履きなおすことはなく、パンプスの上に素足を置いて、左も同じように脱いでしまった。そして足の指をくねくね…。先生でこんなに靴を脱ぐ人は今まで小中通してみなかったから、とても新鮮な気持ち。ただそればかり見ていると問題が解けないので、はっと我に返って残りの問題を猛スピードで解いていく。無事に10分以内には解き終わった。
「はい、じゃあ答え合わせしましょう。谷くん、1番は?」
答え合わせに入ると、先生は素足をパンプスに入れる。ただかかとまでしっかり履けないままなので、板書するたびに赤くほてったかかとがこちらを向いていた。
「失礼します、植野先生、質問、いいですか?」
「ほわ…、いいよー、どしたん?」
授業終わりの休み時間、講師室に行くと、植野先生は自分の事務机についてPCをいじっていた。足元は当たり前のようにパンプスを脱いでいて、素足を椅子の脚に載せていた。
「ここなんですけど…」
「なるほど、じゃ、そこすわってよ」
先生はそう言って、後ろにある質問用の机を指す。僕が座ると、先生はイスのままこちらに来てくれた。驚くことに、靴は脱いだままだった。素足をまた椅子の脚につけて、丁寧に教えてくれる。けれど僕はその足元ばかりが気になって、なかなか話は入って来なかった。
「…で、ここがこうなって…、ちょっとー。聞いてるー?」
先生が急に、自身の足で僕のスニーカーの足元を踏んづけた。急なことでびくっとして、持っていたペンを取り落す。
「あ、は、はい、すみません!」
「もー、ほら、ここまではいい?」
「は、はい…」
自分で解いていると、何をすればいいかもわからない問題…だったはずなのに、先生と話をする中でいつの間にか問題は解けているのだった。
「ありがとうございました…」
「いいえー、またきてねー!」
先生にお辞儀をして講師室を後にする。僕が足元ばかり見ているの、気づかれなかったかな…。
さっきの問題は、あらためて解いてみると、先生の解き方ですんなり理解できた。そして理科の成績も、順調に伸びているらしい。植野先生のおかげ、なのかな…。理科の授業は週に1時間。また来週、先生に会うのがなんだか楽しみになっていた。
つづく